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作戦会議

 パタパタと廊下を駆けながら、華はヒナが保護されているであろう地下室を探した。


——ふああ! びっくりしたっ! ミゼンがあんなことするだなんてっ!!


 顔を真っ赤にしながら両手で頬を覆い、華はぎゅっと瞳を閉じた。


——でも、どうして突然あんなことしたんだろう? 私がこの世界の人じゃないって話したばかりなのに。普通はそんな事を言われたら、これ以上関わらない方が良いって考えたりしないかな? どうせ離れ離れになっちゃうんだから……。


 瞳を閉じながら廊下の角を曲がった為、ドン!! と、誰かに衝突し、「ご、ごめん!!」と、慌てて謝罪したが、その人物は受け止める様に華の両肩に軽く触れた。


「前を見て走らねぇとあぶねぇぜ?」

「フォルカー!」

「お?」


フォルカーは華の顔を覗き込んで、瞳が赤くなっている事に気が付いた。周囲には王宮に仕えている使用人達が行き交っており、敢えてそれには突っ込みを入れず、コホンと咳払いをした。


「どこに行くんだ? ミゼンの部屋に向かったんじゃなかったか?」

「あ……うん! ミゼンとは、もう話してきた……」


気まずそうに目を逸らした後、華は再びフォルカーを見上げた。


「そうだ! ヒナが居る地下室を知らない?」

「ああ、丁度今から行くところだ」


フォルカーはそう言って手に持った籠を見せた。籠の中には花束や焼き菓子が入っている。


「聖女様への差し入れさ。本当はヨハンの役目なんだが、剣の師匠にお説教を受けてるからな。俺は代理ってワケだ」

「へ? ヨハンがお爺ちゃんに叱られてるの? どうして??」

「いや、ちょっとな……」


——華を取り合って剣を交えたからだなんて、言えるか。


 苦笑いを浮かべたフォルカーを不思議そうに見つめた後、華は「ヒナの所に私も一緒に行っていい?」と、大きな瞳を向けて言った。


——可愛すぎる。やっぱりヨハンの奴に譲るのは嫌だなぁ……。


「そ、そうだな、一緒に行くか!」

「良かった! 有難う、フォルカー!」


 フォルカーと共に廊下を歩き、地下室へと続く階段を護る兵士に会釈をして扉を開けると、階段を降りながらフォルカーは華に話しかけた。


「……で? どうして泣いてたんだ?」

「えっ!?」


驚いた声を上げた華に、「気づかねぇわけねぇだろ」と、呆れたように言い、フォルカーは優しく華の頭を撫でた。


「ミゼンの奴に何か言われたのか?」


——言われたわけじゃないけど……。

 と、考えて口を噤んだ華に、フォルカーは溜息を吐いた。


「それじゃあ、何かされたのか?」


ピクリと身体を震わせた華に、フォルカーは慌てたように長身を屈めると、華の両肩に優しく触れて確かめる様に華の顔を覗き込んだ。先ほど起きた事を思い出し、困惑しながら体を強張らせた華を見て、フォルカーは「くそ!!」と、声を上げた。


「あの野郎!! ぶん殴ってやる!!」

「え!? ちょっと待って!! 駄目っ!!」


 慌ててフォルカーの服を掴んだが、「いいや、もう我慢ならねぇ!!」と、フォルカーは降りて来た階段を戻ろうと振り返った。


「待ってったら!!」

「華を泣かせるような事をする奴を、赦してなんかやれるか!!」

「フォルカー!!」

「例えヨハンの奴だろうと、華を泣かせたりした日にはぶん殴ってやる!!」

「そういうんじゃないの! 落ち着いて!! ちょっとその……」


華は躊躇った後、「キスされただけだし」と、顔を真っ赤にしながら言った。フォルカーは声にならない様に口をパクパクと動かした後、行き場のない怒りを押さえつける様に顔を片手で覆った。


「俺とキスしたって華はそんな風に泣かなかっただろうが。他にも言えないような事をされたんだろう!? あの野郎、絶対にぶん殴ってやる!!」

「駄目っ!!」


華はフォルカーがミゼンを殴りつける様子を想像し、恐ろしくなって必死に引き留めた。

 どちらも華にとっては大切な友人だ。喧嘩などして欲しくない。ましてや……


——私は、この世界から居なくなっちゃうのに……!


