ゲームオーバー
魔物討伐は大成功を収め帰路に着いていた。戦の疲れよりも、皆少しでも早く王都で帰りを待つ者に無事な姿を見せたい様だ。休憩時間すら惜しんで馬を走らせるので、四日はかかる距離を二日で走り抜きそうな勢いだった。
——めちゃくちゃお尻痛いんだけどっ!
馬に乗り慣れない華は、「お尻痛いから先に行って」とも言えず、一人その苦しみを必死になって耐えていた。
「顔色が悪い様だが、大丈夫か?」
ヨハンが馬を寄せて心配そうに声を掛けたが、華は涙目のまま乾いた笑い声をあげた。激しく揺れる馬上で舌を噛まずに言葉を発する気力が今の華には無い。
どう見ても辛そうだ、と、ヨハンが手を挙げて隊を停止させようとした時、耳をつんざく様な音がして、頬に痒みが生じた。
射られた矢がヨハンの頬を掠めたのだ。
「敵襲!!」
騎士達が叫ぶや否や、矢の嵐が降りかかる。
無理に馬を走らせていたせいで、馬も人も疲弊している。そんな状況下ではまともに応戦もできず、次々と騎士達は落馬していった。
——嘘……。待ってよ。折角皆無事に帰るところなのに……
華は矢に射られて落ちて行く騎士達を前に狼狽えながら、必死に剣で矢を払った。そんな最中、ヨハンは呆然と空を見上げていた。
「ヨハン!!」
華が叫んだが、ヨハンにはその声が届いていない様だった。彼は矢をその身で受け止めようとしているかのように、ただ空を見上げていた。
サラサラと彼の金髪が風で揺れる様子が、まるで時が止まっているかの様に思えた。
「……私だけを狙えば良いものを」
ポツリとヨハンがそう呟いた声を耳にしながら、華はヨハンの馬の尻を思いきり蹴飛ばした。
ヨハンの馬が嘶き大地を蹴ると、猛スピードで駆け出した。華も馬の腹を蹴りヨハンの後を追いながら、矢を番えた。
サイレンの様に耳鳴りが響き、華は唇を噛みしめた。先ほどのヨハンの姿が嫌にリアルで、死を迎えようとした様子に恐怖すら感じた。
何故かその姿が蒼壱の姿と重なり、どうしようもない程のやるせなさが込み上げる。
——私が、貴方を護ってあげる!
討伐隊が居る位置は溪谷の谷合だった。華は顔を上げ、崖の上に見えた弓兵を猛スピードで駆ける馬上から次々と射抜いた。
「無事に帰るのだ!! 皆諦めるな、応戦せよ!!」
華が騎士達に声を放った。
「ランセル卿に続け!!」
華に励まされて騎士達も体制を整えて矢を射り、敵の弓兵達に応戦した。
騎士達が応戦し始めると、奇襲をかけた弓兵達は粘る事なくあっという間に撤退したが、討伐隊の被害は甚大だった。
——一体何故弓兵が? ゲームでそんなストーリーになんかなっていなかったはず。まさか、魔物討伐で被害が少なかったから、ストーリー補正でも入ったの?
華は唇を噛みしめながら、目の前の惨状を見つめた。
たかがゲームの中の話なのに、こうして実際目にすると余りにも凄惨だ。矢に射抜かれて絶命した者達が重なり、乾いた大地に鮮血を染みこませている。
「アオイ、すまなかった」
ヨハンが華に申し訳なさそうに声を掛けた。華はきゅっと唇を結び、ヨハンを見つめた。
「もっと自分を大切にしてよ!! あんたがそんなだから、皆の命が奪われちゃうんじゃないっ!!」
「アオイ……」
「王子様ならちゃんとしてよ! 討伐隊の皆だって、貴方の言う『民』なんじゃないの? 何のために貴方は居るの!?」
華は自らの身体が恐怖で震え、動揺を抑える事ができずにヨハンを怒鳴りつけた。
「さっき、死のうとしたでしょ!? もう二度と止めて! あんたが死のうとしたら、私は絶対あんたを護るからっ!!」
風切り音が華の耳の鼓膜を振動させた。弓兵は全てが撤退したわけではなかったのだ。
ヨハンを狙う矢が、その禍々しく鋭い刃先をぎらつかせて飛んでくる様を見て、華は咄嗟にわが身を投げ出した。
「アオイ!!!!」
華はずるりと落馬した。
「アオイ!! なんということを!!」
ヨハンが急いで馬から降りて華に駆け寄った。
「私を庇うなど!! そなたには帰りを待つ家族が居るというのにっ!!」
——ヨハンにだって居るじゃない。
……あれ? 私、大丈夫だよって言いたいのに、声が出ない。
矢は、華の首を射抜いていた。
呼吸ができずに咳き込むと、華は大量の血を吐いた。
——めちゃくちゃ苦しい。最悪……。
と、眉を寄せる華の瞳に、今にも泣き出しそうな程に悲しみを滲ませるヨハンの顔が映った。
サラサラの長い前髪に、エメラルドグリーンの大きな瞳。流石、ゲーム上最も難易度の高い攻略対象だ。悲しそうな顔まで綺麗なものだ、と、華はふっと笑った。
「……伝令兵を呼べ」
ヨハンが静かに声を放った。
「アオイ・ランセルの死を一刻も早くランセル家へと伝えるのだ」
「ぶえっくしょーい!!」
大音量でクシャミをし、華は瞳を開けた。やけに眩しいと感じて瞳を閉じた後、薄目を開けてそっと起きた。
大型テレビにゲームの画像が映し出されたまま放置されている。
——あ、そっか。ゲームしながら寝ちゃってたんだっけ。
きょろきょろと見回すと、ゲームのコントローラーがカーペットの上に放置されており、カーテンの隙間から外の明るい光が漏れているというのに、部屋の照明は煌々とつけられたままだった。
