戦雲の行方⑥
ダリウスの軍は北へ、青海を臨むリデア半島北岸に進む。気候も風景も、住む人々も帝都周辺と異なり、異郷へ来たのだという実感を得る。これが巡幸であれば足を止めつつ民の生活ぶりを知ることもできたろうが。
今は急ぎスファードへ向かわねばならない。だが<王の道>から外れると街道の整備が足りず、行軍に時間がかかる。ただでさえ山がちな地形が増えていることも辛い。
もどかしさを抱えつつ、ダリウスは兵を一部先行させて西の情勢を調べさせた。
「スファードの町はまだ持ちこたえている模様で」
詳細は不明だが、都市連合の軍勢は未だ町を包囲し、戦闘状態が解けていないようだった。
「それと、アシュカーン宰相が組織した別の部隊と連絡が取れました」
それは反乱軍の城の一つ、テウクロアを攻撃していた攻城部隊だ。彼らは味方の敗走を知ると不利を悟り、半島北岸沿いに退いた。
「まず彼らと合流しよう」
ダリウスの軍は当初一万人ほどだったが、道々兵を集めながら徐々に数を増やしていた。それを戦場に近づくにつれ「五万人の援軍が向かっている」と呼号させた。これが圧力になって伝わればという小細工だが、無いよりマシである。
やがて攻城部隊と合流した。その戦力は兵が逃げ散って半減していたが、併合してともにスファードを目指す。二万弱の援軍。五万という虚勢が空回りしない程度の数にはなった。
「少し前まではスファード城内と連絡が取れていました」
「包囲を掻い潜って連絡を?」
現場の者たちから経過を聞きつつ、いよいよ戦場に近づく。
「都市連合の本営を探し、余の言葉を伝えさせよ」
――余は都市連合との和睦を望む。
それは停戦と和平の申し入れだった。こちらから和睦を切り出せば足元を見られるだろうが、スファードの友軍を救うため止むを得ない。
それからは使者を先行させて都市連合方に接触を図り、一方で手頃な地形を選び陣地を構える。使者は幾度かの押し問答の末、ようやく都市連合の本営に大王の親書をねじ込むことができた。帝都を発ってから二ヶ月半が過ぎている。
和平の条件、その概要は以下のとおりである。
・都市連合はスファードの包囲を解除し、互いに全ての軍事行動を停止する。
・帝国はレミタス市の独立を承認する。
・リデア半島西岸で暴動を起こした者たちの罪を許す。
・暴徒によって占領された都市には住民の自治権を認める。
・双方が捕らえている捕虜を返還する。
その内容は先の和平案にいくつかの譲歩を加えたものだ。
「容易には呑まないでしょうな」
ナヴィドが言う通り、ここからは交渉という戦である。
***
突然の大王出馬と和睦の申し入れである。都市連合諸将は最初誤報だろうと思っていたが、斥候の報告と届けられた親書を見てじわりと汗をかいた。
「本当に大王直々に出向いてきたのか?」
武闘派のアリストン等は疑念もそこそこに即刻討つべしと唱えたが、これはさすがに周囲が抑えた。
目前のスファードが予想以上に耐え続け、もう三ヶ月ほどになる。戦争もすでに半年を超え物心両面から疲弊が極まっていた。この上背後に敵を抱えることなど到底できない。
協議の末、総司令官のフィンダロスは型通りの返答をしたためた。つまり、先の交渉で都市連合が掲げた条件に修正を加え、帝国に突きつけたのだ。
・帝国はスファードから軍を撤退させ、町は以後、都市連合の支配下に置く。
・帝国はレミタス市、及び反乱各都市の独立を承認する。
・帝国は賠償金を支払う。
捕虜の中から帝国の将校を選ぶと使者に立て、大王の下へ持参させる。目的は大王の真贋と反応を見ることだったが、戻ってきた捕虜は存外あっさりと大王本人であることを認めた。
「帝国は本気だ」
諸将は生唾を飲み込む。大王の背後に当然控えているであろう大軍の影を想像したのだ。
(大王の軍はハッタリだろう……)
テオドロスは軍議の流れを静かに見つめていた。恐らく、全軍を反転させてダリウスを討とうとすれば高い確率で勝てる。その意味では勝ち気なアリストンたちを推したい気もしたが。
(ここらが限界だろう)
心のなかで炎が静かに消えていくのを感じ、テオドロスはただ目を閉じた。
それより後は使者の往来が繰り返され、意見の衝突を続けながら相手の肚を探り合った。どちらがより強気で押し切るか。何を得て何を切り捨てるか。最終的にダリウスとフィンダロスが幹部を引き連れて対面し、和平条約の妥結に至る。
帝国は反乱都市に対し、自治権の付与ではなく独立を承認するという譲歩を示した。対する都市連合はスファードの領土化を諦め軍を退くことを了承する。
大陸歴一〇四三年、十月二三日。アリアナ帝国とヘラス都市連合はスファード郊外の地において文書に調印。この『スファードの和約』と呼ばれる和平条約により、半島の動乱と“大戦”以来続いてきた戦闘状態は一応の終結を見た。