 そう考えて、華は居た堪れない程に心臓が締め付けられる痛みを味わって、瞳から大粒の涙を零した。


「フォルカー、お願い。聞いて……」


ぐすぐすと泣き出した華に驚いて、フォルカーは慌てて「悪い! つい、頭に来ちまって!」と、長身の身体を屈めた。


「泣かないでくれよ、悪かったから。華を驚かす気は無かったんだ。ホントにすまなかった。ただ、ミゼンの野郎が華を傷つけたのかと思うと腹が立って」

「怒る必要なんか無いの。私、どうせ居なくなっちゃうんだから……」


華の言葉に、フォルカーは「え……?」と、声を上げて華を見つめたままピタリと動きを止めた。長い沈黙の後、やっとのことで「どういうことだ?」と、問いかけると、華は更にボロボロと涙を零した。


「もう嫌っ!! 帰りたくなんかないっ!! 蒼壱と一緒に、この世界でずっと暮らして居たいのにっ!!」


わぁっと泣き出した華を、フォルカーはどう宥めたら良いのかわからずに、困りながらも優しく抱きしめた。


「華、悪かった。泣き止んでくれよ、華の言う事をちゃんと受け止めるから。だから、頼むから説明してくれ。このままだと俺はどうしたらいいのか……」


困惑するフォルカーの腕の中で、華は嗚咽を洩らし、しゃくりあげた。フォルカーは困り果てながらも華を慰めようと必死になって優しく背を撫でた。


「あの……声が大きかったから、全部聞こえちゃったんですけど……」


ヒナがひょっこりと顔を出し、申し訳なさそうに手を合わせた。


「ヒナ嬢。悪い、騒がせちまって。差し入れを持ってきたつもりだったんだが……」


申し訳なさそうにしながらも、フォルカーは華を抱きしめている手を離そうとしなかった。ヒナは優しく微笑むと、促す様にチラリと後方に視線を向けた。


「平気よ。それよりもそんな階段の途中で話さずに、部屋で話したらどうかしら? 窓も無い陰気な部屋だけれど、ソファーくらいはあるもの」


フォルカーは「そうだな、ご提案痛み入るぜ聖女様」と言って、華を軽々と抱き上げた。


「わっ!? フォルカー、私自分で……」

「いいから、少し位俺に甘えろ。頼むから」

「フォルカー様、こちらは私がお持ちしますわ」


ヒナがフォルカーから籠を受け取ると、籠の中身をチラリと見て「あら、美味しそう!」と、微笑んだ。


◇◇


 ヒナを軟禁している地下室は、家具や装飾品が豪華絢爛に飾り立てられ、室内には煌びやかなドレスや色とりどりの花、沢山の本やボードゲーム等が置かれ、ヒナが退屈しないようにと精一杯の配慮がされている様だった。

 とはいえ、ヒナにとっては相当不満であるようで、どれも全く手つかずな状態で放置されている様子が伺い知れた。


 華は二人にこの世界が自分にとってはゲームの世界であることや、蒼壱と入れ替わっていたいきさつ等を洗いざらい話した。


「何となく、気づいてたわ」


愕然として押し黙ったフォルカーの横で、ヒナがそう言ってにこりと微笑んだ。


「だって、好きな人の事だもの、見間違えたりしないわ。背だって全然違うし。それに、蒼壱様が王妃教育で時折言う言葉が、どう考えてもこの世界には不釣り合いだったもの」

「え!? 蒼壱ったら、何を言ったの!?」


ポカンとする華に、ヒナはくすくすと笑った。


「本当に他愛もないことだけれど。『鉛筆』だとか、『消しゴム』だとか、『ティッシュ』、『タオル』だとかかしら」

「……うわ。私も普通に言っちゃうことだ。確かにこの世界には無いかも」


ヒナはクスクスと笑うと、嬉しそうに華の手を取った。


「良かったわ! これでやっと同年代の女友達として堂々と話せるもの!」


華はホッとした顔をヒナへと向けた。


「ホントだね。私も話したい事沢山あった。ポテチ食べたいとか」

「私もよ! でもそれくらいなら作れそうよね!?」

「え!? どうやって作るの!? 私にもできるかな?」

「簡単よ。まずは……」


「ちょっと待った……!」


フォルカーが項垂れたまま声を発すると、片手で顔を覆ったままため息を洩らした。


「すまんが、俺は受け入れきれねぇ。ゲームの世界? 選択肢や、エンディング? なにより納得できねぇのは、華が居なくなっちまうことだ!!」


フォルカーは頭を抱えたい気分だった。額から垂れる汗を手の甲で拭き、僅かに首を左右に振った。


——そうか。だからミゼンの野郎は華を……。あいつは、兄貴が華を失って傷つくのを軽減させようとしたってのか? 華を、無理やりにでも自分のものにする事で、ヨハンの奴に華を諦めさせるきっかけをつくろうとしたのだろう。キズモノの令嬢を妃として受け入れる程、ヒルキア王族は寛大じゃない。

大馬鹿野郎め! あいつだって華の事が好きなくせに、どんだけ自己犠牲する気なんだよっ!! 何より華を傷つけようとしたことは許せねぇ!!


