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蒼壱の婚約

 闘技場の上に赤いカーペットが敷かれ、授賞式の式場が厳かな様子で出来上がっている。蒼壱が場内へと入場すると、観覧席から喝采が沸き起こり、緊張を押さえつけようと唇を噛みしめてゆっくりと歩を進めた。


 純白のドレスに身を包んだヒナが中央に立ち、その後ろに配置された椅子に国王と王后がかけていた。

 ヨハンとミゼン、そしてフォルカーは闘技場の横に立ち、蒼壱が赤いカーペットの上を威風堂々と歩く姿を拍手で迎えた。

 観覧席から公爵夫人と一緒に華もその様子を見守っている。


 ヒナの前で跪くと、宰相でもあるランセル公爵が、その手に優勝者へ授与する為の賞品を恭し気に掲げ持ち、ヒナへと渡した。


 この世界の神を模した銀色のトップがついたペンダント。それこそが蒼壱が欲して止まなかった『乙女の祈り』だ。


 ヒナは緊張した様子でお祝いの言葉を述べた後、そのペンダントを跪く蒼壱の首へと掛けた。

 蒼壱は、ゆっくりと呼吸を吐き、タイミングを見計らった。


——俺とヒナが皆から注目されている今が好機だろう。


 盛大な拍手が沸き起こる中、蒼壱はパッとヒナの手を取った。

 そして、全ての者が注目する前で、聖女たる彼女の手の甲に口づけをした。


 ヒナは顔を赤らめて、「アオイ様……」と僅かに声を洩らし、潤んだ瞳を蒼壱に向けた。


()()()聖女ヒナ様に、我が心を捧げます」


蒼壱のその言葉に僅かにどよめきが起こる。稀代の英雄アオイ・ランセルは、王族ではなく聖女に忠誠を誓うのかという声が上がった。それを聞き、蒼壱は悔しく思って顔を上げた。

 ヒナは戸惑った表情で蒼壱を見つめている。


——やはり手の甲への口づけだけだとインパクトが薄いか。強引なのは分かってる。けれど、こうするしかない。

 と、蒼壱は考えながら立ち上がり、ヒナを抱き寄せた。


「え……? アオイさ……」


蒼壱は戸惑うヒナに構う事なく強引に唇に口づけをした。ヒナは抵抗することなく蒼壱を受け入れ、辺りは騒然とした。観客席からどよめきの声が沸き上がり、アオイ・ランセルに想いを寄せていた女性達の悲鳴があちらこちらで放たれた。


 稀代の英雄、アオイ・ランセルには婚約者が居ない。

 しかしそれは、聖女ヒナと恋仲であったからなのだと納得させるには十分なパフォーマンスだった。


 騒然とする会場内で、ヨハンが、僅かに拳を握り締めた。

——やってくれたな、アオイ。これで私は、ハンナ嬢との婚約破棄を公表できなくなったというわけか。


 蒼壱はチラリとヨハンに視線を向けた。眉を寄せ、不信感(あら)わに睨みつけるヨハンと目が合い、反らすことなく蒼壱も睨み返した。


——ヨハン。これでハンナと婚約破棄ができなくなったはずだ。婚約破棄をしようものなら、お前には一人も伴侶が居ない事になる。年頃の第一王子に婚約者すら居ない状況を誰も認めやしない。国王も、民も、誰もだ……。

 俺が剣技大会で優勝しなければならなかった一番の理由はこれだ。


『聖女ヒナは、ヨハンの伴侶にはならない。アオイ・ランセルのものだと知らしめる』為。


歓声と悲鳴と祝福とで場内が沸き起こる中、ヨハンは静かに踵を返すと、一人闘技場から姿を消した。





「やるじゃない、蒼壱!!」


 邸宅に戻って早々、華が喜々として出迎えた。蒼壱は僅かに頷くと、騎士のコートを従者に預けて、部屋にお茶の用意をするように頼んだ。


「いつの間にヒナとラブラブになったの!?」

「……別にラブラブなんかじゃないよ」

「でも、あれってもうどう見てもヒナは蒼壱の恋人です! って感じだったじゃない。人前でキスだなんて、私絶対無理なんだけど!?」


——俺だって無理だけど、あの場合そうするしか無かったんだよ……。


「ヨハンの生誕祭での一件で、ヒナは優しいから押しに弱いって分かったからね。強引にいけば拒絶はしないだろうって思っただけだよ」


淡々とした蒼壱の様子に、華は唇をへの字に曲げた。


「嬉しくないの?」

「どうして喜ぶ必要があるの?」

「だって……」

「俺が好きなのは現実世界の加賀見妃那(かがみひな)。この世界の()()じゃない」


——勘弁してくれ。ホントは参ってるんだから。結局は華の勝利で得た優勝になったわけだし、あんなの、不本意でしかない。

 俺は、華と違ってこの世界のキャラクターに恋心を抱いたりなんかしない。いや、そうしないように肝に銘じているんだ。いい加減分かってくれよ。華にこれ以上意識させたらかえって逆効果だから言わないだけだってのに……。


