デレ王子ヨハンちゃん
馬車の中で、ヨハンは無言のまま呆然とした様子で華を見つめていた。
——なんなの? 折角ヨハンが贈ってくれたドレスを着たのに。何も言ってくれないなんて。ひょっとして、蒼壱をイメージしてたのかな?
私、似合ってない!? いつもの不愛想顔で、ぶっきらぼうにでもいいから、社交辞令の一つも言えないくらいに似合ってないのかな……?
華は居た堪れなくなって俯いて、膝の上でぎゅっと拳を握り締めた。
「……あのさ、似合ってないならそう言ってよ」
ポツリと言った華の言葉にヨハンはハッとすると、「とんでもない!」と、上ずった声を上げた。
「すまぬ。あまりにもそなたが可憐で美しく、見惚れていた」
——は!?
ヨハンの言葉に華は驚いて顔を上げ、ヨハンを見つめた。ヨハンはエメラルドグリーンの瞳を細め、華を眩しそうに見つめ返した。
「世界中捜し歩いたとて、そなたのような女性に出会う事は叶わぬだろう。そなたのような婚約者を持つ事が出来るとは、私はなんと果報者だろうか」
——ヨハン、変な物でも食べた!?
華は口をパクパクと動かした後、やっとのことで「あ、ありがと」とだけ言うと、顔を真っ赤にして俯いた。
——なんだか、ヨハンルートでヒナへのデレ具合みたいな状況じゃない!? ゲームで見てた時は甘い台詞ばっかり吐くから鳥肌モノだったけど、直接私が言われるとなると、すっごく恥ずかしいけど、でも……。
ちょっと嬉しいかも……。
「よ、ヨハンもカッコイイよ!? その、王子様っぽくて!」
ヨハンは華の言葉にふっと笑うと、「確かに私は王子だが」と穏やかに言った。
「そ、そっか! そうだった。ほんとに王子様だもんねっ!」
「王子という存在で言えばミゼンもそうであると言えるし、フォルカーも含め他国にも同様のものは居るだろう。だが、私はそなたの唯一の婚約者だ。互いに特別な存在だと言えるな。なんと心地の良いものだろうか」
華はヨハンの歯が浮くような台詞にどうにも慣れず、頬が紅潮し、「ば、馬車の中暑いね!」と、パタパタと両手で扇ぎ始めた。ヨハンは華の手をじっと見つめ、にこやかな笑みを向けた後、咳払いをして遠慮がちに言葉を吐いた。
「……ハンナ嬢、手に触れても良いだろうか?」
「へ!? て!? い、いいけど!?」
差し出した華の手をそっと掴むと、その指にキスをし、ヨハンは愛おしそうに掌を見つめた。
——この華奢な手に、私は二度も命を救われたのだな……。
「美しい手だな。そなたは全てが美しい」
「ちょ!?」
華は叫んで思わず立ち上がり、馬車の天井に頭突きを食らわせた。
メキッ!! と、音が鳴り、馬車の天井の板が割れ、華は大慌てで座った。ヨハンが目をまん丸にして唖然としている。
「ふああっ!! 馬車壊しちゃった!!」
「そんなものは良い。そなた、怪我は無かったか?」
「そんなものって、王宮の馬車ってめちゃくちゃ高いんじゃ!?」
「そなたの身体の方が大事だろう。大丈夫か?」
「け、怪我なんか無いけど!!」
全く痛くもかゆくもない様子の華に安心し、ヨハンは僅かにため息を吐いた。
「そうか。相変わらず石頭なのだな」
「私、石頭だっけ……?」
「ほら、折角の髪飾りがはずれてしまったぞ? 私が直そう」
ヨハンはくすくすと笑うと、手を伸ばし、華の髪飾りを直した。
「このような物が無くとも、そなたは美しいが」
——絶対変なもの食べた……。
華は引き攣った笑みを浮かべた。
「どうしちゃったの? なんか、いつものヨハンじゃないんだけど」
華の指摘にヨハンはカッと顔を赤らめると、恥ずかしそうに瞳を逸らせた。
「……少し緊張している。女性と二人きりでこうして馬車に乗るのは初めてなのでな。可笑しいか?」
——いや、おかしくないけどやっぱりおかしいっ!!
「しかもそのように女神の如く美しいそなたが、私が贈ったドレスを纏ってくれているのだ。体中の血液が沸騰しそうな程に高揚している」
——大分おかしい!!
