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謁見

 華とヨハンが謁見の間へと向かうと、重厚な扉の前に立つ騎士が恭し気に頭を垂れ、扉を押し開いた。


 真紅のカーペットが敷かれた先の、数段上がった壇上の玉座に国王が座り、その傍らに宰相のオルヴァ・ランセルが立っており、隣席には王后、そしてその傍らにはミゼンが立っていた。

 壇上の一段下、国王側にフォルカーが立ち、壇上の下のカーペットの中央には頭を垂れたハンナに扮する蒼壱と、美しく着飾ったヒナの姿があった。


——皆も呼ばれてたんだ。それにしても……ゲームのメインキャラ勢揃いなんて、圧巻……。


 華がぽかんとしながらそう考えていると、ヨハンが「国王陛下に拝謁賜ります」と声を上げ、頭を垂れたので、華も慌てて頭を下げた。


 国王は「よい」と、顔を上げるように促すと、溜息を洩らした。


「煩わしいことは抜きにして言う。ヨハンよ、ハンナ嬢との婚約破棄を受け入れぬそうだな」


国王のその言葉に、華は「え?」と、僅かに声を上げてヨハンを見つめたが、ヨハンは「はい」と、強い調子でハッキリと答えた。

 宰相である公爵はいつもと変わらない穏やかな表情のままヨハンを見つめた。国王は再び深いため息をつくと、不愉快そうに眉を寄せた。


——どういう事? ヒナの初出征の話かと思ったのに……。

 華は緊張と焦りでドキドキと心臓が早く鼓動していくのを感じた。騎士の手袋の中で、じっとりと手汗が浮いていく。チラリと蒼壱へと視線を向けたが、蒼壱は頭を垂れたまま微動だにしなかった。


「理由は聞かぬ。聞いたところで余にとっては無意味なことだからな」


国王はそう言った後、鋭い視線をヨハンへと向けた。


「王命だ、ヨハン。ハンナ嬢との婚約を破棄し、ヒナ嬢と婚約を取り計らうのだ」


国王の言葉に、ミゼンが声を上げた。


「兄上! ハンナ嬢との婚約を破棄してはなりません!!」

「ミゼン、黙りなさい」


王后に窘められて、ミゼンは唇を噛みしめた。だが、首を左右に振ると、再び口を開いた。


「兄上!! 彼女がどのような方か既にご存じなのでしょう? ならばどうか……!!」

「陛下」


ヨハンは真っ直ぐと国王へと視線を向けながら、良く通る声で言った。


「私はハンナ嬢との婚約を破棄するつもりはございません」


シンと、場内が静まり返った。

 華はどうしてよいのか分からず、ただただ困惑したまま跪き、周囲で繰り広げられている様子を見守る事しかできなかった。


——まさか、ハンナの婚約破棄イベントだなんて思いもよらなかった。そ、そっか。ゲームのストーリー上確かに必ず通る道だもんね。私、なんだかすっかり勘違いしちゃってた。


 ……だって、ヨハンが、優しいから……。食事にだって誘ってくれたし、緊張したし恥ずかしかったけど、でもとっても楽しかったのに。


 王后が真っ赤に塗られた唇を横に引き、僅かに笑みを浮かべた。


「この国にとって、聖女がどれほどに重要な存在かをヨハンは分かっていない様ですね。王位継承者としての器に値しないのではありませんか?」


 王后は、暗に『ミゼンを王位継承者とし、ヒナと結婚させればよい』と提案しているのだ。


 華はサッと青ざめた。

——ヨハンが、王位継承権を剥奪されちゃう……? ミゼンルートになっちゃうってこと!?


