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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第一章 魔導戦線
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  レミタスの戦い④

(まったくもって情けない話だ)


 アリアナ帝国の首都スーシャ。石造りの壮麗な王宮内を足早に歩く男がいる。軽装の鎧に身を包み、老齢ながらキビキビとした動きである。

 その男、大将軍のアシュカーンは人生の半分以上を戦場で過ごしたと言われる生粋の武人だ。体には多くの戦傷、顔にはそれに劣らぬ深いシワが刻まれ、歴戦の風格を漂わせる。

 だがそれも今や昔のこと。兵卒から叩き上げてきた頑固者は帝国を支配する貴族層に受けが悪く、特にここ数年は実務に関わることもできずにいる。


(十年前のあの日が最後であったか……)


 今より十年前の大陸歴一〇三二年、大貴族たちが先代の大王アルシヤに対し大規模な反乱を起こした。大王が貴族の肥大化した勢力を抑制しようとし、それに貴族たちが反発してのことである。アシュカーンは大王とともに反乱鎮圧に出向いたが、貴族たちが結束した力には抗し切れなかった。

 結局、両者の間には和睦が成立する。だが大王は貴族たちの要求を大幅に呑まざるを得ず、却ってその勢力を増大させる結果となってしまった。


 その後、アルシヤ大王は権威と権限を削がれたまま鬱々と玉座に収まっていた。しかし、裏で再び大貴族打倒の計画を練り、それが露見したことで反撃を受けてしまう。食事に毒をもられた大王は二五歳で短い治世の終りを迎えた。


 そして今の大王が即位した。アシュカーンは先代の大王とその父、さらにその兄にも仕えていたから、当代で四人目の主君となる。その大半が貴族勢力に圧迫され、ある者は病で、ある者は暗殺により早逝した。今や帝国の実権は大貴族たちに握られ、唯一太后がその流れに抗っている。


(恐らく、ファルザードの父を暗殺させたのは太后陛下であろう)


 武辺者のアシュカーンには宮廷の陰謀劇についていけないところがある。力になれないとも言える。主たる大王をむざむざ死なせてしまったことは、今でも悔やまれる心の傷だった。


 その大貴族の一人ファルザードである。彼は包囲されたレミタス市を救援するとして、大将軍や軍部に一切図ることなく軍を発した。

 ファルザードの一族は帝国西方で州太守を務めている。太守は州長官の職だが、実態は貴族や豪族の領地と言ってよい。地理的にファルザードが兵を出すことには一理あるが、あの男が戦果を以て自勢力の回復を狙っていたことは誰の目にも明らかだ。素人に軍事を弄ばれたことに苛立ちを覚えたが、そのうえ敗北したという。

 ファルザードは多くの兵を失い、レミタス市を救援するどころか敗兵をまとめもせず、自分の領地に逃げ帰ったと報告があった。これにはアシュカーンも呆れ返るばかりだ。


(このまま大貴族どもの勝手を許せば、帝国は滅びる)


 近頃は周辺の敵勢力が力を増していると感じる。あるいは帝国が弱体化しているかその両方であろうか。


(今の大王に、国をまとめ奴らへ対抗する力があるかどうか……)



***



 アシュカーンが足を運んだのは王宮から少し離れた離宮である。今日、ここで大王と太后、大貴族たちを集めた宴が開かれているという。

 大王自身の提案によるもので、対立激しい太后と貴族の仲を取り持つのが狙いだと聞くが。大将軍は呼ばれていない。

 広間に入ろうとするアシュカーンを武装した兵士が制止した。


「ワシは大将軍ぞ。大王に至急拝謁したい、通るぞ」

「なりません将軍。今は余人を入れてはならぬとのご命令にて」


 アシュカーンは融通の利かない兵士に苛立ちを増した。


「誰の命令でワシを止めるかっ。戦場で我軍が敗北し町は都市連合に奪われた。この報せを大将軍として大王にお知らせするのに、何人に憚ることも無いわ!」


 老将軍の剣幕にたじろぐ兵士たち。顔を見合わせた後、恐る恐る言うには。


「ですから……大王陛下のご命令で誰も広間に入れるなと……」


 見れば広間への扉には閂までかけてある。


(とうとうこの老いぼれも遠ざけられるか……)


 大王の暗殺という悲劇を経て即位した新王。宮廷のことは右も左も分からない若者に、老将は剣や兵法の手ほどきをしたものだったが。


 そこで妙なことに気づく。人の声がしない。宴だというのに静まり返っている。そもそも宴の場を閂で塞ぐなど聞いたことが無い。これではまるで――。


「その大きな声は大将軍であろう、相変わらず元気なことだ」

「大王陛下……?」


 広間の内側から声がする。澄んだ若者の声は老将もよく知る主の声であるが。


「扉を開けてくれ。もう事は済んだ」

「は、ははっ」


 慌てた様子で兵士たちが扉を開放する。開けた視界の先に広がっていた光景は。


「ダリウス陛下……?」


 アシュカーンは呆然とした。剣と鎧で武装し、若き大王ダリウスが立っている。周囲には仮面を被った男たちが何人も、剣を片手に居並ぶ。彼らの服は宦官が着る物で大王に仕える宦者たちだろう。


 そして床にはおびただしい死体と流血の痕。倒れている者たちは見知った顔ばかり。祝宴に呼ばれた大貴族たちが斬り刻まれて死んでいる。


「陛下が、この者たちを……?」

「うむ。先の大王への反乱と弑逆、そして国政を壟断した罪で誅殺した」

「……」

「安心せよ、太后陛下は無事だ」


 突然のことにアシュカーンは言葉もない。全てが異様だった。大王の挙も、返り血を浴びた仮面の宦官たちも。


「大将軍よ、急ぎ軍を掌握してもらいたい」

「は……しょ、承知いたしました」


 跪拝するアシュカーンは、この方は自分の知る大王と同じ方だろうかと訝しんだ。あるいはこれが本当の顔で、今まで雌伏し続けてきた本性なのかと。


 その日、都は戒厳下に置かれるとともに、主だった大貴族たちが誅殺された事実が公表された。大陸歴一〇四二年、四月二十日の出来事である。

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