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大事過ぎて

 第二王子であるミゼンの私室へと訪れた華を、騎士達は『稀代の英雄アオイ・ランセルだ』と憧れの眼差しで見つめ、恭し気に迎え入れた。


——顔パスすごっ!


 華は意気揚々としながら騎士が開けてくれた扉を通り抜け、窓辺の椅子に掛けて読書中のミゼンに手を振った。ミゼンは華の姿を見た途端、嬉しそうに微笑み、読んでいた本を閉じて椅子から立ち上がった。


「華。わざわざ来てくれたのですか?」

「勿論! 昨日大怪我してたでしょ? 手ぶらだけどお見舞い。具合はもういいの?」


心配そうにミゼンを見上げる華に、彼はすまなそうに眉を下げた。


「貴方にはいつも心配ばかりかけている気がします。情けない限りですね」

「全然情けなくなんかないよ! ミゼンのあの大魔法が無かったら沢山負傷者が出たはずだもの。最功労者なんだから、堂々としてたらいいのに」

「とんでもない。最功労者はヒナ嬢ですよ」


ミゼンは華をソファへと促した後、使用人を呼ぶと、お茶を持って来る様にと指示をした。華はソファへと掛けると、キョロキョロと興味深そうに辺りを見回した。


 殺風景なヨハンの部屋とは違い、ミゼンの部屋は高価そうな装飾のついたランプや絵画が飾られており、棚の上には様々なアクセサリー類が綺麗に並べられていた。

 そう言えば、彼は指輪やネックレスをよく身に着けていたし、マントを留める為のブローチも凝ったデザインの物を好んでいたなと、華はミゼンを見つめた。

 目が合うと、彼は少し恥ずかしそうに笑みを浮かべ、小さく咳払いをした。


「貴方を招くと分かっていたら、ちゃんと片づけたのですが」

「へ? 別に散らかってないじゃない」

「男性が着飾るのはあまり好ましく思われませんから」

「ミゼンは似合ってるからいいと思うけど」


 華はそう言った後に『ヨハンやフォルカーがキラキラアクセサリーをつけたら、なんか退くかも』と、考えてふっと笑った。


 扉がノックされ、使用人達がティーセットを運び込み、お茶の用意を始めた。テーブルの上にクロスが敷かれ、テキパキと手際よくお茶を淹れると、使用人達は深々と頭を下げて部屋から出て行った。


「わぁ……流石、第二王子殿下に粗相が無いようにって徹底されてるんだね」


華が感心して言うと、ミゼンはすまなそうに微笑んだ。


「天気も良いですし、本来ならばサロンでアフタヌーンティーといきたいところなのですが。華は今アオイですから、はた目からは男性二人でのお茶会と思われてしまうでしょうから……」

「変な噂が立っちゃうよ」


華はケラケラと笑いながらお茶を一口飲んだ。ほんのりとベルガモットの香りが口の中に広がる。


「美味しい!」

「それは良かったです」


チラリとミゼンを見つめると、愛嬌のある笑みを浮かべ、華を見つめ返した。


「何か言いたい事でも有り気な顔をしていますが、どうしましたか?」

「……へへ。分かっちゃった?」


パチリと手を合わせて、華はミゼンに頭を下げた。


「お願い、ミゼン! ヒナに会わせて!」

「……はい?」


きょとんとして瞬きをするミゼンに、華は頭を下げたまま言葉を続けた。


「ヒナを探そうにも、ハンナが居ない事で王妃教育も止まってるし、王宮中を探してみたけれど見つからなくて。多分、わざとアオイに会わせない様にしてるんだと思うけど。ヒナをヨハンの婚約者にしたいだろうから」

「ヒナ嬢に会ってどうするおつもりですか? その姿で彼女に会えば、流石に華であることがバレると思いますが」


華は頷くと、頭を下げたまま唇を噛みしめた。


「……ヒナに本当の事を話すつもりだよ」

「何故です? ヒナ嬢が傷つくと思いますよ」


ミゼンは、ヒナが恋したアオイ・ランセルが実は女性であると知ったのなら、傷つくだろうと思ったのだ。


「そうじゃないの! ヒナは……アオイと入れ替わった私じゃなく、蒼壱本人を好きになってるの。ヨハンの生誕祭も、剣技大会も、ヒナの心を動かしたイベントの時は蒼壱だったんだもの」


華は顔を上げると、ミゼンを見つめた。


——蒼壱の角が、ヒナの神聖力で簡単に折れた。でも、あれは折れたような感じじゃなかった。折れたなら、切り口が丸いはずがない。


 ヒナの神聖力で、魔王化が治るんだとしたら……?


