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挙動不審な冷酷王子

 華は不貞腐れながら王宮の稽古場で剣を振るっていた。

 昨夜遅くに帰って来た蒼壱の様子が、嫌にそっけなかったのだ。


「蒼壱、お帰り! どうだった? 魔王が誕生したって中ボス言ってた?」


蒼壱は俯いたまま、華の問いかけには答えずに何やらブツブツと呟いていた。


「キャラクター補正がここでも発揮するだなんて。角も翼もアオイ・ランセルとしてなら消えるのか。便利だな……どおりで入れ替わりも難なく出来たわけだよ」

「蒼壱? どうしたの?」


華が蒼壱に触れようとすると、蒼壱はジロリと鋭い視線で睨みつけた。華は蒼壱のそんな顔を見るのは初めてだったので、ドキリとして手を止めた。


「何かあったの? ひょっとして、怪我でもした!?」

「……別になんでもない」


ふいと顔を背けると、蒼壱はそのまま自室へと行ってしまった。


——蒼壱があんな態度を取るだなんて。何かあったはずなのに、今朝も殆ど口を利いてくれないし、一体何なの?


 むぅっと頬を膨らませて剣をぶんぶんと振っていると、ヨハンが稽古場へと入って来た。華の姿を見てエメラルドグリーンの瞳を見開き、驚いた様な顔をして足を止めた。


「ヨハン! あ、えーと……昨日はお疲れ様」

「う……うむ……そ、そなた、身体は大丈夫なのか?」

「身体? どうして? 全然平気だけど……え!? 怪我でもしたっけ!?」


——蒼壱、まさか怪我をしてたからあんなに無口だったの!? 大変、すぐ確認しなきゃ!!

 青ざめた華を見て、ヨハンは慌てた様にコホンと咳払いをし、言い直した。


「いや、その……そなたの、あ、姉だ。倒れた後、具合はどうだ?」

「ああ、ハンナならえーと……」


——あんたの目の前でピンピンしてるけどとは言えないし……。


「全然元気だから、心配要らないよ。頑丈だけが取り柄だもの! あ、王妃教育は暫く休むようにって公爵……お父様から言われてて、今日は王宮に来てないけど」

「そ、そうか……」


 ヨハンは少し狼狽えた様に視線を右や左へと動かして、華へと視線を向けようとはせずそわそわとしていた。ヨハンの挙動不審な様子に、華は不思議そうに小首を傾げ、持っていた剣をサクリと地面に突き刺し、その上に腕を置いた。


「そのような危険な物を持ってはならぬ! 怪我をするぞ!?」

「……は!?」

「ほら、服が汚れているではないか。それにそのような薄着で風邪でも引いたらどうする気だ!?」


 ヨハンは華に自らのコートを掛けてやり、「これで良し」と、溜息を吐いた。

 華はぽかんとしてヨハンを見つめた後、さっと手を伸ばしてヨハンの額に触れた。


「熱は無いよね? 変な物でも食べた?」

「男の顔に気軽に触れてはならぬ!!」


ヨハンは顔を真っ赤にして華の手を掴み、その驚く程に細い手首の感触を味わってフリーズした。

 微動だにしなくなったヨハンに手を掴まれたまま、華は眉を寄せた。


——蒼壱といい、ヨハンといい、一体どうしちゃったの?


「……ヨハン、私の手をどうしたいの?」

「はっ!! す、すまぬっ!!」


慌てて華の手を離すと、ヨハンはオロオロしながら辺りを見回し、水袋を見つけて手に取った。


「な、なにやら今日は暑いな! 喉が渇く」


そう言って、ごくごくと水を飲み始めた。


「……ヨハン、それ、私の……」


——間接キス……。


ブ————ッッッ!!! と、ヨハンは水を盛大に噴き出すと、「すまぬ!!」と裏返った声を発して顔を真っ赤にした。


——一体何がどうしたの? いつも冷静沈着なヨハンが、今日はうっかりそそっかしいお茶目キャラになってるんだけど……。


「お前ら、俺も稽古に混ぜてくれ」


 フォルカーが腕を回しながら稽古場へと入って来ると、「ハリュンゼン第一王子は粗暴ですね」と言って、ミゼンもその後ろに続いて歩いて来た。

 華は嬉しそうに「ミゼン!」と、声を上げると、パッと駆けてミゼンの側へと行った。


「良かった。帰って来たんだね!」

「勿論、約束しましたから。スコーンも準備してあります。後で僕の所へ寄ってください」

「やったぁ!」


 華を撫でようと手を伸ばしたミゼンの手を払いのけ、フォルカーが華とミゼンの間へと割り込んで来ると、小声でひそひそと話した。


「公爵からはあの後叱られなかったか?」

「全然平気だった。どうしてかわかんないけど、機嫌良さそうだったし」

「公爵は俺には甘いんだ」

「どうして?」

「さあて……」


——華をハリュンゼンの次期女王として迎え入れると、公爵と密約を交わしただなんてここで言えるかっ。

 つっと都合が悪そうに目を逸らしたフォルカーに、華はお構いなしに笑顔を振りまいた。


「でも、助かった。ありがとね、フォルカー」


フォルカーは嬉しそうな華の様子をすまなそうに見つめた後、頬に砂埃がついているのに気づき、ハンカチで拭いてやろうと手を伸ばした。


「頬っぺたが汚れて……」

「触るな!!」


フォルカーが伸ばした手をヨハンが素早く払いのけ、憤然としてエメラルドグリーンの瞳でフォルカーを睨みつけた。


——このフォルカーの態度や様子……なんということだ! フォルカーまでもが、このアオイがハンナ嬢であると気づいている様だ。なんと腹立たしい。私だけ気づかぬままでいたとは間抜けもいいところだ!


