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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第一章 魔導戦線
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  ドレス島沖の海戦③

 空を黒煙が覆った。帝国艦隊の中央で巨大な炎が踊っている。


「“魔導の兵器”、いいではないか」


 都市連合のサンダー提督は会心の笑みを浮かべていた。

 テオドロスから託された魔導砲。火炎を放つ最新兵器が約二〇〇丁。それだけの兵器をリデア半島ではなく、サンダーの艦隊に配備してあった。

 これをサンダーは小型船に一丁ずつ装備させ、即席の突撃艇を一〇〇艘仕立て上げた。小回りの利く船で大型艦の隙間を縫い、魔導砲を撃ち込む戦法である。


「こちらも上手くやらねばな」


 帝国の出鼻は挫いた。続けてサンダーは自軍の三段櫂船を突撃させ敵の艦列を貫く。

 激しい衝突で敵船が浸水、傾いていく。矢が飛んでくるが盾で防ぎつつ、櫂を逆に漕いで後退。然る後に向きを変えて敵中を突破していった。

 そうして敵の背面に回り込むと、こちらも装備してあった魔導砲を撃ち放つ。帝国艦隊は焼き討ちに分断が重なり混乱するばかりだ。


「だが勝負を急ぐな。帝国の魔術師がいる」


 サンダーは興奮を抑えて冷静に指示を出していく。見れば帝国艦隊はすでに撤退の構えだ。見切りのいい指揮官である。


「あまり追い詰めると反撃がありますか」

「そういうことだ。敵の正面には立たず、その背を討てばよい」


 逃げる敵ほど討ちやすいものは他にない。都市連合艦隊は敵船を拿捕せず、捕虜も取らず、帝国艦隊の後ろに張り付いたまま少しずつ蚕食していった。


「先行した艦が炎上した模様」

「馬鹿め、近づきすぎだ」


 帝国の魔術師が反撃の炎を放っていた。その姿は神話に出る巨獣が、傷だらけになりつつも口から血と炎を巻き散らかすようだ。

 全艦に距離を保つよう改めて指示を出し、サンダーは敵とその先の海を見据えた。




 ダヴドは懸命に逃げた。武人としては恥ずべきことだが、それが彼の決断であった。頑なに踏み留まれば壊滅する。それでは白海の制海権が都市連合に渡り、半島の本隊が脅かされる。恥を忍んで艦隊を温存する必要があった。自身の名誉が地に落ち海底に沈むだけなら問題はない。

 各艦は漕手の奴隷たちを急き立て、時に鞭で打ちながら逃亡した。


(ドレス島まで戻ってきてしまった……)


 昨夜停泊し、今朝発ったばかりの島だ。ドレス島と半島の間には小さな島が群れていて、艦隊を広く展開できない。帝国艦隊はこの海峡に逃げ込んだ。

 途端、艦が大きく揺れる。投げ出されそうになった体を支えながら、ダヴドは海の状況を見て蒼白になった。


(馬鹿な……)


 眼前の海峡に渦の如き荒波が立っていた。岩を砕かんばかりの波濤が飛沫を上げている。踏み込めば艦が呑まれるのは目に見えているが、ダヴドは思考が停止していた。背後からは敵が追ってきている。引き返す暇はない。

 考えているうちに再度の衝撃が襲った。味方艦に追突されたのだ。体勢を崩したダヴドたち乗員は海に放り出される。

 波に揉まれながら最後に目にしたのは、栄光ある帝国艦隊が炎と水に呑まれていく、悪夢のような光景だった。




 海に突き出した岬から戦いの様を臨む一団があった。眼下で帝国の艦が転覆し、あるいは打ち上げられる。行き場を失った艦は都市連合に追い詰められ、討たれた。


(白海艦隊の末路がこうも無惨になるとは)


 都市連合に亡命したファルザードがそこにいた。共に亡命していた配下の魔術師を連れ、この海峡に突然の渦潮を発生させたのだ。

 帝国の艦隊が海に散る様を見て沸き起こる感情は、意外なまでに淡白だった。かつての同胞への罪悪感は無い。自分に与しなかった者たちの死に溜飲が下がるでもない。胸が震えたのは恐れのためか興奮によるものか、それも定かではない。


(テオドロスという男、想像以上だ……)


 テオドロスはサンダー提督に策を授け、ファルザードを遣わした。それだけと言えばそれだけのこと。だが遠くリデア半島に身を置きながら帝国艦隊を壊滅に追い込んだ。

 これで戦争は大きく動く。ファルザードはもうひと働きするため東へ馬を走らせた。

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