馬車が停まり、ドアがノックされた。ヨハンが鍵を開けると、先に下りて、華へと手を差し伸べた。その手を取って降りようとすると、ヒールが馬車に引っ掛かり、華は馬車から落ちた。
「うひゃあっ!!」
——慣れないヒールなんて履くからっ!! 私、カッコ悪っ!!
ヨハンが颯爽と華を抱き留めて、「気を付けなければ、怪我などされては悲しいぞ」と、言った。
控えていた従者達もそのヨハンの態度を唖然として見つめ、華は「ありがとう、ヨハン……」と小さくお礼を言ってヨハンから離れようとした。
「また転んではならぬ。このまま私が運ぼう」
「は!?」
ヨハンは軽々と華を抱き上げると、そのまま王宮の中へと入って行った。華は恥ずかしくて居た堪れなくなり、「ヨハン、降ろして!」と、言ったが、「ならぬ」と、きっぱりと断られた。
「恥ずかしいし、歩けるし!!」
「いや、そなたの美しい姿を使用人達の目に晒したくない」
「何言って……!」
「あまり暴れると強く抱き寄せねばならぬが、良いのか?」
「!!!!!」
耳から煙を吹きながら押し黙った華を愛しそうに見つめるヨハンに、華は申し訳なくなってポツリと言葉を吐いた。
「ご、ごめんね。重くて……」
——こんなことなら、お昼ごはん抜けば良かったっ!!
「まさか、そなたを抱いたまま戦場に出ても問題無いくらいだ」
「それはダメに決まってるじゃないっ!」
ヨハンは楽しそうに声を上げて笑うと、「例えばの話だ」と言って、優しい眼差しを華へと向けた。
「女性をエスコートするのは男である私の役目だ。嫌か?」
「嫌じゃないけど……」
「けど?」
華はヨハンをじっと見つめ、困った様に微笑んだ。
「なんか……恥ずかしいけど嬉しい」
——ヨハンが、私を女の子扱いしてくれるなんて……。
「そうか。それならば毎日でもこうして居たいくらいだ」
「そ、それはダメっ!!」
「だが、嬉しいのだろう? 慣れれば恥ずかしさも消えよう」
「う……? うん……」
——なんか、私顔が熱くなりすぎてオーバーヒートしそうなんだけど!?
華は両手で顔を隠したい衝動に駆られたが、『あれ? そういえば、昨日のヒナ救出イベントでヨハンが大けがしたって蒼壱が言ってたよね!?』と、思い出し、慌ててヨハンの胸を両手でまさぐった。
ヨハンは突然華が自分の身体に触れ出したので、何事だろうかと瞳を白黒させた。
「ど、どうしたのだ?」
「蒼壱から、ヨハンが大怪我をしたって聞いて! 大丈夫なの!?」
そう言って、華はよく確かめようとヨハンの頭に触れ、両頬を撫でた。華を抱き上げているヨハンは拒む事もできずにされるがままになり、顔を真っ赤にして硬直した。
「そ、そのように触れてはならぬ!」
「痛かった!? ごめん!!」
「いや、そうではなくて……」
「あ、私に触られたら嫌だよね? ごめん!」
「そうではない! ただ、その、面映ゆいだけだ……女性がそうしてむやみに男の身体に触れるものではない」
恥ずかしそうに瞳を細めて顔を背けたヨハンを見て、華はハッとして両手を離した。
「わ!! ごめん!!」
「あ、あまり暴れては……」
バランスを崩して落ちそうになった華を、ヨハンは慌てて支え、華は慌ててヨハンの首に腕を回した。
——どうしよう、勢い余ってヨハンに抱き付いちゃったんだけど、今更放して顔なんかマトモに見れないし!
華はヨハンに抱き着いたまま身動きが取れなくなり、ヨハンはその様子にふっと笑った。
「そのままでいてくれると助かる。これでそなたを運びやすくなった」
「け、怪我はほんとに大丈夫なんだよね!?」
「案ずることはない、怪我ならばヒナの治癒魔法で完治している。そうでなければ、そなたとこうして共に過ごす事もままならぬからな」
——じゃあ、ヨハンの様子がおかしいのはどうしてなの!?
華は混乱しながらも、それを口にするには流石に憚られて、押し黙って素直にヨハンに運ばれることにした。
二人の様子を宮殿の使用人達が唖然としながら見守る。
「ヨハン第一王子殿下とハンナ嬢は熱愛中だ!」と、瞬く間に王宮中に噂が広まった。




