中ボス戦
——なんなんだよ、ヨハンの奴。こんな時に立ち止まるだなんて、どうかしてる!
蒼壱は苛立ちながら馬を走らせていた。先導する騎士達が、ヒナが攫われた南西の廃城へと誘導してくれる為、道に迷うような心配は無い。
ゲームのストーリー上、ヒロインであるヒナの身に何かあるわけではないというのは分かっているものの、それでも蒼壱はヒナの身が心配でならなかった。
——真っ暗な廃城なんかに魔物に連れ出されて、どんなにか恐ろしくて心細い思いをしてることか。
蒼壱の耳に光る『星のピアス』と、首から下げられた『乙女の祈り』。この二つのアイテムがあれば、魔物討伐イベントは必勝し、喘息の発作も起きる事はない。
『アオイ。ヒナ嬢を、ヨハン第一王子殿下へ譲りなさい』
公爵の言った言葉が蒼壱の脳裏に響いた。
唇を噛みしめながら、蒼壱は手綱を握る手にも力が入った。
——公爵はヨハンに、毒殺事件の件を盾にハンナとの婚約破棄を申し入れるつもりだろう。ヨハンがいくら受け入れるつもりが無くても、公爵を信頼する国王は承諾するはずだ。そうなれば、聖女であるヒナが自ずとヨハンの婚約者にならざるを得ない。
蒼壱は首を左右に振った。
考えろ。俺。ヒナはこの世界のキャラクターに過ぎない。それに、彼女は俺じゃなく、騎士アオイになった華に恋してるんだ。
いいや、そんな事はどうだっていい!!
俺と華は現実世界に帰るんだ。それにはどうすべきかを考えなきゃ。当初は騎士アオイルートで行く事を想定にしていたけれど、それはあくまでも最も難易度が低いルートだからだ。
中ボス戦も開始される以上、無理にアオイルートに変更を掛ける必要性なんか無い。
……ヨハンルートのまま、ヒナとヨハンが結ばれたって別に構わないはずだ。それこそが、俺と華が現実世界に帰る為の最善ルートじゃないか。
「ランセル卿!!」
先導する騎士達が指差した先に、月明かりに照らし出された不気味な廃城が聳え立っていた。黒く影を落とし朽ちた様子は禍々しくも見え、いかにも魔物が根城としていそうな雰囲気だ。
蒼壱は適格に指示を出し、騎士達を整列させた。中ボス戦の前に沢山の魔物達を騎士と協力し合って倒す必要がある。
「アオイ!」
後方からヨハンが追い付いて来ると、「遅れてすまぬ」と言いながら廃城を見上げた。フォルカーの姿が無い事に気づき、蒼壱は首を傾げた。
「ヨハン、フォルカーはどこに?」
「別件の頼んだ」
「は!?」
——おいおい、ヒロイン救出イベントに、攻略対象がミゼンも含め二人も欠場でいいのか!?
「皆気を引き締めよ! 廃城内は恐らく魔物の巣窟と化している。遅れを取るな!」
ヨハンの檄に蒼壱は『お前もな』と心の中で突っ込みを入れながら、騎士達と共に廃城へと向かった。
朽ちかけた門を越えた途端、魔物達がわっと群れを成して現れた。騎士達が応戦し、ヨハンと蒼壱は頷き合うと、馬で駆け抜けて魔物達の群れを突破し、城内へと踏み込んだ。
襲い掛かる魔物を剣で薙ぎ払い、ヨハンと息が合う事に嫌悪感を抱きつつ、廃城のロビーを抜け、崩れかけた壁を飛び越え、石造りの階段を馬を操り駆けあがった。
壊れた大きな扉の前で馬が嘶き、蹄を引きずり立ち止まった。室内から漏れ出す禍々しい空気に怯えているようだった。
蒼壱とヨハンは馬から降りると、剣を握る手に力を込めて、じっと扉を見据えた。
「アオイ、慎重に行こう。恐らくヒナが中に捕らえられている。彼女に危害を及ばせるわけにはゆかぬ」
「分かってる。あんたもミスるなよ?」
「……なかなか言うな。気を抜かぬようにな」
慎重に歩を進め、扉へと近づいて行く。
「アオイ……様!」
室内からヒナの声が聞こえた。蒼壱は居てもたっても居られなくなり、「ヒナ!!」と叫んで壊れかけた扉の中へと踏み込んだ。
凄まじい衝撃を受けて、蒼壱の身体が弾き飛ばされた。何とか剣で身を護り、壁に打ち付けられる寸前で堪えたものの、蒼壱の肩がざっくりと切れ、激痛が走った。
「ほぅ……耐えたか」
透明感のある低い声を発し、禍々しく伸びた爪を持つ手を振るったのは、真っ赤に光る両目を持つ魔物だった。
いや、魔物と言うには美しいと思えるような容姿だ。
灰色の艶やかな髪に、頭部には巨大な角を生やし、整った顔立ちをした男性の姿をしている。背には漆黒の翼が生え、服装は品のあるローブを纏っていた。
——この容姿には見覚えがある。間違いなく、めちゃくちゃ強い中ボスだ。
蒼壱は眉を寄せ、肩の痛みに耐えながらじっと睨みつけた。
——なるほど。必勝アイテムを持ってるとはいえ、無傷である保証はない。『乙女の祈り』の効果で少しずつ治癒されていっているけれど、めちゃくちゃ痛い……。
「アオイ! 気を抜くなと言ったというのに!」
ヨハンが駆け付けると、蒼壱の側へと立ち、剣を構えた。魔物は唇の端を持ち上げて、ニヤリと笑った。
ヒナへと視線を走らせる。彼女は両手を鎖で拘束され、部屋の隅で怯え切った様子で両頬を涙で濡らしていた。衣服がところどころ破れ、身体にも痣や擦り傷がいくつも出来ている。
その様子を見て、蒼壱は肩の痛みを忘れる程に、胸が締め付けられそうな強い痛みを味わった。
——あの野郎、ヒナになんてことを!!
