フォルカーの告白
——ミゼンのバカ!! どうして家出なんかっ!!
華はドレス姿のまま馬に跨り、邸宅から飛び出した。日は翳り、王都は行き交う人の数もまばらとなり、心許ないランプの灯りが家々から漏れ始めている。慌てて飛び出したはいいものの、ミゼンの行先に全く見当がつかない華は、ひとまず王宮へ向かった。
ミゼンの兄であるヨハンに聞けば、手がかりが何か分かるかもしれないと思ったからだ。
「嬢ちゃん!? 護衛もつけず、一人でどうしたってんだ?」
王宮の前で馬を止めた時、フォルカーに呼び止められた。彼は数名の騎士を従えて、馬上から驚いた顔を華に向けている。
騎士達の服装はヒルキアのものではなく、胸につけられたマントの留め金の印章はハリュンゼンのドラゴンをモチーフにしたものだった。
「フォルカー! ミゼンが行方不明って聞いて、心配になって探しにきたの!」
「ああ、俺も今からこいつらと探しに出るところだが……」
フォルカーはため息を吐くと、従えていた騎士達に指示を出し、距離をおかせた。そして自分の馬を華の側へと寄せると、騎士達に聞こえないように会話を進めた。
「嬢ちゃんはミゼンの居場所に心当たりがあるのか?」
「全く見当がつかないから、ヨハンに訊こうと思って」
「それならこの件は俺に任せて、嬢ちゃんは邸宅で大人しく待ってなって。そのナリじゃ、ヨハンの奴がまともに取り合うと思うか? 『そなたはやはりミゼンに気があるのか?』なーんて言われて、また傷つくだろうが」
フォルカーはヨハンの真似をして言ってみせて、華はぐっと唇を噛みしめた。
——確かに、フォルカーの言う通り、ヨハンはハンナに冷たいから、まともに取り合ってくれないか……。
「でも、放ってなんかおけないよ。私も探しに行く!」
「いや、そういう訳には……」
「人探しなら、人手は多い方が良いでしょ?」
華の頑固さを理解しているフォルカーは困った様に頭を掻いた。
——さぁて……ヨハンも面白くないだろうが、俺だって嬢ちゃんがミゼンの奴を構うのは面白くねぇ。
と、考えて、うーむと唸ったが、華は尚も食い下がった。
「お願い、フォルカー。私、ミゼンに助けて貰ったの。だから、ミゼンが困った時は私が助けるって約束したの」
意思の強い瞳でじっと見つめられ、フォルカーは怯んだ。
——可愛すぎる。
「ねえ、お願い。フォルカー」
——すっげー嫌だ。嫌だが……
「分かった! よし、じゃあ俺達と一緒に行こう。一人で行かせるよりゃずっといい。どうせ黙って待ってるなんかしねぇだろうしな」
「ありがとう、フォルカー!」
満面の笑みを向けながらお礼を言う華に、フォルカーもへらへらと笑みを返した。
——反則に近いくらい可愛いじゃねぇか、クソ!! ああっ! 拉致ってでもハリュンゼンに連れ帰りてぇっ!!
「殿下、急ぎましょう」
騎士達が待ち切れず声を掛けて来た。
「ああ、分かってる。嬢ちゃん、俺の側を離れるなよ。さぁ、行くぞ!」
馬の腹を蹴りフォルカーが進みだし、華と騎士達もそれに続いた。
「フォルカー、充てはあるの?」
「ヨハンが言うには、王都から北の森にある、離宮を見てきた方がいいだろうってよ。なんでも、ガキん頃に何度か行ったきりで、今は空き家だって話だが。定期的に管理人が掃除には行っているらしい」
成程と、華は思った。王都からさほど離れていない空き家があるのなら、確かにそこに身を潜めている可能性は高いだろう。
しかし……。この面子で迎えに行っては、例え本当にそこに居たのだとしても、ミゼンは姿を見せないのではないだろうか。特にフォルカーは完全にヨハンの味方で、ミゼンを毛嫌いしている節がある。恐らく今回の捜索も、ヨハンの心配を汲んでの事だろう。
なんとかフォルカーを撒けないものかと華が考えていると、フォルカーが華の視線に気づき、照れたように笑った。
「そんな、熱い視線を向けられると照れるな」
「……何言ってんの?」
サラリと返されて、フォルカーは傷ついた様に眉を寄せた。
「嬢ちゃんは相変わらず俺を男として意識してくれねぇんだな……俺、自信無くしそうだ」
「自信って?」
「これでも結構モテる方なんだが……」
「うん、モテるじゃない?」
——攻略対象だし。
と、華は考えながらじっとフォルカーを見つめた。
男らしく逞しい体躯に、整った顔立ち。性格も頼りがいのある兄貴肌で優しい上に、ユーモアがあり社交的だ。ゲーム上でもフォルカーが言う様に、ハリュンゼン国内ではあまりにもモテ過ぎていた為、自国内での妻探しを辞めたという設定だった。
「軽く言ってくれるぜ……」
と、フォルカーはため息交じりに言うと、頭を掻いた。
「なあ……俺も、嬢ちゃんを『華』って呼んでもいいか? アオイやミゼンの野郎がそう呼んでただろ?」
フォルカーの申し出に華はキョトンとすると、「別にいいけど」と、軽い気持ちで了承した。
フォルカーは嬉しそうに微笑むと、瞳を細めて華を見つめた。
「華……」
嫌に色気のある声でそう呼ばれて、華は思わず赤面した。
「やっぱダメっ!! 呼ぶの禁止っ!」
「は!? なんでだよ! アオイはともかく、ミゼンの野郎は良くて、俺はダメなのか!?」
「だ、だって! フォルカーに呼ばれるとなんか照れるからっ!!」
「照れる……? 俺に呼ばれると?」
——お? 俺を少し意識したのか!?
