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ヨハンの生誕祭4

——何が一体どうなっているんだ?


 蒼壱は呆然としながら、ヨハンとヒナの二人が踊る様子を見つめていた。

 アオイの名声ポイントは高いはず。それなら今日ヒナと最初に踊る攻略対象はアオイであるはずだというのに、何故ヨハンが……? これじゃあ、華が苦労した分が水の泡じゃないか。ヨハンの奴、余計な事を!


「失礼、アオイ・ランセル卿。ご挨拶を宜しいですかな?」


 年配の貴族男性が蒼壱に声を掛けて来た。魔物討伐で大勝利を収め、名声を得たアオイには、挨拶を願う貴族がひっきりなしに声を掛けてくる。それもそのはず、アオイは宰相の息子であり、第一王子ヨハンとも親しいのだから。ここぞとばかりに取り入ろうとするのは当然と言えるだろう。


——こんな時に話しかけてくるなよ!

 と、蒼壱は煩わしい気持ちを押し込んで、僅かに頷いて男を見つめた。


「父君の公爵殿とは懇意にして頂いておりましてな、私は……」

「バルミング卿ですね。ご高名は存じております」


 王妃教育で学んだ知識を活用し、蒼壱はニコリと笑顔を浮かべた。バルミング卿も嬉しそうに笑みを浮かべると、傍らに居る娘を紹介した。


「これは私の愛娘、デリアです」

「ランセル卿。初めまして、デリア・バルミングと申します」


 蒼壱は優雅に挨拶を交わすと、デリアに笑みを向けた。女性らしい顔立ちに品のある所作。そして何より戦場での功績が高い蒼壱に、デリアは思わず頬を染める。

 こんなやり取りをこの生誕祭の中、何度交わしたことか知れない。


「此度の卿の功績は公爵殿も嘸かし鼻が高いことでしょうな。皆に称えられているのでは?」

「うんざりする程です」

「姉君のハンナ嬢も噂はかねがね」

「……どういう意味です?」


——この男、華の悪口なんて言おうものならぶん殴ってやる。たった今この場から逃げる様に退場したばかりだぞ?

 蒼壱は思わずぎゅっと拳を握り締めた。できることならすぐさま華を追って行きたかった。けれど、ヒナをヨハンに取られたままになどしておけない。華にはフォルカーがついている。あの男なら上手く華を慰めてくれるだろう。


「お美しく聡明でいらっしゃると評判ではございませんか。先ほどのミゼン第二王子殿下とのダンスも素晴らしく……」

「バルミング卿は少々口を閉じていらした方がよろしいかと」


 ニコリと笑みを浮かべながら、蒼壱は冷たく言い放った。


「……何ですと?」

「主賓のダンスを見ずして、何をしに参られたのでしょうか」


 生意気な小僧めとでも言いたそうに、バルミング卿はピクリと眉を動かした。


「これはとんだ邪魔建てをしてしまいましたな」


 彼らと会話しているうちに曲が終わり、ヨハンとヒナがお辞儀し合う姿を蒼壱は見つめていた。


「次の曲を是非娘と踊っていただけませんか?」


 バルミング卿の申し出に蒼壱はニコリと笑みを向け、「生憎先約がおりまして」とすっと歩を進めた。真っ直ぐにヒナの元へと向かっていく。


——ヒナを想っているからとか、そういうことじゃない。華の努力を無駄にするわけにはいかない。俺は何が何でもヒナと踊らなければならないんだ。


 ヨハンは蒼壱が近づいて来る様子に気づいていたが、わざとヒナへともう一曲誘いの手を差し伸べた。


——ふざけるな、ヨハン! 華の功績を横取りなんてさせないぞ!


 蒼壱はヒナに手を差し伸べた。二人の男性に手を差し伸べられる聖女の様子に、周囲はざわめいた。

 しかも、一人はこの生誕祭の主役である第一王子ヨハン。そしてもう一人は戦場での功績から『稀代の英雄』と称されたアオイだ。


「ヒナ、今日のエスコート役は俺じゃないのか?」


——無様でもなんでもいい。絶対に俺は、ヒナと踊らなければならない。


「王子とは一度踊ったじゃないか。次は試しに俺とも踊ってみないか? 後悔はさせない」


——王妃教育でヒナにダンスを教えたのは俺だ。息もぴったりなはずだ。


 ヒナは困った顔を浮かべながらも「ヨハン様とは踊ったから、次はアオイ様と……」と、蒼壱の手を取ろうとした。


「ヒナ、今日は私の生誕祭だ。主賓の誘いを断る気か?」


——クソ野郎め!!