「そっか。蒼壱にはちゃんと好きな人が居るんだもんね」


 華はそう言うと、ポスンとソファに腰かけた。


「私は恋愛とか一生できないかも」

「どうして?」

「人を好きになるって、よく分かんない。友達の延長線じゃないんでしょ?」

「友達とは違うかな」

「どう違うの?」


蒼壱は唇をへの字に曲げた。今は華にあまり意識させたくないという気持ちと、華にも恋愛することで起こる高揚感を味わって欲しいという気持ちとがぶつかった。


「端的に言うと、触れたい、触れられたいって思うかな。手を握ったりとか」

「ひえええっ! 聞いててなんか、恥ずかしくなるっ!」


——何言ってるんだか。好きな人なら華にだって居るじゃないか。ヨハンのクソ野郎なんて俺は認めないけど。


 扉がノックされ、ディードがお茶を持って入って来ると、テーブルの上に手際よく用意しながら、「大活躍でしたね」と嬉しそうに声を掛けた。


「公爵家の従者一同、皆大喜びでございます。公爵様が祝いの宴を開くと張り切っておられますよ!」

「うわ……めんどくさそう」


華が顔を(しか)めると、ディードが笑った。


「暫くはその話題で王宮内外も持ち切りでございましょうね。ですが、これでアオイ坊ちゃま宛てのお誘いも落ち着くのではございませんか? 聞きましたよ、授賞式での女性達の阿鼻叫喚たるや凄まじかったと」

「蒼壱ってばモテモテだったもんね。招待状が山の様になってたもの」

「誰の責任!?」


 素っ頓狂な声を上げて突っ込みを入れた蒼壱に、ディードはくすくすと笑った。


「どちらも大変勇敢でご立派でございますよ。稀代の英雄の次は聖女様のお心を射止めた、稀代の色事師(いろごとし)と噂になっております」

「それ、良い言葉じゃないよね……?」


苦笑いを浮かべた蒼壱に、ディードは満足気に胸を張り、「アオイお坊ちゃまはご令嬢方の憧れの的ですから、やっかみも入っているのでしょう」と言った。


「なんか、英雄から一気に格下げされたね。女誑しってことじゃない。凄いね、蒼壱」

「だから、誰の責任!? 元はと言えば、華が女性騎士相手に変な言葉を吐くからじゃないか!」


ムッとしながら言う蒼壱に、ディードは「さあさあ、お茶が入りましたよ」と言うと、「また何かございましたらお呼びくださいませ」と頭を下げて部屋から出て行った。


 ふんわりと香るお茶の匂いを吸い込んで、華は一口飲んだ。蒼壱もソファに座り、カップに手を掛けようとした時、華が「あっ!!」と声を上げた。


「な……なに!? 突然大きな声出して、びっくりするじゃないか」

「ヨハンがハンナと婚約破棄しなかったから、王妃教育も続くんでしょ!?」


——そりゃあ、そうだろう。その為にあんな強引な手に出たんだし。


「蒼壱、王妃教育と剣の稽古、交代するなんて言わないよね!?」


 華が瞳をうるうるとさせながら蒼壱を見るので、蒼壱はお茶を口に運ぶ事もできずに眉を寄せた。


「俺、もう女装したく無いんだけど……」

「私だって嫌っ!」

「華は女装じゃなくて女性じゃないかっ!」

「そんなぁ! 私が王妃教育でヘマせずにちゃんとできると思う!?」


——しまった……。そこまで考えて無かった。

 と、蒼壱は額に手を当ててため息を吐いた。


 折角ヨハンがハンナとの婚約を破棄できないようにしたというのに、華が王妃教育で盛大なミスをしようものなら、これ幸いとそれを理由に破棄されてもおかしくは無い。そうなれば、華は確実に落ち込むに決まっている。

 自暴自棄になった華は何をするか見当もつかない。絶対邸宅で大人しくなんてしていないだろうし、手を付けられない状態になるに決まっている。そうなれば、このゲームをクリアすることだってままならなくなるぞ……。


「分かったよ、華。暫くはまだ交代していよう。でも、少しは令嬢らしくなれるように努力はしてよ? いつまでもこのままでなんか居られないんだからね」

「はーい」


 蒼壱は不服そうに唇を尖らせると、ティーカップを持ち上げた。その様子を華が見つめながら、自分も指先を真似するようにして持ち直した。


「そう、小指は立てないで。カップは両手で持ったりしたら無作法だ。取っ手に指をあまり突っ込み過ぎないように、優雅にね」

「……私、人前でお茶飲むの止めようかなぁ」

「お茶会に招待されたらそういう訳にもいかないじゃないか」

「隠れて飲むっ!」

「無理に決まってるじゃないかっ!」

「悪役令嬢のキャラ補正はどこに行ったのぉーっ!! なんか痒くなってきたっ!」


華は頭を抱えて地団駄踏んだ。その様子を見て蒼壱は苦笑いを浮かべる。


——華は令嬢アレルギーでもあるのかもしれないな。

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