 それに賭けるしかない。蒼壱はきっと、話しても素直に応じないと思う。自分が魔王であることを利用して、ヨハンに倒されることでハッピーエンドに持って行こうとしてるんだから。


 蒼壱がヨハンに魔王として討伐されちゃったら、もしかしたら蒼壱は現実世界に戻れなくなっちゃうかもしれない! それだけは絶対に駄目!!

 私と蒼壱が悪役なら、ヒーローやヒロインに手を貸して貰えばいい!


 ミゼンは暫く考え込んだ後、寂しげな瞳を華へと向けた。


「……ヒナ嬢に会わせる事は承知致しました。ですが、一つ僕の質問に答えて頂けますか?」

「うん、わかった。ありがとう、ミゼン」


ホッとしながら華は「何でも聞いて?」と、微笑んだ。

 ミゼンは躊躇した後に、意を決した様に言葉を吐いた。


「華は、以前僕に『私が居なくなったら寂しい?』と聞きました。あれは一体どういう意味だったのですか?」

「あれは……」


 華は言葉を止め、ミゼンを見つめた。


「えっと……その……」


言いよどんでいると、ミゼンの姿が二重三重にぶれて、華の頬をポロリと涙が零れ落ちた。


——まずい。止まらないかも……。


 華の中で悩んでいたもやもやが一気に膨れ上がり、堪えきれなくなって溢れ出したのだ。


「……華?」


 ぎゅっと膝の上で拳を握り締め、心配そうに見つめるミゼンに訴えかける様に華は口を開いた。


「ミゼン。私、この世界の人じゃないの。こんな事言って信じて貰えないかもしれないけど……」


強く唇を噛みしめようとも、華の涙が溢れて止まらない。ミゼンは眉を寄せ、優しく問いかけた。


「貴方が嘘をつく様な人じゃないことは分かっているつもりです。ですが、一体どういうことかもっと詳しく話していただけますか?」

「……信じてくれるの?」

「当然でしょう」


ポロポロと零れ落ちる涙を手の甲で擦りながら、華は「有難う」と、涙声で言った。


「私も蒼壱も、別の世界から来たの」

「ヒナ嬢と同じという事なのですか?」

「似てるけど、少し違うの。私と蒼壱は、ハンナ・ランセルとアオイ・ランセルに憑依してる感じだから。私達にとっては、この世界はゲームの中なの」

「……ゲーム?」

「どう言ったら伝わるかな……。お話を見ながら分岐で選択して、その選択内容によってストーリーが変わるの。どういうわけかその世界に入り込んじゃったの」

「よくわかりませんが。僕や兄上が……いえ、この世界が物語の中だと言いたいのですか?」


 頷く華を見て驚愕の表情を浮かべた後、ミゼンは押し黙り考え込んだ。そしてチラリと華へと視線を向けると、寂しげに言葉を吐いた。


「もしや……貴方が何度か死んだかのように思えて復活しているのは……」

「コンティニューがあるの。死んでも復活できるから」


ミゼンは青ざめて、震える唇を動かした。


「待ってください、華……物語には『終わり』が存在します。そうなったら、貴方はどうなるのですか?」

「……多分、魔王を討伐して、ヒロインのヒナが誰かと結婚してゲームのエンディングを迎えれば、私達は元の世界に帰れると思ってるんだけれど……でも、わからない。帰れるのかどうかも全く分からないの!」


ミゼンがパッと席を立った。グスグスと涙を零す華を優しく抱きしめて、懇願するように声を放った。


「帰らないでください。居なくならないでください……!」

「そうしたいけど、できないの……! 元の世界の家族が、きっと心配してるもの!」


震える華を優しく抱きしめながら、ミゼンは唇を噛みしめた。


——華が、居なくなる……?


 そう考えただけで、ミゼンはまるで自分が突如極寒の大地へと投げ出されたかのように凍える程の寒さを覚えた。


「兄上には、このことは絶対に言わないでください」


——そうでなければ、兄の心が壊れてしまう。やっと愛する人が出来たというのに、また失われてしまうのだから。

 ……これは、想像を遥かに逸した事だ。僕は兄上と華が結ばれる事を応援するつもりでいた。


 けれど、華が居なくなってしまうのであれば話が違う。


 彼女を失って傷つく兄上を見たくない……!


