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緊張する稽古

 王宮の稽古場で、華は剣を握り締めたままぼうっと立ち尽くしていた。


 昨夜のヨハンとの食事を思い出す。あまりにも熱い眼差しを向け、甘い言葉ばかりを吐くヨハンに、華は動揺しっぱなしでいたため、まともに料理の味を覚えていない。


——ヨハンは一体どういうつもりなのかな。ハンナと仲良くするなんて。あの様子じゃあ、まるでヨハンが私の事を好きみたいで、自分がヒロインになっちゃったんじゃないかって錯覚しちゃうくらいだったんだけど。


「アオイ。もう来ていたのか、随分と早いな」


 ヨハンがヒーローさながらのキラキラスマイルを浮かべながら稽古場へと入って来た。


——あんたのせいで眠れなかったのっ!!

と、華は唇を尖らせてムッとした顔をすると、ヨハンはすまなそうに眉を下げた。


「昨夜は急にハンナ嬢を誘ってしまい、すまなかった。疲れさせてしまっただろうか」

「疲れたっていうか、味が分かんなかった……って、言ってたっ!!」


——危ない危ない! 私、今アオイだった!

 華は慌てて言い直すと、ヨハンは小首を傾げた。さらりと金色の髪が零れ、エメラルドグリーンの瞳に太陽の光が入り、宝石の様に輝いている。


「味が? ……ふむ、特に問題無かったように思えたが、料理長に伝えておこう」

「ちがっ!! そう言う意味じゃなくてっ!!」


——ヨハンがやたらと私を見つめるから!! ……とは言えないけど。


「二人きりで食事だなんて初めての事だから、緊張くらいするでしょ!」

「そうか、私にとっては至福の時だったが……」


ヨハンは咳払いをすると、遠慮がちに華を見つめた。


「その、ハンナ嬢をまた食事に誘っても良いだろうか。できれば定期的に時間を設けて共に過ごしたい。私と過ごす事をもっと自然な時間にしたいのだ。彼女は嫌がるだろうか……」


ヨハンが頬をほんのりと紅潮させ、潤んだ瞳が子犬のように純粋無垢に華には見えた。


——そんな顔されたら、嫌って言えなくない!?


華は顔を真っ赤にしたまま暫く硬直した後に、意を決して声を発した。


「だ、大丈夫じゃないかな!? 嫌じゃないと思うけど!!」


——やば。声が上ずっちゃった! 恥ずかしいっ!


 ヨハンはホッとしたように小さくため息を吐いて、嬉しそうに瞳を細めた。


「そうか、承諾してくれるか!」

「あ……うん、たぶん……ハンナに言っておく……けど」


もごもごと続けた華の言葉が言い終わらないうちに、ヨハンは剣を握り締めると、素振りを開始した。


「剣の稽古にも一層身が入るな!」

「そ、そお? どうして?」

「大切な人を護る為に、もっと剣の腕を上げねばならぬからな!」


——大切な人!? それって、ハンナの事!? つまり、私!?

 そう考えて、華はふと我に返った。


 ……待って。私は騎士アオイ・ランセルなんだから、ヨハンはハンナになった『蒼壱』に恋したってこと………?


 華は嫌がる蒼壱につきまとうヨハンの姿を想像し、思わず「ひぃ!」と声を上げた。


——ヤバ! 乙女ゲーをBLにしちゃったかもっ!?


「殿下!」


兵士が稽古場へと駆けて来ると、ヨハンの前で跪いた。ヨハンは先ほどまでののぼせっぷりはどこへやら、キリリと表情を正して「何事だ」と、いつものヨハンへと戻っていた。


「国王陛下がお呼びです」

「……分かった。稽古着故、着替え次第向かうとしよう」

「アオイ・ランセル卿もご同行頂きたく」


華はポカンとした後頷き、「承知しました」と答えた。兵士は頭を深く垂れると、さっと稽古場を後にした。

 ヨハンはため息を吐くと、気遣うようにチラリと華へと視線を向けた。


「そなたも着替えが必要だろう。客間を用意する故、使うといい」


——いつもは武器庫でこっそり着替えてたのに。


「うん。有難う、ヨハン」


ヨハンは国王に呼ばれた理由を理解しているのか、浮かない顔をしていたが、華が見つめる視線の先を追って、そこが武器庫であることに気づいた。


——そういえば、以前アオイは稽古の後、武器庫で着替えていたな……。

 と、ヨハンは思い出して、足を滑らせた華を咄嗟に支えた時の状況が脳裏に浮かび上がった。

 何か手に柔らかい感触があったなと思い出し、フト自らの手を見つめた。


——まて……では、あの時私は、彼女の胸を……。


「!!!!!!」


 突然両手で顔を覆ってしゃがみ込んだヨハンに驚いて、華は「わ!」と声を上げると、「どうしたの? ヨハン」と、心配そうに声を掛けた。


「わ、私は、何と言う事を!!」

「……何が!?」

「どう詫びたら良いのか分からぬ!!」

「だから、何が!?」

「いや、責任は必ず取ろう!!」

「だから、一体何の事なの!?」

「予想より小さかったと思ってしまった!! それも詫びなければっ!!」

「何の話!?」


華は突然動揺しはじめたヨハンにつられるように動揺したが、どうにか宥めて着替えへと向かった。


 ヨハンが用意した客間には、騎士の制服と甲冑が既に用意されており、華は軽く汗を拭いた後に着替えを始めた。


——王様が呼ぶだなんて、そんなイベントあったっけ?

 着替えながら華はふと考えたが、そもそもゲームをプレイしていたのは蒼壱で、華はその後ろで眺めていたに過ぎない。時折スマホで友人とSNSで連絡をしあったりもしていたし、ゲームにあまり集中していなかったのだから、細かいイベントを覚えているはずも無かった。


——最近、なんとなく蒼壱は私を避けてる気がする。私がヨハンと仲良しになっちゃったから怒ってるのかな? 現実世界に帰った後の事を心配してくれてるのは分かるけれど……。


 華はため息を吐き、鏡に映る自分を見つめた。白銀の甲冑に、騎士団のマントを羽織った姿は勇ましく、とてもではないが昨夜ハンナとして、ドレスを着て着飾っていた様子など想像つかないと思った。


 ヨハンから貰った『星のピアス』が華の耳で輝く。


 ああ、そうか……と、華は思った。蒼壱が言っていた、『ヒナの魔物討伐初参戦』のイベントが開始されるのだろう。国王からの呼び出しは恐らくそのせいだ。


 華はきゅっと唇を真一文字に結ぶと、キリリと気合を入れて自分を戒めるように心の中で呟いた。


——私は、稀代の英雄アオイ・ランセルだ。聖女ヒナを護って、魔物討伐イベントをなんとしても成功させる。


 扉がノックされ、返事をするとヨハンが姿を現して、一歩だけ室内へと脚を踏み入れた。詰襟を着込み、その上には華と色違いの騎士のマントを羽織っている。


「アオイ、準備が出来たならば謁見の間へ向かおう」

「うん。行こう」


 マントをふわりと翻し、華は颯爽とヨハンの待つ扉へと歩を進めた。

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