アルボアの戦い⑥
「ヘラス人の援軍か」
その報せを聞いたマディアスはわずかに心躍る気持ちを自覚していた。
彼を含む屈強な騎馬民族たちは攻城戦に半ば飽きてきていた。そんな遅緩状態を解消するため軍律を厳しく守らせる。一方で騎射や相撲などを催し、どうにか気持ちを保っていた。
今もマディアスは馬を走らせて余興にしていたが、急報を受けてすぐに軍議を招集した。
「アルボアの西方、川の向こうに陣地を築いております」
「数は?」
「陣地の規模から見て一万はいるかと」
「ほぅ……」
物見の言葉に将兵は軽くざわめいた。ヘラス人とはいえ一万もいれば驚異にはなる。
だがマディアスは喜色を浮かべながら軍議を招集した。彼は変化と敵を求めていたのだ。
「この援軍を殺戮し首を城内に投げ込んでやれば、奴らの心も折れる」
マディアスは攻撃を決断した。一万いる攻囲軍から三千を選び出し、都市連合の増援部隊を襲撃する。
「少数の兵だけでよろしいのですか?」
意見する者もあったが、マディアスの叔父オイコスが代わりに応じる。
「少数だから良いのだ。迅速に、かつ気づかれぬよう近づき、まだ疲れているところを叩くのだ」
やはりオイコスはマディアスと気脈が通じるところがあった。考えを容易に代弁してくれる。
「指揮は俺自ら執る。城の包囲は叔父上に任せる」
「承知」
「俺の直属軍はすぐに出撃準備だ」
「承知いたしました。しかし、ようやく来た援軍も川の向こう側で立ち往生とは。臆病者のやることですな」
別の将の言葉にマディアスは舌打ちしそうになる。あれは他部族の男だが、考えの甘さに苛立つ。
川の水量が減っているとはいえ騎馬の行軍には障害となる地形だ。防御しつつこちらを牽制し、必要に応じて出撃できる位置取り。マディアスはそう見た。
「攻撃部隊はまず北へ行き、川上で渡河する」
渡河中に攻撃を受けることこそ最も警戒すべきことである。だが敵もそれくらいは予想しているだろう。マディアスが更に地図へ指し示す。
「敵陣地は恐らく北側の守りが固く、西側が薄くなる。大きく迂回して西から攻めるぞ」
騎馬部隊だからこそできる機動戦術である。マディアスは精鋭を揃えるとすぐ出撃し、北上して川を渡った。こういう時は川の水量が減っていることが幸いである。
やがて救援部隊の西側に出て夜を待つ。空を闇が包み地平の先に篝火が連なった。
「獲物はあそこだ!」
茂みからスキティアの精強な騎兵が飛び出し、敵陣地へ向けて矢のように突き進んだ。
陣地を囲む柵、その門に当りはついていた。そこに攻撃を集中する。
敵陣がにわかに慌てるのが外からも感じられる。もう遅い。スキティア軍は門を破って陣中に飛び込んだ。
(何だ……?)
都市連合の兵士たちが慌てて逃げ去っていく。だが違和感があった。手際よく逃げられたという気がする。
そして突入した騎馬隊が岩にでもぶつかったように停止した。すぐには分からなかったが、陣地の中心部に砦のように守りを固めた別の陣が敷かれていたのだ。
「罠だ!」
マディアスは叫んだが騎馬の勢いは止まらず次々となだれ込む。そこに夥しい数の松明が灯され夜を染め上げた。
「北へ抜けろ!」
直感的に指示を出すマディアス。だが前を行く騎馬が次々と落馬する。草地の中に縄が張られていた。
(これは巨大な檻か)
都市連合軍の陣地は外側がほぼもぬけの殻で、主力はみな内側に収容されていた。柵の上、あるいは見張り台から松明が投げ込まれ、スキティア軍ごと外側の陣地を焼き始めた。
「戦うな、脱出しろ!」
すでに騎馬隊は軍の形をしていない。それぞれに脱出を試みるが、出撃してきた都市連合の兵が陣地の出口で待ち構えていた。
正面からは当たってこない。だが通り過ぎようとする騎馬の脚を狙って槍を繰り出し、矢で遠くから攻撃してくる。戦士の戦い方ではない。マディアスは歯噛みしつつ剣を振るう。
がむしゃらに駆け抜け、気づけば敵に囲まれていた。味方が抜け出せたかも分からない。
「スキティアの指揮官だ、捕えろ!」
「武器を捨てて投降しろ!」
ヘラス人得意の長槍を突きつけ、じりじりと追い詰めようとする。
「舐めるなっ」
マディアスは構わず馬を進め、槍を剣で払い除けると敵兵一人の頭蓋を兜ごと割った。
「俺はスキティアの王子マディアス!」
右に左に突進して薙ぎ払う。追い詰めたはずの兵たちが後ずさる様はやはり羊のようだと思った。
「俺と戦える勇者はいないのか!」
スキティアの生き方に降伏は無い。そして負けた戦士は蔑まれる。――ここが死に場所か。マディアスの心中に悲壮感と滾る血潮が同時にこみ上げていた。
その時、急速に包囲の輪が開かれ、間から一人の騎兵が現れた。