 ヨハンの言葉に蒼壱は怒りを露わに睨みつけた。ヨハンも蒼壱へとチラリと視線を向けた。


「……アオイ。そなただけには、心を赦したつもりであったというのに」


————え?

 ヨハンは哀しみを浮かべた瞳を蒼壱に向けていた。


 蒼壱はそれを見て戸惑い、必死になって脳内をフル回転させた。


——どういうことだ? 俺が知らずにヨハンの信頼を裏切った? どうして——と、考えて、蒼壱はハッとした。


 ヨハンと華は俺が思っているよりずっと親しかったのだとしたら……?


 俺のヨハンに対する態度は残酷な程に塩対応だったのかもしれない。だからヨハンは「最高の誕生日プレゼントをありがとう、アオイ」と皮肉を言ったのか? 自分の生誕祭に、信頼していたアオイが他人行儀な態度を取ったから……? 自分の姉であり、ヨハンの婚約者であるハンナが、ミゼンと踊る事を赦してしまったから……?

 まるでそれは、ヨハンを邪魔者扱いし、彼の参加を望んでいなかったとも思えたんじゃないだろうか。


「やはり私は、参加すべきではなかった……」


 ヨハンはヒナに差し伸べていた手を下ろすと、さっと踵を返してその場から立ち去った。


 周囲のざわめきを他所に、蒼壱はとっさに「ごめん、ヒナ」と言い残してヨハンの後を追った。


 日中だというのに長い廊下が嫌に暗く見え、ヨハンの後ろ姿が寂しげに見えた。蒼壱はその廊下を駆けながら、「ヨハン!!」と叫んで呼び止めた。


「傷つけるつもりは無かったんだ。悪かった! 公式の場だから、気を使わなきゃと思っていただけなんだ」

「そなたは身を呈して私を救ってくれた。命の恩人であるそなたに、よもやそのような気遣いなど無用だと言ったはずだ。共に同じ師から学んだ、兄弟弟子ではないのか?」


——そんなこと言われても、ヨハンとアオイの関係性は悪魔でも主従関係でしかない。親友と言っても、結局のところハンナとの婚約は解消するはずだし、義理でも兄弟になることは無いじゃないか。


 どう弁解しようかと必死に考えている蒼壱を振り返り、ヨハンが見つめた。その瞳からつっと一筋涙が頬を伝い、蒼壱はハッとして息を呑んだ。


——ヨハンルートは敵だらけで最高難易度だ。唯一の味方はアオイだけだったのに、俺はヨハンの心の拠り所を潰してしまった……。


「信じられるのはヒナだけだ。彼女は異世界の者なのだから、私を危険に脅かすような真似はすまい。ハンナ嬢との婚約は解消する。私が贈ったドレスを着てはくれなかったのだ、彼女の答えも明確だろう」


 ヨハンはそう言い残すと、瞳を擦りさっとその場を後にした。

 蒼壱はこれ以上自分にヨハンの気持ちを慰める手立てはないと、一人廊下に取り残されながら、去って行くヨハンの背を見つめた。


 最悪の展開だ。それは俺にとっても、華にとってもだ。ゲームの中の話だとはいえ、登場人物にこうも気持ちが向いてしまった以上、目的が『帰る事』だけでは済まなくなっている。


 とはいえ、複雑な心境であることは確かだ。俺達はこの世界の住人ではないのだから。

 最高難易度のヨハンルートが失敗に終わった場合、ヒロインのヒナは誰ともくっつかずバドエンドを迎える事になる。そうなったら一体どうなる……? また最初からゲームを始めなければならないのか、それともそのまま一生帰れないのか。華が一度死んだ時、コンティニュー画面が表示されたと言っていたから、バドエンドで帰れる可能性は極めて低い様に思える。


——いいや、今はそんなことより……。


 俺は、ヨハンとヒナがくっつくのを見たく無いし、華も同じだってことだ。


 蒼壱はパッと踵を返すと、広間へと戻り、ヒナをダンスに誘おうと心に決めた。まずは出来る事をやらないことには話にならない。ヨハンには申し訳無いが、なんとか軌道修正し、ヨハンルートからアオイルートへと向けなければならないのだから。幸いアオイルートの難易度が低いので、どうにかならないわけでもない。


——その為には、華に名声ポイントを更に上げて貰う必要はあるが……。


 唇を噛み、蒼壱は気を引き締めた。


——しっかりしろよ、俺。男じゃないか。苦手だとか言ってる場合じゃない。ヒナをなんとしても俺に惚れさせてやる。どんなにか打算的だとしても……。

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