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食事会の準備

「可愛い!!」


邸宅に帰った華の部屋で、ディードが広げて用意していたドレスを見て、華は声を上げた。


「お嬢様、ヨハン第一王子殿下からでございます。見事なドレスですね! お嬢様にきっとよくお似合いかと」


 以前、ヨハンが贈ったドレスは藍色を基調とした、蒼壱の長身に似合いそうなドレスだったが、今回のドレスはそれとは大分異なったデザインだった。

 ほんのりと赤みを帯びた薄灰色のシルク生地に、背中が大きく開いたデザインで、首元でレースを結び、リボンの形となる様に仕立てられている。長いスカートの横にはスリットが入り、華のスラリとした脚が良く映えることだろう。露出を控えめにする為に、オーガンジーの生地が隠す様に重ねられていた。


「可愛いけど、蒼壱は着れないかも……」


——流石に筋肉質な背中に男らしい脚を見せる訳にはいかないよね……?


「俺、用事があるからヨハンと呑気に食事なんかできないよ。華が行ってよね」


 蒼壱は興味無さそうに、ソファに座ったままサラリとそう言った。ディードはそれを聞き、「では、お嬢様のお召し変えの準備を致しますね!」と、嬉しそうに瞳を輝かせて、颯爽と部屋から出て行った。

 華を着飾らせる事が久々である為、ディードは気合を入れたくなったのだろう。いつもはそっと閉じる扉を少し勢いがついてしまい、バタン! と、音が鳴り、華と蒼壱はビクリとした。


「用事って? ヒナとデート?」


ニヤニヤと笑みを浮かべながら言った華を見ずに蒼壱がサラリと答えた。


「そんなわけないだろう?」

「どうして? ヒナは蒼壱の事好きだって言ってたよ~!」

「……あっそう。別に華には関係ないじゃないか」


冷たくあしらわれて、華はムッとして唇を尖らせた。


「……そうだけど」

「それより、あまりヨハンと仲良くしない方がいいと思うけど」

「どうして?」

「華だって、あいつの事嫌ってたじゃないか。今更どうして仲良くするの?」

「仲良くっていうか、王宮のご飯楽しみじゃない!? 公爵邸のご飯も美味しいけどさ」

「食い意地は結構だけど、ヨハンがハンナを誘うなんておかしいとか思わないの? そんなの、ストーリーには無かったじゃないか」


蒼壱の言葉の返答に困り、華は「う……」と、声を洩らした。蒼壱はディードの入れたお茶を飲み、ため息を吐いた。


「華、あまりこの世界に踏み込み過ぎない様に気を付けなくちゃだめだよ。現実世界に帰った後の事を少しは考えなくちゃ」

「分かってるけど……」


——全然わかってないじゃないか。

 蒼壱は再びため息を吐くと、苛立った様に華から視線を外した。


「中ボス戦も終わって、ゲームは後半へと差し掛かってる。次のイベントの対策も練っておかないと。華、そういう事考えてないだろう? 遊びに来てる訳じゃないんだからさ」


——蒼壱、怒ってる……? 蒼壱が怒る時って、いつも私を心配してる時だ。

 華はそう考えて、蒼壱の前のソファへと腰かけた。


「ごめん。ちゃんと考えて無かった。いつも蒼壱にばかり考えさせてごめんね」


 真っ直ぐ見つめる華の視線に耐えきれず、蒼壱は俯いてティーカップを見つめた。中に注がれたお茶に、華の沈んだ顔が映っている。


「……次のイベントは、ヒナの聖女としての魔物討伐初参戦だよ。そこで功績を上げたヒナは、祝賀祭で他の貴族達からも聖女としての承認を受ける」

「ヒナの初出征か。確か、魔王が初登場するんじゃなかったっけ?」


華の言葉を聞いて、蒼壱はドキリとした。蒼壱の気持ちも知らず、華が更に続ける。


「白い仮面なんか被っちゃってさ、中ボスより雑魚なのに、かっこつけてるよね」

「かっこつけて被ってるわけじゃないと思うけど……」


蒼壱はコホン、と咳払いをすると、ピアスを外して華へと差し出した。

 ヨハンから華が貰った『星のピアス』だ。


「華がこれを持っていて。俺はこの先、魔物討伐イベントに出られない可能性が高いから」


『星のピアス』は、魔物討伐イベントが必ず成功するようになるアイテムだ。


華は差し出されたピアスを見つめ、この間のヒナ救出イベントが、蒼壱にとってしんどかったのだろうと考えた。いくら喘息の発作が起きなくなったとはいえ、苦しかった記憶が消えるわけではない。