フォルカーは恥ずかしそうに顔を赤らめる華を見つめ、高揚する気持ちに思わずぎゅっと胸の辺りの服を掴んだ。
「そんな反応されると、嬉しくなっちまうんだが……」
「何で嬉しいの!? 意味わかんないしっ!」
「華」
「だから、呼ばないでってばっ!!」
「いや、無理だろ? もっとその反応見たいって思っちまう」
「もう! ミゼンを探しに来たんだから! 真面目に探してっ!」
「俺はいつだって大真面目なんだがなぁ……」
「ほら、私を見ないっ! 前を向いてっ!」
「なんだそりゃ?」
一頭の早馬がフォルカーの名を叫びながら追い付いてきた。何事かと思って馬を止めると、早馬に乗った伝令の騎士がまくし立てる様に言葉を放った。
「通達です! 聖女様が連れ去られました!!」
「なんだと!?」
フォルカーが怒鳴る様に叫び、華はさっと青ざめた。
——ヒロインが攫われるって、それってめちゃくちゃ強い中ボスとの戦闘イベントじゃない!? アオイルートでは発生しないイベントだから、やっぱりヨハンルートになっちゃってるんだ……。
「作戦指揮はヨハン第一王子殿下に一任されました。王宮に騎士達や支援者が集結しております。アオイ・ランセル卿も急ぎ救出隊へ加わるとのこと!」
——蒼壱が!? 私がこの恰好で飛び出しちゃったから、蒼壱は騎士アオイとして出るしか無かったんだ!
華は唇を噛みしめた。
蒼壱は星のピアスと乙女の祈りを持っている……それなら、この救出イベントも失敗しないはず。万が一を考えての事が役だった。
「ハリュンゼン王国第一王子フォルカー・クロイ・ジェミル・ハリュンゼン殿下も、本作戦に加わって頂きたく」
「けど、俺は……」
煮え切らない様子のフォルカーに、伝令の騎士が更に続けた。
「聖女様誘拐はヒルキア王国のみの問題ではございません。同盟をふいにするおつもりですか? ハリュンゼン王国第一王子殿下には嫌疑がございましょう。これ以上ご自分のお立場を不利にされては、国交も危ぶまれましょう」
フォルカーに掛けられた嫌疑とは、剣技大会に現れた狂戦士がハリュンゼン出身であったという件の事だ。
フォルカーの側に居たハリュンゼンの騎士達が不快感露わに「殿下は潔白です!!」と怒鳴りつける様に声を発した。
「……聖女救出の作戦指揮はヨハンだと言ったよな?」
フォルカーは眉を寄せ、考えた。
確かに狂戦士の件については潔白だ。しかし、ヒルキアに身を置いている立場上、国交としてその国の王族の命には従うのが筋だろう。しかも、聖女奪還の作戦ともなれば、最優先事項であることは確かだ。
「分かった。我がハリュンゼンは、聖女奪還作戦に加わるとヨハンに伝えてくれ」
フォルカーの言葉に伝令兵は「ご勘案、感謝いたします」と言い残し、王宮へ向けて急ぎ戻って行った。
「何が『ご勘案』か!! あれでは強要ではございませんか!!」
いきり立つ騎士を手で制すると、フォルカーはため息を吐いた。
「俺が不甲斐ないせいで、お前達にまで悔しい思いをさせちまってすまん」
「殿下、我々に謝罪は不要です。どこへでも、殿下の行くお側へついて参ります!!」
「……ああ、ありがとう」
俯くフォルカーに、華はニコリと笑って胸をドンと叩いて見せた。
「ミゼンの事は、私に任せて。ヒナをお願い、フォルカー!」
「……クソ!!」
フォルカーは吐き捨てる様にそう言うと、馬を寄せ、腕を伸ばして華の手を優しく握った。
「華。これだけは忘れないでくれ。危険な真似だけはしねぇって」
「うん。ミゼンを探しに行くだけだもん。危険なんかあるはずないし」
