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魔王戦

 蒼壱はため息を吐き、王都の西門を丘の上から見下ろした。背に生えた漆黒の翼が翳り始めた日に紅く照らされ、禍々しさが引き立てられている。


——このイベントで、魔王の存在が国中に知れ渡ることになる。王都のすぐ側まで魔物が接近した事で民達の恐怖を煽り、神聖力の強いヨハンは魔王討伐の筆頭として祭り上げられる。


 状況的に、国王は今回の魔物討伐イベントにはヨハンとミゼンの二人をぶつけるだろう。彼らの力量を計り、王位継承者をどちらにするかを決める為にだ。ヒルキアの国王だけが手にする事が出来る聖剣。それを手にする者を決めるのだ。

 公爵の思惑でハンナはハリュンゼンに行く事になるだろうから、フォルカールートは無くなったと言えるけれど、まだ安心はできない。


 ミゼンルートを確実に潰さなければ……。


「悪いけど、ミゼンには大敗してして貰わないと。ヨハンルートには邪魔だからね。ついでにフォルカーもだ」


 白い仮面をつけると、蒼壱はすぅっと深呼吸をした。キャラクター補正のせいか、蒼壱の身体にみなぎる力に思わず武者震いがする。


「怪我をさせるだけで済めばいいけれど。殺さない様に気を付けなくちゃ。……まあ、死んで貰った方がヨハンルートを確実にするには好都合か。うん、俺って結構悪役向きだったんだな。自分でもびっくりだ」


 バサリと漆黒の翼を広げ、蒼壱は振り返った。


 後方に控える魔物達の大群に向かって一瞥すると、すぅっとヒルキア王都を指さした。


「攻めよ」


 魔物の大群が不気味な声を上げ、丘の上から勢いよく駆け下りた。大地が揺れ、砂埃が舞い上がり、蒼壱は漆黒の翼をはためかせて空へと飛び立った。


「ヒナが覚醒しない限り、このゲームはバドエンド必至だ。それだけは避けなくちゃならない。華だけは、絶対に現実世界に帰すんだ……!」


 魔物の大群の先頭へと飛び、蒼壱は王都の西門目指して先陣を切った。



◇◇◇◇



 王都の西門では、騎士団が集結し、部隊を三つに分けて整列していた。


 純白のマントを羽織った聖女ヒナの部隊を中央に、瑠璃色のマントを羽織ったミゼンの部隊と、白銀の甲冑に赤銅色のマントを羽織ったヨハンの部隊が鎮座している。


 華がフォルカーと共にその場に駆けつけると、稀代の英雄アオイ・ランセルがどの部隊に加わるのかと注目する視線が一斉に向けられ、華は戸惑ってフォルカーへと視線を向けた。


「おいおい……敵は魔物だろ? 親の仇を見るような目で牽制し合ってる場合かよ」


フォルカーが呆れた様に言い放つと、華がふっと笑った。


「そうだね。守るべきは王都に住む民達だよ。フォルカーの言う事は正しい」


 剣を鞘から引き抜くと、華は魔物達が不気味な目を光らせ集結しているであろう丘の上に向かって指した。


「王家が民の盾ならば、アオイ・ランセルは王家の盾!! 皆、私と一緒に、大切な人を護る為、力を貸して!!」


 そう言って、華が馬の腹を蹴り、先陣を切って馬を走らせた。控えていた三部隊の騎士達は稀代の英雄アオイ・ランセルに鼓舞され、互いに身に着けているマントの色も忘れ我もと華に続いて駆けた。