「華……」


 ミゼンは華の背を優しく撫でて、泣きじゃくる彼女を宥めた。


「話してくれてありがとうございます」

「信じてくれてありがとう、ミゼン。やっぱりあんたはマブダチだね……」

「……マブダチ、ですか」


ふぅ……と、深いため息を吐くと、ミゼンは華の額にキスをした。


「ミゼン……?」


華が顔を赤らめて戸惑うようにミゼンを見上げると、彼は強引に華をソファへと押し倒した。


「え!? ちょっと、ミゼン!?」


ちゅ……と、唇を塞がれて、華は驚いて瞳を白黒させた。押しのけようとミゼンの肩に手をかけたが、男性の力に適うはずもなく、びくともしないその様子に恐怖を覚えた。


——嘘!? 一体どうして!?


 恐怖で身体が強張り、華は言葉を発する事もできず、無抵抗のままただただ震えていた。


 稽古着が薄着であることに今更ながらに後悔した。ミゼンの手がするりと服の裾をたくし上げて、華の肌に触れた。


「!!!!」


——ミゼン。こんなことする人じゃないのに……!

 恐怖と相なって悲しみが華の心を支配した。


「ふ……ふえ………え……」


 華はどうすればいいのか分からなくなり、泣き出した。しくしくと肩を震わせて涙を零し、ぐすぐすと鼻水を啜り上げた。


 自分の腕の中で恐怖に震え、泣き出す最愛の人を目の当たりにして、ミゼンは思わず手を止めた。


「……華」

「ふええ……」


たくし上げた服の裾を戻し、ミゼンは優しく華を抱きしめると、宥めるように頭を撫でた。


「すみません。もうしませんから、泣かないでください。怖がらせるようなことは、もうしませんから……」


ぐすぐすとしゃくりあげる華を腕の中に感じながら、ミゼンは静かにため息を吐いた。


「愛しています、華。この世の誰よりも。決して貴方を傷つけたくはない。そう思っていたはずなのに」


ミゼンは華の額にキスをすると、そっとその場から離れた。自らの乱れた着衣を直し、ハンカチを差し出した。


「……ヒナ嬢は、地下室に居ます。魔王が城下町の近くに突如現れたせいで民は皆恐怖心を抱き、聖女である彼女に誰もが救いを求めてているのです。そのせいで彼女はあまりに厳重に警備され、まるで幽閉でもされているかのように部屋に閉じ込められているのです。彼女に会って何をする気かは知りませんが、貴方の行動に僕が干渉することを控えた方が良いでしょうから」


ミゼンからハンカチを受け取らず、華は手の甲で頬を擦った。ソファから起き上がり、怯えたように背もたれに身を寄せている。


「僕の事が、嫌いになりましたか?」


華は何も答えず、責めるような瞳をミゼンに向けた。ズキリとミゼンの心が痛んだが、華はそれ以上に傷ついたはずだと、ゆっくりと何度か頷いてミゼンは華の側から数歩離れた。


「行ってください。これ以上ここに居ては、僕は自分を押えることができそうもありませんから」


わざとらしく脅すふりをして追い出そうとするミゼンの言葉に、華はさっとソファから立ち上がり、扉の方へと逃げるように駆けた。


 ミゼンは溜息を吐き、窓の外へと視線を向けて華の方を見ないようにした。


「……ミゼン」


扉の前で華が立ち止まり、震える声を放った。一刻も早く立ち去ってしまうだろうと思っていた為、ミゼンが驚いて顔を上げると、こちらに背を向けた状態で華がゆっくりと言葉を発した。


「嫌いになんか、なってない。ただちょっと怖かった。でも、あんな風に……」


華はそこで言葉を止めると、ポタリとカーペットに涙を零した。


「あんな風に悲しそうな顔をされちゃったら、私は抵抗なんかできないよ。ミゼンの事、友人として大好きだから、傷つけたくないって思っちゃうもの。でも、気づいちゃったの。私は、ヨハンの事が好きなんだって……だから、都合がいいのかもって思っちゃうけど、それでもミゼンに嫌われたくなんかないの」


——嫌われたくない……? それは、僕を僅かなりとも好いてくれていたということですか……?


 華は扉を開くと、パタパタと廊下を駆けて行った。

 ミゼンはポツンと部屋の中で一人取り残されて、ぎゅっと唇を噛みしめた。あまりに強く噛みしめた為、唇が切れ、口の中に血の味が広がった。

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