「分かった! 魔物討伐は私に任せてっ!」


華が胸をドンと叩いてピアスを受け取る様子を見つめた後、蒼壱はすっと立ち上がった。


「それじゃあ、俺は少し出かけてくるから、華もヨハンとの食事会の準備をして。でも慣れ合うのもほどほどにね。あいつが冷酷王子だってこと、忘れないで」

「蒼壱って、ヨハンの事嫌いなの?」


不思議そうに問いかけた華に、蒼壱は苛立ちを露わに眉間に皺を寄せた。


「ああ、大嫌いだね! 華、もう一度言うけれど、俺達の目的は『現実世界に帰る事』だよ。その為には、アオイルートである必要なんかない。ヨハンルートになったって構わないんだからね。一番避けなきゃいけないのは()()()()()だ」

「今更ヒナが蒼壱からヨハンに乗り換えるとは思えないけど。蒼壱、ヒナと何かあったの?」


 ヒナはハンナの毒殺事件以来、王宮に身を置く事になり、ランセル家の邸宅からは彼女の身の回りの品が全て運び出されてしまった。更には中ボス戦での誘拐以降、厳重に監視されることになり、随分と息の詰まる思いをしているに違いない。


「逢いに行ってあげたら? ハンナが王妃教育を休んでるし、一人できっと寂しいと思うもの」

「……ヨハンの奴が慰めてくれるんじゃない?」

「え……? 蒼壱、何言って……」

「そうだ、ヨハンに俺の代わりに謝っておいて欲しいんだけど……」


 蒼壱は気まずそうに言うと、プイと顔を背けた。言葉を遮られた華は眉を寄せて「謝るって何を?」と不安げに言った。


「ヒナの救出イベントの時、俺の代わりにヨハンは大怪我を負ったんだ。ヒナの神聖魔法で完治しているけれど、俺の油断が招いたことだから」

「大怪我!? ヨハンが!?」


華は素っ頓狂な声を上げた。どうりで今日の剣の稽古中、ヨハンの様子がおかしかったわけだ。恐らく怪我が完治しておらず、痛みを必死に押し殺していたに違いない。


「どうしてそんな大事な事黙ってたの!?」

「ごめん、華が剣の稽古に行く前に伝えておけば良かったんだけど、ちょっと気が回らなくて」


——あいつの事は大嫌いだけれど、だからといって放っておいていい話でもない。

 蒼壱は華とヨハンの二人に申し訳なく思いながら、「悪いけど、頼んだよ」と華に託した。


扉がノックされ、ディードが他の侍女達を引き連れて部屋へと入って来た。


「さあさあ、ハンナお嬢様! 殿下が驚く程に美しく着飾りましょう!」

「お……お手柔らかに……」


 苦笑いを浮かべた華を見て、蒼壱は僅かに微笑んで、その場を後にした。





「ヨハン第一王子殿下。いくら婚約者といえど、急なお誘いは感心しませぬな。紳士たる者、事前に約束を取り付けるのが礼儀でございましょう」


 華を迎えに来たヨハンは、客間で公爵からたっぷりと説教を受け「すまぬ……」と、苦笑いを浮かべた。


「ランセル公爵の言う事は尤もだ。強引が過ぎた事も理解している。ただ、今夜だけは許してはくれまいか?」

「当家に足を運ぶ事も毛嫌いしておいでの殿下が、一体どういった風の吹き回しなのか理解できませぬな。娘を嫌っておいでだったのでは?」

「ハンナ嬢は私の婚約者だ。決して嫌ってなどいない!」

「なんにせよ王宮で毒殺されかけたばかりですぞ? 娘の安全が保障できますか? 申し訳ないが、私には殿下が娘を大事に思っているようには見えません」


公爵とヨハンが言い合っていると客間の扉がノックされ、華が静々と部屋へと入って来た。


 女性としては背の高い華が、サラリとした光沢のあるシルク地のドレスに身を包むと、洗練された美しさが際立つ。ほっそりとした腰に、スラリとした脚がスリットから見え隠れし、薔薇色の口紅が大人びた色気を醸し出しているものの、僅かに恥じらう表情を浮かべた様子が愛くるしい。


 ヨハンと公爵は呆然として華に見惚れた。


「あの……ヨハン、ドレス有難う。着てみたんだけれど……どうかな?」

「美しいではないか! 我が娘は女神だったのか!?」


ヨハンが言葉を発するよりも早く、公爵が叫ぶ様に声を上げ、鼻水をすすりあげた。


「このような美しい娘相手に殿下が平常心を保てるはずがない! ハンナよ、今日は出かけずに家に居なさい! 私と食事をしよう!」


「え!?」


華とヨハンが同時に声を上げ、戸惑う様に見つめ合った。


——ちょっとぉ!? 公爵、いくらなんでも過保護過ぎない!?

——何が何でも美しく着飾ったハンナ嬢と共に過ごしたい!!


「お父様、私、食事に行きたいっ! 王宮のご飯食べてみたいし! ね、お願いっ」


 瞳を潤ませて公爵に抗議すると、公爵は娘の可愛さにだらりと頬を緩ませてあっさりと「行ってきなさい」と頷いた。

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