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トリップ

「ぶえっくしょーい!!」


 凄まじい大音量でクシャミをし、華は瞳を開けた。いつの間にか眠ってしまったらしい。


 あのゲームを始めてどっぷりとハマり込み、かれこれ二日も寝ずにプレイしていたのだから無理もない。攻略対象である四人をコンプリートし、スペシャルエンディングが見れるかと思いきや、隠しキャラの存在を知った時点で体力の限界を迎えて力尽きた。

 ただでさえ悪役令嬢が手強いというのに、第一王子攻略には第二王子の妨害まであり、やっとクリアしたというタイミングでの隠しキャラの存在とは、なんて酷いゲームだ。と、華はうんざりしながらため息を吐き、起き上がった。


 ???


 周囲を見渡して、華は頭の上にありったけの『?』を浮かべた。


——ここ、どこ!?


 確か、あのままリビングのソファーの上で眠ってしまったはずだというのに、見慣れたリビングとは明らかに異なった空間だった。

 テレビも無ければお気に入りのAVアンプもスピーカーも無い。飲み物を置いていたはずのガラステーブルも無ければ、自分が座っている場所も天蓋付きのベッドの上だというのだから、他所様の家に勝手に上がり込んだうえに爆睡してしまったのかと、華は青ざめて大慌てでベッドから足を下ろした。


 するりと自分の足を隠すシルクの布を摘む。


——なにこれ、なんでこんなの着てるの!?


 シルク製のネグリジェに身を包んでいる自分に愕然として、一体誰が自分にこんなものを着せたのか、裸を見られたのか、そもそもそこまで爆睡するだなんて薬でも盛られて拉致られたのかなど、脳内大混乱状態でその場に(うずくま)った。


「ああ……ナニコレ、夢? 一体どういうこと? なんなの? 嘘でしょ!?」


コツコツコツと扉がノックされ、返事をするのに躊躇(ためら)っていると、再び扉がノックされた。


 いや、返事なんかできないでしょ……と、だんまりを決め込んでいると、ゆっくりと扉が開かれて、メイド服に身を包んだ女性がぞろぞろと爽やかな笑顔を貼り付けて室内へと入って来た。


「お嬢様。さあ、身支度を致しましょうか」

「本日はどのお召し物になさいますか?」

「まずは洗顔をなさいましょうか」


 ニコニコと微笑みを浮かべるメイド服の女性達に取り囲まれ、華はポカンとしたまま彼女達を見上げた。


「……えっと、私は誰?」

「ハンナお嬢様でございます!」

「ここは何処?」

「ランセル公爵家の邸宅、ハンナお嬢様のお部屋にございます」


——ランセル? ハンナ? え?? それって、さっきまで蒼壱とやってたゲームの悪役令嬢、ハンナ・ランセルの事!? そんなバカな……。


 口を開けたまま呆けていると、メイド服の女性の一人がパンパンと手を二つ打った。二十代中ごろといった年齢の女性で、他の女性達とは違い笑顔とは程遠いすまし顔をしている。


「お嬢様、寝ぼけていらっしゃいますか?」


きびきびとした彼女の口調に華は思わず「そうかもしれない」と答えると、その女性は腰に手を当ててツンと片眉を吊り上げた。


「ええ、そのようですね。では私の事もお忘れでは?」

「うん。さっぱり思い出せない」

「私はお嬢様付きの侍女ディードです。本日は第一王子殿下もいらっしゃる日、しゃんとして頂かなければ困ります」

「あ、はい……。ごめんなさい」


 華の発言にディードは僅かに怯んだ後、コホンと咳払いをした。


「私に謝罪の言葉は結構です。さあ、身支度を整えましょう」


 女性達が華の着るシルクのネグリジェに手を伸ばしたので、華は大慌てで悲鳴を上げた。


「ちょ!! だ、大丈夫。自分でできるからっ!」

「あら?」


ディードがツンと片眉を吊り上げると、レースのついた筒の様な物をサッと華の前へと差し出した。


「こちらのコルセットをどうやってお一人でお召しになるのです?」

「……それ、つけなきゃいけないの!?」

「当然でございましょう。淑女の嗜みです!」


 背中で編み上げなんて無理! と、華は涙目になりながら「お願いします」と頭を下げた。


 ぎゅうぎゅうにコルセットで身体を締め上げられて、朝食を食べる気分では到底無いというのに、強制的にダイニングルームへと案内された。煌びやかなドレスに身を包んでいるというのに全く持って浮かない顔をしながら、華は席へとつく。

 だだっ広い室内に長いテープルは、やたらと重厚な作りで装飾が施されており、この脚に小指なんか打つと死ぬほど痛いだろうななどとぼーっと考えていると、華に遅れて同じ年齢位の男性が入って来て、華の前の席へと腰かけた。

 彼は明らかに挙動不審で、ソワソワと居心地が悪そうにしながら華へと視線を向けた。


「……蒼壱(あおい)?」


 咄嗟に言った華の言葉に彼はパッと顔を明るくした。


「華? ハンナじゃなくて?」

「うん! 華だよ! ねぇ、なにこれドッキリ!?」

「いや……俺も最初そうかと思ったんだけど、外を見てびっくりだ。どう見てもちょっとセットを作ってみましたレベルじゃないもの」

「拉致られたんじゃなくて?」

「それにしては凝り過ぎだと思わない? そもそもあのゲームの世界に似すぎてるし、まだ発売だってしてないはずだろう?」

「じゃあ、すっごく嘘くさいけれど、私達ひょっとして……」


『ゲームの世界に来ちゃった!?』


二人が同時に声を張り上げた時、パン!! と、ディードが強く手を打った。


「公爵様がいらっしゃいますよ。お二方共、一から行儀作法を勉強なさいますか!?」


 華はくっと唇を噛んで、蒼壱に目で合図を送った。


『蒼壱、このガミガミ女が居ない時に後で話そう』


 蒼壱は華の合図に黙って頷いた。

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