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ヨハンの奇行

 馬を走らせ王宮へと到着した蒼壱を待っていたのは、直ぐにでも出発ができるという状態に装備を整えたヨハンだった。

 見事な模様が彫られた白銀の甲冑を着込み、その上にヒルキアの紋章が描かれた赤銅色のマントを羽織っていた。馬にもヒルキアの紋章が描かれたキャパリソンがつけられ、ヨハンと揃いの白銀の甲冑で固められていた。


 ヨハンの背後には沢山の騎士達が控えており、旗騎士が蒼壱の到着に気づき、待ち望んでいた英雄を出迎えるかの様に持っていた旗を各々掲げて迎え入れた。


「殿下。どうしてヒナが攫われたんです?」


 蒼壱が訪ねると、ヨハンは頷いた。


「フォルカーが合流したら経緯を話しながら向かうとしよう」


 蒼壱はゲームのストーリーを思い出したものの、どうにもそれとは辻褄が合わないと考えて妙に思った。

 ストーリー上では、ヒナは魔物討伐の作戦中に攫われるはずだからだ。


 しかし、彼女は今日、王宮に居たはずなのだ。毒を飲んだ華を癒す為に神聖力を使い過ぎたヒナは、移動を控えて王宮で休む事にしたのだから。それはつまり、王宮内に魔物が入り込んだということになる。

 一体ヨハンはヒナを放置して何をしていたのかと咎めたい気持ちを押え、蒼壱はフォルカーの到着を待った。


 こうして騎士達を集結させたのだから、どこかに攻め入る気であるのは明らかだ。ということは、ヒナの居場所は掴んでいるということなのだろう。

 確か、ゲームのストーリー上では朽ち果てた古城に攫われたヒナを、ヨハンが他の攻略対象と協力し、救出するというイベントであったはずだった。


——『星のピアス』がある以上、魔物討伐イベントが失敗に終わる事は無い上、『乙女の祈り』を持っているのだから、蒼壱の発作も起きないはずだ。

 中ボス戦への準備は万端だ。早急にヒナを救出し、ランセル家に連れ帰って……


 蒼壱はそう考えて、溜息を吐いた。


 いいや、手柄は全てヨハンに譲らなければならない。公爵にもそう約束して邸宅を出たんだから……。公爵は、これ以上俺がヒナに関与することを好ましく思っていない。


 なかなか到着しないフォルカーに痺れを切らし、蒼壱は苛立った様に暗闇を見つめた。


「一体フォルカーはどこへ行ったんだ?」

「……ミゼンを探しにだ。タイミングが悪すぎた」


ヨハンの言葉に、蒼壱はぎゅっと拳を握り締めた。

 ミゼンの失踪はゲームには無かったストーリーだ。中ボス戦は攻略対象全員で挑むイベントのはずなのだから。アオイルートでは中ボスの登場が無いものの、その他の攻略対象ルートではどれも中ボスイベントが発生するのだ。


——だとしたら、どうしてミゼンだけが参加できないんだ……?


 蒼壱はフト今更ながらに疑問に思った。

 攻略対象の名声ポイントや好感度により、特別イベントが発生する事はしばしばあった。


——他の攻略対象よりも、ミゼンが何かしらのステータスが秀でているということか?

 いや、しかしそれならば尚更ヒナの救出作戦に参加するはずだ。


何かがおかしい。見落としているものがある……?

 クソ、もう少しでわかりそうなのに……!!


「悪い、待たせたな!」


 フォルカーがハリュンゼンの騎士達を従えて合流した。ヨハンは頷くと、スッと手を上げた。


「今より聖女救出作戦を開始する。聖女は魔物の手により南西の廃城へ連れ去られた。直ちに救出し、聖女の身の安全を確保せよ!!」


 ヨハンの号令に騎士達が揃って声を放ち、掛け声とともにドッと馬を走らせた。


 蒼壱はヒナが攫われた時の詳細を聞き出そうと、フォルカーと共にヨハンの側へと馬を寄せた。しかし、走らせた馬上ではまともに会話ができる状態ではない。ヨハンは頷くと何やら詠唱し、その瞬間ヨハンの声が頭の中に響いた。


『聞こえるか、アオイ、フォルカー』


 驚いて思わず「うわっ!」と、声を上げると、ヨハンが小さく笑った。


『小声での会話を共有する神聖魔法だ。馬を走らせながらの会話は難儀するからな。大声を出すのは止してくれ。頭痛が酷い』


「ごめん……」


蒼壱が素直に謝ると、フォルカーが肩を竦めた。


『で? 聖女様が攫われたってのはどういうこった? 一体何があった』

『うむ……』


 ヨハンはため息を一つつくと、その時の状況を説明した。


 王后の茶会で毒により倒れたハンナに対し、ヒナは自分の神聖力を使い尽くしてしまうほどに注ぎ込んだ。ヨハンと違い、ヒナは治癒魔法に特化した神聖力の持ち主だが、治癒魔法というものは術師の体力の消費が著しい。

 気を失ったヒナは、安静が必須であるという宮廷医の判断で、暫くの間王宮に留まる事となった。

 ヒナの部屋は厳重に警備され、扉の前には二人の騎士が立ち、出入りも制限されていた。


 にもかかわらず、彼女の姿は忽然と消えたのだ。


 知らせを受けて駆けつけたヨハンは、荒らされた痕跡もない部屋のベッドの上に置き手紙と共に、数センチほどの、ヒナの髪の毛と思しき毛束を見つけた。手紙は古代文字で書かれていた為、解読に少々時間を要した。


