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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第二章 戦意交錯
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  アルボアの戦い②

「味方が追われている!」


 昨日の兵士と同様、アルボアから出撃して敗北した者たちであろう。今回違うのはその背後にスキティアの騎兵が迫っているということである。それもかなりの数で二千はいるだろうか。


「門を開けて受け入れろ、騎兵を防ぐ兵も出せ!」

「待て!」


 アルボアの将軍が指示を出そうとするもクインタスが制止した。


「門を開ければ敵がなだれ込んでくる。開くな」

「見捨てろと言うのか!?」

「奴ら手を抜いて走っている。我々に門を開かせるため追い立てているのだ」

「だが……」


 しかし、言い争っている間に別の将軍が門を開けて救出に飛び出してしまう。百人ほどの兵が隊列を組んで迎え討つもたちまち騎兵に揉まれ、もろとも屍を晒した。


「門はけして開かせるな、弓兵は城壁に詰めろ!」


 城壁から矢を飛ばすと敵の接近は止まり、門が開かないと見て引き下がっていった。




「アルボアの諸氏に一つはっきりとさせておきたい」


 クインタスは町の首脳陣を集めた。これより始まる防衛戦のため決めるべきことが山ほどある。


「市の執政と将軍たちは私の指揮下に入り命令を遵守していただく」

「バカな、テオドロス将軍ならともかく貴殿は将校にすぎないではないか?」

「私はテオドロス将軍の、ひいてはパラス市の名代です。アルボア市はパラスの傘下に加わっている以上、服従していただく。少なくとも指揮系統を統一しなければこの町を守りきれません」


 クインタスの強気な姿勢に執政たちは渋々従った。一つには軽率に軍を失ったことが引け目なこともある。


「失礼ながらクインタス殿は将軍職に就いたり、軍を率いた経験は?」

「数年前にレマ市で。自治領の軍を相手に戦いました」


 この発言に頷く者もいれば首をひねる者もいたが、ひとまずクインタスは市を掌握する形になった。


「ご安心いただきたい。テオドロス将軍は援軍を募りつつ接近中です。必ずやこの町を救いに来てくれます」



***



 クインタスという軍人は元々パラス市の人間ではない。ヘラス地方西部のレマ市で生まれた彼は軍学を学び、長じて将校を務めるに至る。

 彼の人生が劇的に変わったのは四年前の大陸歴一〇四〇年。この年、トゥネス自治領の軍が境界を越えヘラス西部を侵略した。


 ヘラス都市連合はレマ市を中心にして迎撃するも会戦で大いに破られ、再編した軍もまた破られるということを三度繰り返し多くの死者を出した。

 その間クインタスはレマ市で留守を守っていたが、自治領の軍はレマ市にまで迫り城を囲んだ。


 そこで深刻な問題が起こる。守備部隊を指揮する将軍が過労で倒れてしまったのだ。高齢もあったが、このとき彼が負った責任の重さが問題だった。

 多くの都市は十人の将軍を選任するが、度重なる敗北で九名までが戦死し、残る一人に町の命運が託されてしまったのだから。


 将軍は重責に負けたが軍は誰かが仕切らねばならない。そこで将軍の副官だったクインタスが臨時で指揮を担うことになったのだった。



***



 城外では集結したスキティア軍が野営地を広げ、着々と城攻めの用意を整えている。それを見下ろしながらアルボア市も防戦の備えを詰めていたのだが。


「クインタス殿、やはり貴方に指揮は任せられません」


 アルボア市の執政官が顔を揃えて迫ってきた。


「理由は?」

「貴方の経歴について知る者がいました。レマ市で戦ったという話でしたが将軍ではなく代行、そして能力も疑問なようですな」

「……」


 執政官が掴んだ情報では、クインタスは当時、城門を固く閉ざして一切出撃せずひたすら籠城を続けたという。しばらく経つとパラス市からテオドロス将軍が船団を率い、自治領側の後方を脅かして撤退に追い込んだ。

 クインタスの果たした役割はただの代行としか評価されず、その後の選挙でも彼が推されることは無かった。


「町の命運を託すには貴方のことを信用できません」

「言いたいことはそれだけですか?」


 表情を変えずに応じるクインタス。執政官たちは押し切れず次の言葉を探したが、それより先に外で異変が起きた。


「スキティアが何か始めました」


 城壁から見下ろすとスキティアの兵士が柱を立てて誰かを磔にしていた。


「城内に告げる! 貴様らの将軍と兵士たちを捕虜にした、殺されたくなければ門を開けて降伏せよ!」


 城壁の下でスキティアの兵士が繰り返す。アルボアの兵士で目の良い者を呼び寄せると、磔にされているのが敗れたアルボアの将軍と確認された。


「奴ら何ということを!」


 市内は騒然としたがクインタスは城門を固めつつ収集に努める。


「我々に揺さぶりをかけるつもりでしょうが、やることは変わりません。門を閉ざし守ることです」


 だが兵士や市民の一部で磔の将軍を救い出せという声が上がり始めた。


(むざむざ誘い出されたいのか)


 ファルザードは眉をしかめた。自由意志のある市民というものは扱いに困ると思う。これをクインタスがどう捌くか、ひとまず様子を見る。


「クインタス隊長、兵士たちが門に詰め寄っています」

「抑えておけ」


 このままでは敵の攻撃を待たずに内部分裂する。そのとき、呼び寄せてあった兵士が目を凝らして言った。


「将軍が何か言っています」


 将軍は弱って大きな声は出せないものの、口を動かして何か伝えようとしている。


「……“殺してくれ”と」


 呻く将軍に気づいたのか、スキティアの兵士が彼を鞭打つ。それでも将軍は繰り返し呻いて、また打たれた。


「弓を」


 クインタスは兵士から自分用の弓矢を受け取ると、引き絞り狙いを定め、念じるように矢を放った。

 一撃。将軍の胸に矢が突き立つと彼はうなだれて動かなくなった。

 それでは終わらせぬとクインタスは矢継ぎ早に射的し周りのスキティア兵を倒す。二人、三人と射られてスキティア兵は引き下がっていった。


「将軍は死を望まれた。だからこの手で射た!」


 クインタスが兵士と市民に呼びかける。


「私はこの町を守るためにパラスからやってきた。諸君を守り共に戦うためだ。これより後、我が務めを阻む者は誰であろうと軍律に則り厳しく処罰する。そのことを肝に銘じるように!」


 アルボアの人々は黙った。納得したわけではないが、とにかく黙ったのだ。


(俺が使う立場でも、この男に任せるかもな)


 ファルザードはニヤリと笑う。矢は放たれた。城壁を隔てた異なる者同士の殺し合いが始まる。

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