 一瞬のうちに全ての指揮を華が執ったのである。


——あれは、ハンナ嬢だ。なんと、勇敢で美しいのだろう……。

 ヨハンは呆然としながら華に続く騎士達を見つめた。


 ミゼンはふっと笑い、チラリとヨハンを見た。


「兄上、遅れをとっている場合ではありませんよ」


ヨハンは頷くと、剣を鞘から抜き、声を上げた。


「皆、アオイの言う通りだ。いがみ合う必要など何もない!! 守るべきものは皆同じだ。続け!!」


ヨハンの檄に騎士達は勇ましく声を上げた。


 地響きと共に丘の上から駆け下りて来る魔物達へと騎士達が突進していく。ヨハンは唇を噛みしめながら華に追いつこうと馬を走らせた。


——私を信用できないと言っておきながら、こうして助けに駆けつけてくれた。

 そなたの真意が分からない程、私は疎かではない。


 そなたは、私に王位を継いで欲しいのだろう? だから敢えて身を退いた。


「決して、離すものか。そなた程の女性はどこにも居ないと言ったはずだ!!」


 矢を番え、次々と迫りくる魔物達を華は射り倒して行った。黒く蠢く魔物達の大群は勢いが衰える事無く、王都へと押し寄せて来る。


「アオイ!!」


 後方でヨハンが叫ぶ声がした。しかし、華は振り返る事をせずに剣を構えた。


「ヨハンは下がってて! 私が盾として貴方を護るからっ!!」


——ヨハンから貰った『星のピアス』があるから、魔物討伐イベントで負ける事はない。大丈夫……。例え死んだって構わない。私にはあと一回、コンティニューが残ってるから。


 魔物達の恐ろしい威嚇の声。揺れる大地。蠢く大群の影……。


 華は震える拳を更にぎゅっと握りしめ、迫りくる魔物の軍勢を睨みつけた。


「来るなら来い!! 全部私がやっつけてやる!! ヨハンには指一本触れさせないっ!!」


勇ましく叫び、華が剣先を向けた瞬間、魔物達の大群が真っ二つに分かれた。


「え……!?」


 まるで華を避けるかのように魔物達は華の左右へと分かれ、後方に控えていた騎士達へと襲い掛かって行った。


 そして、華の上空を白い仮面をつけた漆黒の翼の魔物が素早く通り過ぎて行った。


————それは一瞬の出来事だった。


 流れ星が流れたかのごとくほんの僅かな時間だったが、華はその魔物を見上げ、呟くように声を上げた。


「……蒼壱…………?」


——嘘。どうして……?


 華は無意識に馬を反転させ、白い仮面の魔物を追った。騎士達を助けながら、必死になって見失わない様にと上空を見つめる。

 ヨハンもまた華を護ろうと彼女を追った。


 隊が乱れ、魔物達の軍勢に押され、後退していく。


「下がるな!! 後ろにはそなたらの家族が住まう王都がある!!」


ヨハンが声を上げた。

 騎士達もまた己を振るい立たせようと声を上げ、魔物達を切り倒したが、魔物達の勢いが余りにも凄まじく、後退する足が止まらない。次々と倒されていく騎士達を、ヨハンは唇を噛みしめて見つめた。


「倒れるな!! そなたらには家族が居る。待っている者達がいるのだろう!!」


——私には、誰も居ないというのに……!!


 雷鳴が轟き、上空から無数の雷が落ち、魔物達の身体をいくつも貫いた。ミゼンが詠唱しながら手を振るい、更に雷が魔物達を襲う。


「さあ、手を抜いてはいけません。兄上、僕も支援しましょう」


 ミゼンの馬にはヒナが共に乗っていた。恐らく、馬を操れないヒナを見かね、ミゼンが助けたのだろう。


 上空から白い仮面をつけた魔物がミゼンを見下ろしている様を、華は見つめて唇を噛みしめた。


——蒼壱、一体何をする気なの……?


(ミゼンの奴め。ヒナに近づくなよ……!)


華の耳に、蒼壱の声が聞こえた気がした。彼の姿は随分と高い位置に在り、聞こえるはずが無いというのに。

 ゾクリと悪寒が走り、華はパッとミゼンへと視線を向けた。


「ミゼン!! 避け……」


 パタ、タタ……と、ヒナの顔に生ぬるい水滴が散った。


「え?」


ヒナが顔を上げると、白い仮面を身に着けた漆黒の翼の男が素早く空へと舞い上がった。


——黒い……天使?


ズ……と、ミゼンの身体が大きく揺れ、馬からずり落ちた。ヒナは顔についた生ぬるい水滴を手の甲で拭き、ベットリと赤く汚れた手を見つめ、悲鳴を上げた。


 大地へと倒れたミゼンは、どくどくと大量の血液を流し、微動だにしなかった。


「ミゼン!!」


華が叫んだ。白い仮面の魔物は遥か上空へと上昇していく。


——蒼壱。あれは蒼壱だ……。双子だから分かる。でも、どうして蒼壱が魔王なんかになっちゃったの?


