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公爵命令

 ひとしきり泣いた華の目の前に、すっと白いハンカチが差し出された。


 寂しげに瞳を伏せたフォルカーだった。彼は一言だけ「すまねぇ」と言った。何に対しての謝罪なのだろうか。国王がハンナとの婚約破棄を言い渡す事を止められなかったからなのか、ヨハンがここに来る事を止められなかったからなのか。

 それとも、華の泣き顔を見てしまったからなのか……。


——フォルカーは何も悪くなんかないのに、いつもこうやって慰めてくれるんだね。


「有難う、フォルカー」


 ハンカチを受け取ってか細い声でお礼を言いながら、華はとめどなく涙が溢れ出る瞳に押し当てた。


「……華、ランセル公爵が、話があるって。俺と一緒に来てくれるか?」

「タイミング悪すぎ。こんな顔で行くの?」


フォルカーはフッと笑うと、「美人が台無しだな」と言って華の頭を優しく撫でた。


「アオイの恰好なのに、お世辞が上手なんだから」

「別にお世辞のつもりなんか無いが。……それより、無理そうなら今度にするか? 俺から公爵には伝えておくが」

「ううん、平気。行こう」


 フォルカーに連れられて、王宮の中庭を歩いた。丁寧に手入れされた中庭は、太陽の光を浴びて花々が生き生きとしている。その中を、華は壊れてしまいそうな程にズキズキと痛む心を抱えたまま、俯いて歩いた。


——しっかりしなくちゃ。私は今、アオイ・ランセルなんだから……。公爵に不審がられる訳にはいかない。


白く華やかなガゼボへと向かうと、公爵が供も従えずたった一人でそこで待っていた。

 泣き腫らした華の顔を心配そうに見つめた後に、公爵は暫く俯いたまま黙り込んだ。フォルカーが「公爵」と促すと、手を前に出して言葉を制し、分かっているとゆっくりと頷いた。


()()()よ、辛い思いをさせてすまなかった」


公爵のその言葉に、華はすぅっと青ざめた。青ざめた華を公爵は困った様に見つめて優しく笑みを向けると、「入れ替わっている事に私が気づかぬとでも思ったのか? 実の子のことだというのに」と言って、小さく肩を竦めてみせた。


「私は宰相として失格だな。王家の盾であるランセル家の当主としてもだ。我が子を優先させてしまっているのだから」


優しい瞳を華に向けた後、公爵はフォルカーへと視線を向けた。フォルカーは頷くでもなく曖昧な様子で、小さくため息を洩らした。公爵は僅かに頷いて、華へと視線を戻すと、静かに言葉を吐いた。


「ハリュンゼン第一王子殿下がな、お前を妃として迎え入れてくださるのだそうだ」

「……え?」


 唖然とする華の隣で、フォルカーは何も言わずに公爵を見つめていた。


「で、でも。私、たった今ヨハンとの婚約破棄されたばかりだし……」

「ハンナ、これ以上の良縁は無いのだよ」

「待って、でも……!!」

「お前は拒む事ができないのだ、受け入れなさい」

「ちょっと待って!!」

「ハンナ」

「待ってったら! 私、だって……!!」

「ランセル家当主として、拒否することは赦さぬ」


混乱する華に、公爵は冷たくピシャリと言い放った。


「ハンナ。第一王子殿下より婚約破棄をされた挙句、顔に傷がある令嬢を(めと)る様な貴族の男で、まともな者などおらぬ」


……え…………?


 華の額の傷が、もう痛みはとっくに治まっているはずだというのに、ズキリと痛んだ気がした。

 公爵はため息交じりに「婚約の準備は進めておくから、そのつもりでいなさい」と言い、ガゼボから去って行った。


 華はペタリと座り込み、呆然としながら公爵の後ろ姿を見つめた。手入れの行き届いた中庭を歩いて去っていく公爵の後ろ姿は、毅然として背筋を伸ばしているにも関わらずどこか寂し気で、咲き乱れる色とりどりの草花が、華の瞳には色の無い光景に映った。