「……そういう考えが危険なんだっつーの……ミゼンの野郎が華に……」
「え? 何?」
キョトンとして聞き返した華に、フォルカーは頭をガシガシと掻いてため息を吐いた。
「公爵令嬢が家族や婚約者以外の男と二人きりになるんだ。その腕っぷしは分かっちゃいるが……」
「ミゼンが私に危害を加えるはずないじゃない」
「いや、だからなぁ……!」
「大丈夫だよ、気にしないで。私はヒロインじゃなく、ハズレだもん。皆でヒナを護ってあげなきゃダメだよ」
「何言ってんだ!」
コホン、と咳払いをすると、フォルカーはじっと華を見つめた。
「どうしていつも俺に守らせちゃくれない。ハリュンゼンの王配となるべく幼少の頃から教え込まれていた俺にとっちゃ、女性を護る事は当然の事だってのに。華はいつだって矢面に立って傷ついちまう。そんなに俺は頼りがいが無いのか?」
胸の痛みを切実と訴えるかの様なフォルカーの言葉に、華は首を左右に振ってニコリと微笑んだ。
「いつも頼りにしてるよ、フォルカー。でも、私は護って貰う為に居るんじゃないよ。私だけじゃなく、女の子はきっと皆、護って貰うことだけを望んでるわけじゃないと思う。大切な人を支えたいって思うし、私だってフォルカーの事を護りたいって思うもの」
「……俺を、護りたい?」
華は頷くと、フォルカーを見つめ、「フォルカーも私にとっては大切な人だから」と言って輝く様な笑みを向けた。誰もが虜になるような眩い笑顔で、フォルカーは華が空から舞い降りた天使ではと見間違えた。
第一王子として生まれたにもかかわらず、ハリュンゼンという女王国家という国柄、幼少の頃から騎士達と同様に、いや、それ以上に厳しく訓練された。
王家に女児が生まれなかったが為に、次期女王の王配としての未来が決定付けられ、弱音を吐く事も赦されず、ただただ女王の守護者としてのみ育てあげられたのだ。フォルカーにとって、愛する人を護る事こそが当然のことであり、自分の役割であると考えていた。
まさか自分を護りたいと言ってくれる女性に出会うとは思いもしなかったのだ。
「こんな、図体のでけぇ男を護りたいだなんて……」
「フォルカーが強いのは知ってるけど。ヨハンと話して気づいたの。どんなにか努力したって、心は傷つくものだって。心の傷を癒して、傷つかないように護ってくれるような存在が居ると、もっと強くなれると思わない? だから私は、フォルカーを護りたいって思うよ」
力強く言い切る華は自信に満ち溢れ、彼女の強さと深い優しさが背を押しているのだと、フォルカーには眩しく見えた。華の頬に触れ、愛しそうに瞳を細める。
「こんなムードもへったくれもねぇ時に言いたかねぇが……聞いて欲しい」
フォルカーの嫌に真剣な様子に、華は少し照れて「な、なに? 改まっちゃって……」と、茶化した。
「殿下、お早く!!」
騎士達が急かし、フォルカーは唇を噛みしめた。そして、華の手を取り、その指先にキスをした。
華はフォルカーとのキスを思い出し、思わずカッと顔を赤らめて、はにかむ様な視線を向けた。その様子をフォルカーは苦しそうに見つめる。
「……何を捨てたっていいと思えるくらい、華には愛する価値がある。例えどんな困難に出くわそうとも構やしねぇ。俺は、お前が好きだ」
その台詞を聞いて、華は唖然とした。
——フォルカー、それ。フォルカールートでヒロインに言う台詞じゃない……?
唖然としている華にふっと笑いかけると、フォルカーは馬の腹を蹴り、王宮へと駆けて行った。




