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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第二章 戦意交錯
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  新たなる序曲④

 いくつか階段を上り進んだ先は、本来クシャのごとき庶民上がりが入ることなど許されない、それほど別世界の様相を呈していた。


(これが空中庭園……)


 宮殿でも特別に造られた王族のための庭である。高層にも関わらず水が流れ、草木が茂り鳥が鳴く。これまでにダリウスが招いてくれた穏やかな庭園とは比較にならない贅のこらしようだ。

 だが少し肌寒い。冬はあまり使わないであろうこの場所で、その女性は待っていた。


「大王の義妹(いもうと)、スタシラです」

「魔術師のクシャでございます、殿下」

「こうして言葉を交わすのは初めてですね」


 スタシラは普段、宮殿の奥にいることが多く政治への関与も無い。クシャのような者と顔を会わす機会は稀だ。


「クシャ殿は、我が義兄(あに)ダリウスと昔から親しいと聞いています」

「……魔術院で共に学ばせていただきました」

「義兄も貴方を頼りにしている様子」

「は、身に余ることながら」

「そんな貴方に頼みたいことがあるのです」


 来たぞ、と身が締まる思いがした。


「私のような下賤の者に王妹殿下が御用命など……」

「いえ、貴方でなければ駄目なのです。頼みとは我が母のこと」


 ――アンビス大后。ダリウスが失脚させ離宮に押し込めてしまった女性だ。


「義兄に、母と話し合うようお願いしてほしいのです」


 クシャは顔を上げスタシラの表情を伺った。美しい人である。彫刻のごとく整った顔立ちに長いまつ毛。声には意志が乗っているが、反して瞳は物憂げだった。


「王家のことに口を挟むなど、畏れ多いことです」

「私が言っても義兄は(かたく)なになるばかり。親しい友人の口から説得してください」


 結局断るわけにもいかず、クシャは善処する旨を伝えて御前を辞した。



***



 大后は現在、政治から遠ざけられ幽閉とも軟禁とも言われる状況に一年以上置かれている。大貴族と大后間の暗闘が深刻化したための措置であるが、ダリウスは義母たる大后を傷つけることはせず、最近は人の出入りも徐々に増えているようだ。

 だが政治への関与は一切認めず、当人もほとんど会ってはいないという。そんな二人に介入せねばならなくなったクシャとしては、猫が象の仲介を依頼されたような気分である。


「クシャ様」


 突然の声に振り向いたクシャは、柱の陰から顔を覗かせる仮面を見つけた。仮面の宦官、大王の側近であるナヴィドだ。


「貴殿は人を驚かせる趣味をお持ちか?」

「クシャ様が考えごとをしていたからでしょう。これから大王の御前へ行かれるのですね」


 二人はしばらく並んで廊下を歩いたが、やがてナヴィドが頃合いとでも言うように口を開く。


「王妹殿下に会われましたね」


 耳が早すぎる。すぐ知られるだろうとは思っていたが、どれだけの間諜を放っているというのか。


「殿下から頼み事をされたようですが……」

「大王に報告する必要はありませんよ。これから自分で言上します」

「差し出がましいとは思いますが、一つご忠告いたしたいのです」

「ほう忠告とは?」


 ナヴィドは周囲に人がいないのを確認する。クシャとスタシラの会話も周囲に誰もいないと思っていたのだが。


「ダリウス陛下のご両親は、大后陛下によって殺害されたのです」

「……」


 ナヴィドの潜めた声がクシャの背筋を鋭く貫いた。


「……何故です?」


 しばらく沈黙し、クシャが捻り出した言葉はいかにも平凡だった。


「陛下が即位した当初、父君は名誉職をあてがわれていました」

「大王の実父に相応しいように、ですか」

「はい。ですが次第に実権を持ちたくなったのか、政治に口を出すようになりました。結果、大后からは疎まれていき、事故を装って殺害されたのです」

「……それは確かな話なのですか?」

「我々は元は、大后陛下の手足をしておりましたから」


 残念ながら事実らしい。ダリウスの両親は元々純朴な人たちだったはずだが、地位や権益というものは人を変えてしまうのか。


「……そうですか。よく教えてくれました」

「クシャ様は知っておいたほうがよろしいかと思い、差し出口をいたしました」


 確かに、王家の複雑に絡んだ問題に何も知らず首を突っ込めば、いくらダリウスとて不快に感じるだろう。


(宮廷は難しい……)


 ナヴィドと別れたクシャは改めて大王の居室に案内された。謁見の間などではなく、大王自身の魔術工房である。魔術院を中途で去った彼だが、玉座に着いた後も魔術の研究を怠っていなかったのだ。


「来たかクシャ」


 工房内にいるのはダリウスとファルジン。そして昨年末に宰相となったばかりのフシュマンドである。中流貴族出の初老の宰相は、感情を伺わせない目でクシャを一瞥した。


「遅くなり申し訳ありません」

「構わぬ。今ファルジンに例の物を持たせたところだ」

「例の……」


 それは都市連合との戦争の最中、彼らが使う兵器を収集した物だ。魔術を使えないはずのヘラス人が用いる“火を吹く筒”である。


「“魔導砲”と呼ばれているらしい」

「魔導……やはり魔術が関係しているのでしょうか?」

「そこだが、ファルジン」


 クシャやダリウスと共に学んだ魔術師ファルジンは、この魔導砲の解析を任されていた。その結果を報告していたようだ。


「魔術や魔力が用いられていることは間違いありません。……ですが、帝国のどの魔術師が調べても、その仕組までは分からないのです」

「分からないだと?」

「見たこともない魔術式が複数合わさっています。何故ヘラス人がこのような物を作れるのか……」

「亡命したアリアナ人が、というわけでもなさそうだな……」


 ファルジンもダリウスも首をひねるしかない。


「この件は引き続き調べさせるとして。フシュマンド、そなたは下がってよいぞ」


 ダリウスは宰相を退出させ、室内はかつての学友だけとなった。


「宰相殿の前では肩が凝る」

「慣れろファルジン」

「ダリウス、俺を呼んだのは解析結果を聞かせるためだったのか?」

「いや、クシャには大事な話がある」


 前置きした後、ダリウスは一呼吸開けてからクシャに向き直った。


「昨年に決めていたことなのだが。我が義妹をスキティア王国に嫁がせる」

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