頭を掻きながらソファから降りると、華は電気を消してカーテンを開けた。
眩い光が室内に差し込み、ぐっと伸びをしながら欠伸をした。
蒼壱の姿が無い。
トイレにでも行っているのだろうか、と、華は暫く待ったが、物音一つ無い事を不審に思ってリビングから出た。
トイレの鍵がかかっていない上に、電気のスイッチもついていない。
「蒼壱?」
コンコンとトイレのドアをノックしてみたが、やはり居ないようだ。部屋にでも居るのかと背中を掻きながら廊下を歩き、蒼壱の部屋のドアをノックした。
「寝てるの?」
反応が無かったのでそっとドアを開けてみたが、綺麗に片付いた蒼壱の部屋は人気がなく、ベッドの上にも布団がきっちりと折り畳まれていた。
——あれ? そういえば、なんだか妙な夢を見ていた気がするな。
華はぼーっと立ち尽くしたまま考え込んで、ゲームの世界に入り込んだ夢を見た事を思い出した。
全く、馬鹿馬鹿しい。と、肩を竦めて、玄関先へと向かう。
蒼壱はきっとコンビニにでも出かけているのだろう。お腹も空いたし、私も何か買いに行こうかな。と考えて、華は玄関先を見つめた。
——蒼壱の靴がある。
え!? と、慌てて振り返ると、華は家中を歩き回りながら「蒼壱!」と、呼んだ。
「嘘でしょ……?」
冷や汗が華の背を伝う。
「蒼壱、冗談やめてよ。居るんでしょ?」
蒼壱がそんな悪戯をする性格ではないと分かっていながら、華は再び蒼壱を探した。
お風呂場もトイレもキッチンも全てのドアを開けて確認した後、華は途方に暮れてリビングのカーペットの上にぺたりと座った。
「私、ゲームの中に蒼壱を置いてきちゃった……?」
顔を上げると、大きなテレビ画面には真っ黒な背景に『continue? Yes/No』と白い文字が浮かんでいた。
——恋愛シミュレーションなんてやったことないけれど、ゲームオーバーという概念がそもそも存在するの? 主役が死ぬ状況なんてあるの? そもそも私も蒼壱も主役ではなかったのに。
混乱しながら、華はコントローラーを握ると、カーソルを動かして『Yes』を選択した。画面にハートマークが浮かび、『×3』の数字が点滅すると、『×2』へと変わった。
「アオイ……。そなたを失うのは我国にとって。いや、私にとってどれほどの損失となることか」
「とりゃぁ————!!」
ゴチン!!
アオイの遺体の前で悔やんでいたヨハンの額に、威勢良く飛び起きた華が思いきり頭突きをすると、ヨハンが額を押えて蹲った。
「よし、戻ったっぽい!?」
華がキョロキョロと辺り見回していると、暫く悶絶していたヨハンが華を指さして驚愕の表情を浮かべていた。
「そ……そなた、何故生きている!?」
「え?」
——どう説明しよう。『こんてぃにゅーした』って言っても絶対通じないよね?
「えっと、当たり所が良かった?」
「いや……矢はそなたの首を明らかに貫通していたのだが」
「見間違えじゃない? ほら、遠近法がさっ!?」
「しかし、血も大量に出ていたが……」
華は両手をプラプラと振って見せると、「全然何ともないし!」と、へらへらと笑って見せた。
「で、伝令兵を呼べ! アオイ・ランセルの死は誤報であったとすぐ伝えるのだ!!」
大慌てで指示をするヨハンに申し訳無いなと思いながら、あれやこれやと聞かれても困ると、華はそっとその場を退散した。
「ランセル卿!!」
ヨハンの側を離れた華に、騎士達がわっと群がってきた。
「殉職されたと聞いて……!」
「矢が首を貫通したのでは!?」
「大量に血を吐いて亡くなったと!」
なんか、私ゾンビになっちゃってる。と、華は頬をヒクつかせた。
「偶然だって! ほら、貫通したように見せかけて、手品でしたみたいな!?」
——苦しい言い訳だって分かってるけど、どうにか誤魔化すしかない!!
華はしどろもどろになりながら必死になって言い訳をし、恐らくこうして声をかけてくれた騎士達を悲しませてしまったのだろうと考えて「生きてて申し訳ない!」と、手を合わせた。
騎士達は華の様子を唖然として見つめた後、どっと笑った。
「何を仰るやら!」
「ご無事で何よりです」
「ランセル卿は不死身でしたか!!」
「我が国の守護神、アオイ・ランセル様万歳!!」
うう……罪悪感。ボタン押しただけなのに。
「アオイ」
ポン、と華の肩を叩くと、ヨハンが申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
「何も逃げることはないではないか。私が何か怒らせるような事をしたか?」
「い、いえ。そんな、殿下は何も……」
「殿下だなどと、堅苦しい呼び方は不要だ。これからは私のことをヨハンと呼べ。私はそなたに命を救われたのだ。心から感謝する」
そう言って華の両肩を抱いたので、華は顔を真っ赤にして硬直した。
——うわ。男の人からハグとか初めてなんだけど!
「そなたは私の永遠の親友だ」
——ちょっと待って。私、あんたなんか大嫌いなんだけど!?
華は身動きが取れないまま涙目になり、そんな華を見て「殿下の激励にランセル卿が感激している」と周りがはやし立てた。