ゲームのキャラクターだからって、割り切れることじゃない。俺は、ヒナの事を大事に思っているから、騎士アオイルートにしたかったんだ……。
最悪じゃないか。華の事を何も言えない。
ヒナが好きだから、ヨハンルートにしたくない。例え、ヒナが俺じゃなく、騎士アオイに扮した華の事が好きなんだとしても……。
「これはこれは。神聖力を持つヒルキアの第一王子直々に訪れるとは、光栄の至りだ」
魔物の言葉を聞きながら、蒼壱は——ゲームのストーリー通りの台詞だ——と、苦笑いを浮かべた。
「我が名は『アスモデウス』。お見知りおきを」
「……別に名乗ってくれだなんて頼んでないけど」
蒼壱がため息交じりに言うと、スラリと剣を構えた。
「ヒナを返してもらうからな、雑魚野郎!!」
怒鳴りつけるように蒼壱が言葉を放った。ヒナの状態を見た怒りと、肩に受けた痛みとで、蒼壱のアドレナリンが上昇している。
ヨハンは蒼壱の様子を見て、サッと血の気が引いた。
——まずい、アオイがキレている。
「アオイ、落ち着け。そなたが冷静さを失ってはならぬ!」
ヨハンの注意にアオイは逆上した様に更に声を張り上げた。
「関係ないね! こっちは必勝アイテムを持ってるんだ。俺がどんなにか大怪我しようとあんな奴には絶対負けやしないっ!」
「アオイ!!」
「ヒナをそんな目に遭わせやがって! 絶対赦さないからな!!」
蒼壱は床を蹴ると、素早くアスモデウス目掛けて突進し、剣を振るった。だが、アスモデウスにはその攻撃が届かず、まるで空間がねじ曲がっているかのように弾かれ、奴はパッと手を翳した。蒼壱の頭に衝撃が走り、だらだらと鮮血が零れ落ちた。
「ったいな、この野郎!! 上等じゃないかっ!!」
蒼壱は怒鳴りつけると、額を擦り、更にアスモデウス目掛けて剣を振るった。アスモデウスはその攻撃をも透明な何かで弾き、手を振り上げて衝撃波を飛ばした。蒼壱はそれをまともに受けて弾き飛ばされ、壁へと身体が叩きつけられた。
「アオイ!!」
ヨハンが叫んだ。
「冷静になれ!!」
——煩いな。分かってるよ。
蒼壱はぎゅっと歯を食いしばった。
——いくら俺が必勝アイテムを持っていようと、ヨハンの神聖魔法が無ければアスモデウスの防御壁を破壊することはできない。なんて無力なんだ!!
それなのに、華は……ヒナと同じ、女の子なのに、魔物相手に怯む事なく立ち向かって行っていた。本来なら、身体を傷つける必要なんか無かったのに、俺が不甲斐ないばっかりに、いつだって矢面に立って危険な目にばかり遭わせてしまった……!
「……ヨハン」
蒼壱は立ち上がると、剣を構えながら静かに言った。
「あいつは油断して俺をただのバカだと思ってる。だから、俺が注意を逸らしているうちに、神聖魔法であいつの防御壁を破って」
そう言い残すと、蒼壱はアスモデウス目掛け、再び突進した。
——最初からそれを狙って、演じていたというのか……!! 姉弟共に王家の盾は、とんでもない逸材揃いだ……。
ヨハンはゴクリと息を呑み、突進していく蒼壱の影で詠唱をした。
アスモデウスが手を翳し、蒼壱を再び弾き飛ばそうとした。それを蒼壱は躓いたフリをして身を屈めて躱すと、アスモデウスは更にもう片方の手を使い斬撃を飛ばした。
——完全に俺を見くびってるな。全く、何回対戦したと思ってるんだ。最初のうちは苦労したけど、誰かが囮にさえなれば難なく攻略できるんだってわかりさえすれば、お前なんか大したことはない。
勿論、アイテムが無ければ俺はこんな風に動けないわけだけれど……。
蒼壱がアスモデウスの斬撃を紙一重で躱すと、蒼壱の背後からヨハンが神聖魔法を放った。
アスモデウスを包んでいた透明の壁が、パッと光を散らせながら砕ける様子を確認すると、蒼壱は素早くステップを踏んで、先ほどまでの速度とは桁違いの速さで剣を構え、アスモデウス目掛けて突進した。
蒼壱の両手に剣で肉を引き裂く感触が生々しく伝わる。
アスモデウスは断末魔の叫びを上げたが、蒼壱は突進する足を止めずに駆け、アスモデウスの身体を貫いた剣を廃城の壁へと打ち付けた。
「攻略方法が分かってさえいれば、なんてことないな」
ふぅ、とため息を吐いて、蒼壱は剣から両手を離した。
両手を拘束されたままグスグスと泣いているヒナを見つめ、蒼壱は眉を寄せた。
「ヒナ、大丈……」
赤く光る両目を鋭く蒼壱に向け、アスモデウスは壁に磔にされたまま手を振りかざした。
「アオイ!!」
ヨハンが叫び、蒼壱を体当たりで突き飛ばすと、アスモデウスが繰り出した斬撃をその身に受けた。
「ヨハン!!」
ヨハンの身は凄まじい力で弾き飛ばされて、天井へと打ち付けられ、床へと倒れた。真っ赤な鮮血が廃城の崩れかけた石造りの床へと広がる。
「この……!!」
蒼壱は予備の剣を鞘から引き抜くと、アスモデウスの腕を切り落とした。