 華は混乱しながらも必死に冷静になろうと唇を噛みしめた。

 ヨハンがヒナの元へと駆けつけ、ヒナを馬から降ろすと、ミゼンの治療をすべく神聖魔法を唱えた。フォルカーは彼らを護るべく周囲を騎士達で囲み、魔物達を切りつけた。華も参戦しながら魔物達を薙ぎ払い、必死になって頭をフル回転させた。


——どうしてかは分からない。けど、蒼壱ならきっとミゼンだけじゃなく……。


「フォルカー!! 警戒して!!」


 華が叫んだ時、白い仮面の魔物が上空から急降下し、フォルカーへと襲い掛かった。フォルカーは間一髪それを剣で弾くと、白い仮面の魔物は再び上空へと上昇した。

 フォルカーへと襲い掛かっていた別の魔物が、白い仮面の魔物の餌食となって大地へと崩れ落ちる。


「なんだ!? あいつは……!! 味方ごと俺に襲い掛かって来やがった!」


慌てたように言うフォルカーの横で、華は上空を見上げ、唇を噛みしめた。


——やっぱりだ! 蒼壱はヨハンルートにする為に、他の攻略対象を蹴落とす気なんだ!

 蒼壱の馬鹿! ゲームの世界だって、人を傷つけたら自分の心が傷つくのに!


 どうして蒼壱が魔王なんかになっちゃったのかはわからない。けど、きっと何か、現実世界に戻る為の問題が出来たんだ。

 蒼壱は優しいから、私に心配させたくなくて自分一人で背負おうとしてるんだ……!


 華は上空で旋回する蒼壱の姿を見つめた。


 絶対に、蒼壱はもう一度来る……。


「フォルカー!!」


——蒼壱に、これ以上誰も傷つけさせない。


 白い仮面の魔物が、フォルカー目掛け再び急降下した。華はフォルカーの前へとその身を滑らせた。魔物の爪が華の身体を引き裂かんと振り下ろされる。


——私には『星のピアス』がある。魔物討伐が失敗に終わることはない。

 そう考えて、華はハッとした。蒼壱がもしも『魔物』として認識されていなかったなら……? もしもアオイ・ランセルやハンナ・ランセルとしてシステム上登録されているのだとしたら、『星のピアス』の効果は無効かもしれない。


 白い仮面の奥で、蒼壱の瞳が驚愕の色を放った。華を引き裂く自分の爪を止める事ができないのだ。


——蒼壱、悲しまなくていいから。コンティニューは、あと一回残ってるもの。大丈夫……。


 その瞬間、白い光が辺りを包み込んだ。

 余りの眩さに瞳を細めた華の前で、白い仮面の魔物は光に弾かれて吹き飛ばされた。まるで邪を払う聖なる光の様に思え、華は唇を噛みしめた。傷つき倒れていた騎士達が、次々と立ち上がる。

 振り返ると、ヒナが握りしめた両手から光が発せられており、辺り一帯を神聖魔法で包んでいた事が分かった。


——ああ、聖女の力が覚醒したんだ……。

 華は唇を噛みしめて、ヒナを見つめた。


 蒼壱が狙っていたのは、ヒナの覚醒。きっとヒナの神聖力が弱い事が、私達が現実世界に帰る事と関係があったんだ。


 華は顔を上げると、白い仮面の魔物が飛び去って行く方向を見つめた。その方向へと華も向かおうと手綱を握り締めた時、「アオイ!!」と、ヨハンの呼び止める声が聞こえた。


「何処へ行くのだ? 残った魔物達の殲滅にさほど時間はかからぬ」

「ヨハン……」


チラリと蒼壱が飛び去った方角へと視線を向けた華に、ヨハンは必死の様子で言葉を続けた。


「顔色が悪いが、何かあったのか?」

「少し用事があるから、私……」

「ならぬ」


 どうして——と、ヨハンを見つめると、ヨハンは眉を寄せ、懇願するように華を見つめ返した。


「頼む、私と共に王宮へと退こう。ヒナの神聖力が覚醒した事を王に報告せねばならぬ。共に来てくれ」

「……でも……」

「頼む、アオイ」


——王家の盾なら、ヨハンの頼みを断ったりなんかしないよね……。

 華は唇を噛みしめると静かに頷いた。

 ヨハンは僅かにホッとしてため息を吐くと、「さあ、行こう」と言って、華の肩を優しく叩いた。

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