 ヨハンは国王を真っ直ぐと見つめたまま言葉を放った。


「私に考えを変える気はありません」


 国王はその言葉を聞いて明らかに気分を害した様だった。眉間に皺を寄せ、異物を見つめるような視線をヨハンへと向けた。

 民からの信頼の厚いヨハンの存在は、国王にとって自身の立場を危うくさせる。扱いやすい男であれば良いが、ヨハンの頑なな態度は国王にとって不信感を募らせるには十分なものだった。対してミゼンは王后の言うことを素直に訊く。器用に処世術を心得ている様にも見えるが、明らかにヨハンと比べると国王にとっては扱いやすいのだ。


 国王が「オルヴァ」と、声を掛け、宰相であるランセル公爵に何やら耳打ちした。公爵は眉一つ動かさずに何度か頷くと、華へと視線を向けた。華は射竦められ、体中が強張った。


「アオイ。先日私はそなたに言ったはずだが、覚えているか?」


——何のこと!?

 華は背に脂汗を掻いた。蒼壱と公爵が何か会話をしたのだろうか。


 これはヨハンにとって最悪な状況だ。ヨハンだけではなく、華にとってもだ。華が強張ったまま公爵を見つめ返した時、「発言してもよろしいでしょうか」と、蒼壱が頭を下げたまま静かに声を放った。

 公爵がチラリと国王へと視線を向けると、国王は頷き、「申してみるがよい」と促した。


「私は先日、殿下と同席したお茶会にて毒殺されかけました。それは大変苦しく恐ろしいもので、今でもその時の恐怖が身体を蝕んでおります」


蒼壱の言葉に、国王は慈しむ様な眼差しを向けて頷いた。


「その報告は余も受けておる。オルヴァからもな。身体の調子も戻らぬ時に呼び立てて悪いが、事は急を要したのだ。耐えてくれぬか」

「勿体ないお言葉、恐れ入ります国王陛下。私が申し上げたいのは、殿下と共に居る事が……いえ、この王宮に身を置く事すら、激しい拒絶と恐怖心を覚えるということなのです」


淡々と話す蒼壱の言葉を聞きながら、華は我が耳を疑った。


——蒼壱……? 一体どうして……!?


国王は瞳を細め、憐れむ様に蒼壱を見て頷くと、「そうであろうな」と労わるように言った。


「余とて、信頼する宰相であるオルヴァの娘は我が娘の様に思うておる。そなたの身を案じ、希望を叶えたいと思うが、どうだ?」


蒼壱は頭を下げたまま言葉を放った。


「私の望みを叶えてくださるのでしたら、陛下。私とヨハン第一王子殿下との婚約を破棄頂きたく存じます」


 その言葉を聞き、華は驚愕の表情を隠し切れなかった。国王は何度か頷いた後、ヨハンを見下ろした。


「ヒルキア第一王子、ヨハン・グレイナス・ジェローム・ヒルキアよ。ハンナ・ランセルとの婚約の撤回を、ヒルキア国王の名において決定する」


 ヨハンは頷かず、じっと国王を見つめた。

 握りしめた拳が震えている。


「しかし、ヒナ嬢との婚約は少し待とう。お前にも心の整理が必要だろうからな。そして余もまた同じだ」


 国王のその言葉は、ヨハンを王位継承者とするか、それともミゼンを王位継承者とするかを考える時間が必要だと言っているのだ。


 国王が席を立つと、王后も優雅に席を立ち、公爵もそれに続いて謁見の間から出て行った。蒼壱もすっと立ち上がると、ドレスの裾をふわりと揺らしながら華とヨハンの横を素通りし、謁見の間を後にした。


「……兄上……」


ミゼンが言葉を詰まらせて、唇を噛みしめた。ポタポタとその頬から伝う涙が床へと零れ落ちる。


「僕は国王になどなるつもりはありません! これでは、前王后陛下との約束を違えた事になってしまいます。僕よりも兄上の方がずっと優れておいでではありませんか! このヒルキアにとって、兄上を王として掲げる事こそが幸いだというのに」


 ヨハンは何も言わず、まるで心の痛みに耐えているかのように拳を握り締めたまま俯いていた。


 フォルカーがため息を吐き、ヒナは涙を幾筋もその頬に流しながら、アオイに助けを求めるべく華へと視線を向けた。


——ヒナ……。ごめんね、私。今はアオイのフリをして慰めてあげる事ができない!!


 華はパッと踵を返すと、謁見の間から逃げ出した。

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