「……なんだよ?」


フォルカーが不思議そうに眉を片方吊り上げると、ヨハンはハッとしたように瞳を見開き、慌てて自分のハンカチを手に取った。


「汚れなら私が拭く! フォルカー、そなたは勝手に触れるな!」

「は? 勝手にって……なんだ?」


 ヨハンは華の頬を拭こうとして、その柔らかそうな頬をじっと見つめ、触れていいものかどうか悩み、そのままフリーズした。


——なんなの……?

 華は小首を傾げ、暫く動かないヨハンを見つめた後、ヨハンの手からハンカチを奪い取って自分の顔を拭いた。


「取れた?」

「わ、私が拭いてやると言ったというのにっ!」

「拭いてくれなかったじゃない」

「いや、その、そなたに不用意に触れるのは悪いと……」

「言ってる意味わかんないんだけど。私に触りたくないって言ってるの?」


ムッとして頬を膨らませた華に、ヨハンは慌てて首を左右に振った。


「そ、そうではない! 触れたい!」


——……は!?


上ずった声でそう言った後、ヨハンはだらだらと汗を額から垂らした。


「いや、その……! だから、私は……!!」

「ぷ……く、くくく……!」


ミゼンが失笑し、華とフォルカーは二人揃って小首を傾げた。


「ハリュンゼン第一王子殿、僕達はお二人の稽古の邪魔な様です」


ミゼンが笑いながらフォルカーへと声を掛けると、フォルカーは不思議そうに眉を寄せた。


「へ? 俺も一緒に稽古を……」

「野暮な事は言わず行きましょう。何なら、孤児院への出資額について話し合いませんか? 僕の計算より公爵家が提案した金額が大幅に高額な様ですから、必要でしたらお教えしますよ」

「やっぱりふっかけて来やがったか。そうくるだろうと思ったぜ」


ミゼンは「では、僕の執務室へ向かいましょう」と言ってフォルカーを促し、華に向かってパチリと片目を閉じて見せた。


——えっと、ミゼン? 何の合図かさっぱりわかんないんだけど。


 二人が去って行く姿を不思議そうに華は見送ると、顔を真っ赤にしたまま恥ずかしそうに俯いているヨハンの顔を覗き込んだ。


「ヨハン、なんだか今日変だよ? 稽古は休んだ方がいいんじゃない?」


華に覗き込まれてヨハンは大慌てで顔を上げると、ぶんぶんと首を左右に振った。


「いや、問題ない!」


 ヨハンの額から汗が伝い、顎先から零れ落ちる。緊張しているのか、心なしか手が震えているようにも見受けられた。

——この人、稽古始める前から汗だくなんだけど、絶対問題なくない……。


「ヨハン、少し座った方が……」

「その……! ハンナ嬢は、また茶会など催したりはせぬのだろうか!?」


 上ずった声でヨハンがそう言い、華は小首を傾げた。


「突然何の話? お茶会なんて、めんどくさいからしないんじゃない?」

「めんど……!?」


瞳を見開いて驚愕の表情を浮かべた後、ヨハンは咳払いをして声の調子を整えた。


「そ、そうか。では、私が王宮へ招いたのならば応じてくれるだろうか」


 ヨハンの申し出に、華はポカンとしてヨハンを見つめた。顔を赤らめ、そわそわと落ち着きのない様子で俯いている。先ほどから明らかに、いつものヨハンとは違う冷静さの欠片も無い態度に、華は眉を寄せた。


「ヨハン、また毒でも盛られたんじゃ……? それとも誰かに、ハンナを誘う様に脅されてるの?」

「いや、そうではない! 私も人並みに婚約者と食事をしたいと思っただけだ。ずっとゆっくりと会話もできずに居たからな! ……おかしいだろうか?」


——別におかしくはないけど、でもちょっとおかしいかな。冷血王子のヨハンらしくないというか……。でも、そんなことを言ったら傷つくかな?


「分かった。ハンナに聞いてみる」


——ヨハンとの食事会か、蒼壱、嫌がりそう……。

 華がそう考えて苦笑いを浮かべると、ヨハンはハッとした様に言葉を続けた。


「その、急で申し訳ないのだが、今夜は都合がつかぬだろうか。また、ハンナ嬢にドレスを贈りたいと思って大急ぎで仕立てさせた。今頃邸宅に届いていることだろう。今度は必ず着て来て欲しいのだ。私が贈ったドレスを……」


ヨハンは『男のアオイには着られないデザインの物を仕立てさせた』と考えて、我ながら女々しいと項垂れた。


「どうしちゃったの? ハンナの事嫌いだったんじゃないんだっけ?」

「いや、そのようなことは断じてない!! 私とハンナ嬢は婚約者同士だ。贈り物を贈るのも、共に食事をとるのもおかしなことではないだろう?」


華は深く考えずに頷くと、ニコリと微笑んだ。


「そうだよね、婚約者同士なんだもん、ご飯くらい一緒に食べたりするよね。いいんじゃない?」


ヨハンは華の笑顔に見惚れてじっと見つめたまま動かなくなり、華は小首を傾げた。


——今日のヨハン、絶対変……。

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