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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第一章 魔導戦線
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  レミタスの戦い②

「魔術師部隊、前へ!」


 号令を受け、戦列から少数の部隊が突出する。その先頭に立つのは動きにくそうな法衣姿の男たちだった。

 男たちは小さな隊列を組むと、目を閉じ何事かを唱え始めた。


 “魔術”と呼ばれる超自然的な力がある。火を、水を、風を、様々な現象を自在に操り、あり得ざる奇跡を起こす。“魔術師”はその力を司る者たちへの呼称であり、帝国の繁栄を多方面から支えてきた。

 今、数名の魔術師が力を合わせて術式を構築する。その間、軽装の歩兵たちが周囲を固めて術が完成するまで護衛する。

 やがて戦場に風が吹き始めた。その勢いは徐々に増していき、帝国軍への追い風となって吹き渡る。

 逆に連合軍の兵士は強風に顔を打たれ、舞い上がった砂塵に目をしかめる。これほどの風があれば互いに放つ矢の威力も変わるだろう。魔術師たちの魔術が戦場を支配し始めた。


「全軍、前進!」


 魔術の発動が成功したのを見届けると、ファルザードが命令を発する。帝国の兵士たちがゆっくりと、重々しく再び動き出す。

 その先頭を切って魔術師が進む。先程とは別の魔術師が両手を広げると、手のひらに炎が浮かんだ。その炎は徐々に火勢を増し大きな火球と化す。


「放て!」


 敵軍が間合いに入ったところで合図。空中を数十の火球が尾を引き飛ぶ様は壮観で、帝国軍兵士から思わず感嘆の声が漏れる。

 帝国軍は戦場において、まず魔術で敵を制した後、弓矢で射すくめ、歩兵と騎馬でとどめを刺す。特に今回は五十人を超える魔術師が動員され、その攻撃力は破格であった。


 ――破格である。そのはずだった。

 二段、三段と火球の群れが連合軍を襲う。敵兵が豚の丸焼きのようになる様が遠目に見えるはずであったが、ファルザードの目に映るのは無傷で前進してくる連合の兵士たちである。


「……なんだ?」


 ファルザードも幕僚たちも様子がおかしいことに気づき始めた。続けて号令が飛び、火球が放たれるも効果が無い。目を凝らして見ていたが、都市連合の兵が盾を掲げると、火球が触れた途端に消滅しているように見えた。


「おかしい、そんなはずは……」

「ファルザード様、敵が接近してきます!」


 見れば突出した魔術師たちに連合の歩兵たちが迫りつつある。護衛の兵士はついているが、装備の軽さから言って連合の重装歩兵には敵しようがない。魔術師たちは後退命令が来ないものかと振り返りこちらを伺っている。


「魔術師たちを下がらせましょう」

「ふざけるな、敵を一人でも殺してみせろ」


 構わず攻撃命令を繰り返すファルザードだったが、すでに困惑した魔術師たちは腰が引け、中には命令無視で逃げ出す者まで現れた。

 それを追うように連合兵の速度が増し、やがて前進は突撃に変わる。盾を手に、槍を掲げ、雄叫びを上げながら襲いかかった。

 まず護衛兵が破られる。押し包まれ、抵抗らしい抵抗もできず殺戮されてしまった。魔術師たちは敵兵の波に呑み込まれ、生き延びた者は必死に本隊へ駆け込んだが、その様が却って将兵の不安を掻き立てる。


 こうなっては直接干戈を交えて勝負するしかない。ファルザードは全軍に攻撃を命じた。


「弓兵、放て!」


 帝国軍から矢が飛び、連合軍へ雨のように降り注ぐ。連合の兵士たちは重装備である。盾を掲げ、隙間を作らぬよう密集しながらなお進み続けた。


「騎兵が突っ込めば……」


 帝国の騎兵部隊は連合のそれより数、質ともに圧倒的である。魔術が通用しなかった以上、彼らが勝敗を分ける要素となりえるか。


「……あれは?」

「どうした?」

「ファルザード様、連合の最左翼に飛び出した兵が見えますか?」


 連合の戦列から逸脱していく部隊がいた。少数で槍も持たない兵たちだ。


(弓兵か?)


 せいぜい二百程度の小部隊であるが、何か引っかかるものがあった。だがファルザードの注意は本体正面に迫る連合軍に引きつけられる。


「あれはラケディの軍隊です!」


 ラケディ市の重装歩兵と言えば、ヘラス地方でも最強と謳われる生粋の戦士たちである。ファルザードは思わず息を呑んだ。

 彼の周囲にはまだ数名の魔術師が控えている。この戦力を上手く投入すれば破れるかもしれない。そう算段を始めたときだった。


 突如、火球が飛んだ。連合軍の方からである。


「あれは……!?」


 先ほどの小部隊である。前方斜め角度から横面を叩くように多数の火球が飛び、帝国軍の前衛を火で包み始めた。その攻撃は二段、三段と続き、思わぬ火攻めに帝国兵たちが浮足立つ。


「何故、連合が魔術を?」


 あれはどう見ても火炎魔術だが、ヘラス人が魔術を使うなどと聞いたことは無い。それどころか魔術はアリアナ人の血筋が前提条件と言われてきた。だが今攻撃してくる部隊からは、どう見ても百人ほどの兵が火球を撃ち放っている。


「ファルザード様!」


 幕僚の焦りに満ちた声。立て続けの火球を受け前衛の一角が崩れ、そして正面では敵軍最精鋭のラケディ軍が突撃を始めていた。


(無理だ!)


 激突した。勢いをつけたラケディの突撃は一撃で帝国軍を押し返し、攻防はすぐに一方的な殺戮へと変わる。

 そして崩れたった帝国兵は敗走し本隊まで殺到した。こうなるともう支えられない。雪崩のように帝国右翼が崩れ始めた。


(何故だ!?)


 ファルザードはたまらず馬首をめぐらし一目散に逃げていた。必死で手綱を握りつつ、何を誤ったのか、何故こうなったのか考える。


(そうだ、敵の指揮官……)


 ヘラス都市連合の指揮官の名を思い出そうとした。まだ若くさほど警戒していなかったのだが、全てその男の思惑通りだったのだろうかと。


(確かテオドロスとか言った……)

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