「フォルカー」


華はすまなそうにフォルカーを見つめて言った。


「ごめん。だから私、フォルカーと結婚だとか、ハリュンゼンの女王様だとか無理だと思う。元々無理な話ではあるんだけどさ。だって、私には務まらないもの」


 フォルカーはぎゅっと拳を握り締め、悔し気に唇を噛みしめた。


——そんな事はどうだっていい。帰らないでくれ!! 居なくならないでくれ!! けれど、華だって好きで帰るわけじゃねぇ。俺がそんな事を言っちまったら、彼女をただ困らせちまうだけだ。

 だが……それでもどうしても!! くそ、どうすりゃいいんだっ!!


「すまない、華。俺は今、冷静でなんか居られない。華を傷つける様な事を口走っちまいそうで……。少し頭を冷やしてくるぜ」


 フォルカーは立ち上がると、「後で迎えに来る」と言い残して部屋から出て行った。ぶつけようのない苛立ちと何もできない虚無感とが混ざり合い、フォルカーの背中は引き留める事を拒絶し、華は黙って見送ることしかできなかった。


「フォルカー様は、華の事が本当に大好きなのね」


ヒナの言葉に華は「私も大好き。フォルカーは凄く良い奴だもん」と寂しげに微笑んだ。

 強引な様でいて、華を尊重して守ってくれる。フォルカーは華にとって頼もしい味方なのだ。


「そうだ、ヒナにお願いがあってここに来たのに、目的を忘れちゃうとこだった!」


華はヒナを懇願するような目で見つめた後、パチリと手を合わせた。


「あのね、ヒナは蒼壱が好きなんだよね? 帰っちゃうって分かってても、助けて欲しいの!」

「助けるって……?」


不思議そうに小首を傾げたヒナに、華は更に言葉を続けた。


「双子だからからな、分かるの。蒼壱が、本当はヒナの事が好きなんだって事。帰らなきゃいけない運命だって分かってるから、必死になってそれを受け入れないようにしてるけど……」


華はぎゅっと拳を握り締めた。瞳にじんわりと涙が浮かび上がって来る。


「私、蒼壱の姉さんなのに、いつも優しい蒼壱に頼り切ってばかりなんだ。今度は蒼壱をちゃんと支えたいの。でも、考えてみると私に出来る事なんか何にも無くて。だから、どうしてもヒナの協力が必要で……」


ヒナはハンカチを華へと差し出すと、「泣かないで、華」と言いながらも、自分も涙を瞳いっぱいに溜めていた。


「華の言う通り、私は蒼壱様が大好きだから。離れ離れになっちゃうんだとしても、私が協力できる事は何だってするから。少しの時間だとしても、私、蒼壱様の側に居たいもの」


ヒナはそう言った後、ポロリと瞳に溜めた涙を零して微笑んだ。


「華と私って、真逆のようで似てると思わない? お互いに、好きな人とは離れ離れになっちゃうんだもの」

「……え? わ、私の好きな人って?」


華がドキマギしながら問いかけると、ヒナはくすくすと笑った。


「華ったら、誤魔化したってダメよ。ヨハン様の事が大好きなんでしょう?」


華はカッと顔を真っ赤にすると、あわあわとしながら口をパクつかせ、俯いた後に小さく「うん……好き」と、いじけた様に言った。


「でも、ヨハンはハンナになった蒼壱の事を好きになっちゃってるみたい。あの鈍感男は、ヒナみたいに入れ替わりに気づくような人じゃないから」

「華も相当鈍感に見えるけれど……」


ヒナの突っ込みに、華は「う!!」と言って胸を押え、「痛いところを付かれた……」と、項垂れた。


「蒼壱にもソレ言われるの。私、そんなに鈍感かなぁ」


ヒナはクスクスと笑いながら頷いた。


「ええ。そう思うわ。でも、そこが可愛いところの一つかも。私は、妙に鋭いから警戒されちゃいやすくて」

「その鋭さ、ヨハンに爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだよ。蒼壱の事が好きなヨハン相手にときめく私は悲劇以外の何者でも無いじゃない。ハンナとの婚約破棄にしても、複雑でしかないよ」


 諦めた様に華がため息を吐き、ヒナはニコリと笑みを向けた。彼女の優しい笑みは見ているだけで心が癒されるようだ。蒼壱がヒナに惹かれる気持ちも理解できる。それ程に彼女は優しく、可愛らしい魅力的な女性であると華は思った。


「それでね、ヒナへのお願いなんだけど……」


華はヒナへと自分の考えた作戦を話しだし、ヒナは相槌を打ちながらそれを聞いた。


「分かったわ。華! それじゃあ、こうしましょう?」


二人は大いに盛り上がりながらあれこれと話し合った。そこが窓も無い地下の牢獄のような場所であることも忘れ、楽し気な声が響き渡った。

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