 フォルカーがため息を吐く。


「こんな形は望まないんだが……」


 そう言って、すっと華の前で跪き、頭を垂れた。


「華。フォルカー・クロイ・ジェミル・ハリュンゼンの妃として、ハリュンゼンに共に来て欲しい。必ず幸せにすると誓う」


 華の手を取り、その甲にキスをすると、フォルカーは真っ直ぐと華を見つめた。


「俺は一生、お前を愛し続ける」


 華の肩に触れると、フォルカーは優しく抱きしめた。


 身動き一つせずにそのままをただ受け入れるだけの華に、フォルカーはズキリと心が痛んだ。そっと身体を離し、華の頬を伝う涙を優しく拭いた。


「フェアじゃない事は分かってる。華が望んでないって事もな。こんな情けない俺を、嫌いになったか?」


 華は呆然としたまま優しい眼差しを向けるフォルカーを見つめた。

——フォルカーだって、ハンナとの結婚を望んでなんかいないはずなのに。私の額の傷に、罪悪感を感じてるんだ。フォルカーは全然悪くなんかないのに……。


 伝えたら、どうなるのかな? このゲームを終えたら、私は現実世界に帰っちゃうんだって話したら、フォルカーはどうするんだろう……。


「フォルカー、私……」

「殿下!!」


 叫びながらハリュンゼンの騎士がガゼボへと向かって駆けて来た。フォルカーは立ち上がり、「どうした?」と、声を掛けると、騎士は切らせた息を整える間もなく跪いた。


「ヒルキアの王都西方で魔物が出没したとの事。ヒルキア王国ヨハン第一王子並びにミゼン第二王子に、聖女を伴い討伐へ向かう様にと、ヒルキア国王が命じられました!!」


——聖女ヒナの、初出征イベントだ。このタイミングで?


 華が顔を上げると、フォルカーは騎士と二言三言会話し、騎士は頭を下げて再び王宮の方へと駆け戻って行った。


——『星のピアス』は、今私が持ってる。蒼壱はハンナの恰好のままだし。


「……行かなきゃ」


立ち上がり、王宮へと向かおうとする華の手をフォルカーが掴んだ。


「この作戦は恐らく、ヒルキア国王がヨハンとミゼンのどちらを王位継承者にするかを決定する為の、参考にするつもりだろう。華が参戦する必要は無い」


どれほどの敵が押し寄せているかはともかく、二人が居れば戦力には申し分が無い。代わりに自分が出るから、華は休んでいろというフォルカーなりの気遣いだったのだろう。

 けれど華は首を左右に振ってニコリと微笑んで見せた。


「ダメだよ、フォルカー。ランセル家は王家の盾だもの。アオイ・ランセルは、どんな時だって王家を護らなくちゃ」


——私は、いつか現実世界に帰っちゃうから。それまでの間だけでも、ヨハンの事を側で護りたい。自分で決めた事じゃない、ヨハンを護るんだって。それがどんな形だろうと関係ない。大好きな人の側に少しでも居られるなら、それでいい。


 ヨハンの事は、私が絶対に護るって決めたんだから。


 泣き腫らした瞳のまま、無理やりに微笑んで見せる華を見て、フォルカーはため息を吐いてポンと華の頭を撫でた。


「分かった。華がそのつもりなら、俺がお前を護る。安心しろ、傷一つつけさせやしないさ」

「いつも有難う、フォルカー。ハズレ引かせちゃってごめんね。ホントはヒナをハリュンゼンに迎えたかったのに」

「あ?」


驚いた顔を向けるフォルカーから視線を外すと、華は申し訳なさそうに俯いた。


「ハリュンゼンの女王様候補だもん、聖女様が良かったんでしょ? 私じゃ到底そんな大役無理だし」

「いや! 待て、そいつは勘違い……」


華はパン!! と、両手で自らの両頬を叩きつけ、フォルカーはその行動に驚いて瞳を丸くした。


「よし、気合入れて魔物討伐に行くよっ! めそめそ泣くのは私らしくないからねっ! ちゃちゃっと魔物やっつけちゃおう!」


 華のその様子にフォルカーは苦笑いを浮かべた後、「頼もしい限りだが、無理だけはするなよ?」と、小さくため息を洩らした。

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