『で? 何て書いてあったんだ?』


 フォルカーの問いかけに、ヨハンは「フム……」と頷いた。


『反発せし聖と魔は惹かれ合う』


 ヨハンはため息交じりに「それだけだ」と言った。


『なんだそりゃ。ヒナ嬢は魔族と駆け落ちしたとでも言いたげだな』


フォルカーの言葉に、ヨハンは「ありえぬ」と返した。


『探知魔法を使うのには役立ったが、文面自体は意味を成さぬものだろう』


 蒼壱はゲームのストーリーを思い出していた。


——確か、ヒロインの聖女ヒナがこの世界に来た事をきっかけに、魔族達の勢力も強まって魔王が誕生するという設定だったはず。そこで、ヒナを現実世界に帰そうとするけれど、その方法が分からない。結局魔王をヒナと共に攻略対象達が討伐しに行き、最も好感度の高い攻略対象が魔王の止めを刺して、ゲームはエンディングを迎えるといった具合だ。

 勿論、低難易度のアオイルートでは中ボス戦も無ければ魔王の登場もない。恐らく今はヨハンルートになっている。だから、ストーリー的には中ボス戦でのヒナの拉致は逸脱していない。ただ、魔物の討伐作戦中にヒナが攫われる予定だったというだけで、そんなことは多少のズレでしかないわけだけれど……。


——今一番腑に落ちないのはミゼンの失踪だ。この中ボスイベントは、攻略対象全員で挑んだはずだ。それなのに……。


 ……いや、そうじゃない。そもそも、アオイルートではどうして中ボスや魔王が登場しないんだ? 他の攻略対象達と明らかに異なる設定なのは、いくら低難易度の攻略対象だからといって不自然だ。


 今更ながらにやけに引っかかる……。


『ヒルキアに伝わる伝承がある。“聖女がこの地に降りし時、魔族の王も生まれ出でる”とな。今回のヒナ嬢の拉致はそれと深く関わりがあると推測されるが』


ヨハンがそう言うと、フォルカーは唸る様に声を上げた。


『お前、どうして今になってそれを伝えた? もっと早くに言ってくれたら、ハリュンゼンから騎士達をもっと連れて来たってのに』

『そなたを……ハリュンゼンをそのような言い伝えに巻き込むわけにはいかぬと思った』

『俺がハリュンゼンに戻れないと分かって話す気になったってことか。相変わらず水臭い野郎だぜ』


——おまけに辛気臭い。

 と、蒼壱は心の中で付け加えた。

 ヨハンが陽キャならこのゲームのストーリーは全く別物になっていた可能性が高い。


……俺、辛気臭いヒーローキャラって苦手なんだよな。そういうのに限って何故か女性キャラ受けがいいけれど、実際そんな根暗男なんかモテるはずないのに。華も男を見る目が無いよ。こんな奴の一体どこがいいんだ? フォルカーの方が男らしくてずっと良いし、ミゼンの奴はムカツクけどヨハンよりはマシなのに。


『ま、なんにせよ急いでヒナ嬢を救出に行かねぇとな』


フォルカーの言葉にヨハンが頷いた。そしてチラリと蒼壱に視線を向けた。


『アオイ、このような時に聞くのは申し訳無いのだが……』


 ヨハンが言いづらそうに口を開いた。


『ハンナ嬢は、どうしているのだ? 体調はどのような具合だ?』


 蒼壱は言葉に詰まった。邸宅に居ると嘘をつく訳にもいかないが、だからと言ってミゼンを探しに行ったと言うのも拙いだろうと考えたのだ。


『嬢ちゃんなら、ミゼンの奴を探しに行ったぜ? さっき会ったんだ』


フォルカーがさらりと答えると、突然ヨハンが馬を止めた。

 それは急ブレーキでも踏んだかの如く、馬が嘶き、土煙がもうもうと上がり、ヨハン一人が取り残された状態で遥か後方に残り、蒼壱とフォルカーも慌てて馬を止めた。


——何考えてんだ、この冷血王子っ!!


『……殿下? 一体どうしたんです?』


苛立ちでこめかみをヒクつかせながら苦笑いを浮かべた蒼壱を、ヨハンはハッとした様に見つめた。


『あ……すまぬ。いや、そうか。ハンナ嬢がミゼンを探しに……いや、何故。待て待て、何故だ。気に食わぬ』


ボソボソとヨハンが言葉を発し、フォルカーもまた苦笑いを浮かべて肩を竦めた。


『おい、ヒナ嬢を早く助けに行かねぇと……』

『う、うむ。そうだな。いや、そうだが……うむ……』


——ヨハンの様子がおかしい。

 冷静沈着な冷酷氷王子ヨハンが狼狽える姿なんて、初めて見たぞ……。


 蒼壱はポカンとしてヨハンを見つめた。


『わ、私は婚約者のハンナ嬢を探しに行った方が良いのではないだろうか……?』


何故か顔を赤らめながら言い出すヨハンに、蒼壱は思いきり顔を顰めた。


『殿下、何を言っているんです!? 聖女が攫われたのは、ヒルキアにとってまさに一大事です。姉はただミゼンを探しに行っただけで、危険な事は無いでしょう!』


——こいつ、頭がどうかしちゃったんじゃないか!? 魔物に攫われたのはヒナだぞ!?


『うむ……確かにそうだが。いや、だが心配だ』


ボソボソと煮え切らない様子で言うヨハンを、蒼壱は呆れかえって見つめた。


『俺は兎に角ヒナを助けに向かいます。これ以上遅れを取る訳にはいきませんので!』


そう言い残すと、蒼壱は馬の腹を蹴り、ヨハンとフォルカーの二人を残して騎士達と共にヒナを救出すべく駆けて行った。

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