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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第一章 魔導戦線
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  激突⑤

 ほんの一年前、都市連合の将兵はレミタス市を攻略するため海を渡った。それが今はレミタス市を足がかりに、帝国の諸都市を解放するため再び海を渡った。対する帝国は政変や内乱を乗り越え、新たな体制を敷いて反乱を鎮めようと躍起になっている。

 時代が加速したのだろうか。世の転変ぶりに気後れしそうな心情を抱えつつ、クインタスは兵を進めていた。


 ヘラス都市連合の軍勢は拠点を構えるレミタス市まで後退した。四万もの兵士たちは城内に収まらないため、城壁の周囲に多数の陣幕が張られ、巨大な野戦陣地を形勢していた。

 そこにラケディ市の軍が遅れて帰投する。スファードの攻略は失敗に終わったが、大きな損害なく撤収できたのは彼らの貢献によるものだ。


「アリストン王、よくやってくれました」


 総司令官のフィンダロス自らラケディ軍を出迎えた。傷の無いものは一人としてなく、激戦ぶりがうかがえる。


「若造の軍に助けられたわ」


 アリストンが示したのはテオドロスの傭兵隊である。歩兵隊を率いるクインタスは会釈だけしてその場を通過していった。

 被害は抑えられ、主だった将帥に欠けた者も無い。だが空気は微妙なものだ。帝国の魔術戦に耐えながらの攻城戦。スファードを落とせなかったことで戦争の早期終結は見込めなくなった。


(戦いは一層苦しくなるのではないか)


 パラス軍の宿営地にたどり着く。先に帰投していたガトーやマルコスの隊が休息していたが、一部様子のおかしな者たちがいる。


「何かあったのか?」

「ああ、クインタス殿。マルコス殿の様子が……」


 ガトーが思案顔である。見ればマルコスが放心顔で部下に心配されていた。


「マルコス、どこか傷でも負ったか?」

「……」

「マルコス?」

「……」

「パラス一の色男」

「呼んだか?」

「いや、呼んでいない」


 正気に戻ると急に髪を整えだすマルコス。それだけ身だしなみが乱れているし馬も失ったと聞いた。


「お前ほどの騎馬隊が苦戦したそうだな。さすがは帝国の先鋒といったところか」

「あぁ……」

「どうした、魂が抜かれたような顔をして」

「……見ちまったんだよ」

「何を?」

「美しいものを」

「頭でも打ったのか? それとも慣れない哲学でもしているのか?」


 マルコスは熱に浮かされたような状態だが、元来やかましい男なのであまり心配もせず、クインタスとガトーは幕舎に入り込んでいった。


「兵たちの様子はどうか?」


 テオドロスとカリクレスが二人を迎える。


「マルコスの隊が少々攻撃を受けましたが、パラス軍の被害は微々たるものです。後ほど未帰還者を調べ、捜索を行います」

「ご苦労だった。皆を休ませてくれ」


 テオドロスはいつもの風が吹くような態度で言った。カリクレスが難しい顔で報告書と向き合うのとは対象的に。


(テオドロス閣下は戦局をどう捉えているのか……)


 帝国軍本隊の来援により戦況は混沌とするだろう。 

テオドロスが今回持ち込んだ魔導の兵器、“魔導砲”の数は多くない。また指揮権限も限られるため、戦局全体に影響をおよぼすのは難しい。

 クインタスはテオドロスを信用しているが、普段から何を考えているか分からないところがある。


(……まあいい。軍人は命令を遂行するのみだ)



***



「この程度、たいした怪我ではない」


 マフターブは強気に言ったが、捻挫した足は明らかに腫れていた。戦場で落馬した時だろうか。戦闘中はそのまま戦い通したが、落ち着いたところで部下たちに担ぎ込まれてきた。


「しばらく布で固定して、歩く時は杖を使うように。馬には乗らないで」


 クシャが慣れた手付きで処置してくれた。こうしている姿は魔術師というより町医者のようである。


「湿布もしておいたが、痛むようなら鎮痛作用のある薬草も用意しよう」

「ひとまずは大丈夫だ」


 部下の肩を借りて立ち上がるマフターブ。

 城内には診療所が設けられ、兵士と住民の区別なく治療に当たっていた。魔術師たちは薬品に詳しいこともあり医者の仕事を手伝っている。


「ここもクシャが用意させたのか?」

「ああ。籠城戦には欠かせないだろう」

「来る途中少し城内を見たが、思ったより清潔だし住民も元気そうだな」

「健康と衛生の管理には気を配ったから」

「ああ、籠城戦が疫病によって内部崩壊した例もあったと聞く」


 そうした戦いでは一般民衆も犠牲になることが多い。マフターブは少し表情を曇らせてクシャに問うた。


「……この戦争は長引くだろうか」

「そうなるだろうね」


 アシュカーンはこの後、反乱都市の制圧に乗りだすだろう。戦線は延び、双方掴み合いの持久戦に発展する可能性が高い。


「反乱か……。ヘラス人は何が不満で帝国に背いたのだろう」

「さて、種族の違い、長年培ってきた文化の違いが根強かったのか」


 ヘラス人は論理的で自由を好むという。その気質が民衆自身の手で国政を担うという体制を支持しているのだろう。一方帝国は様々な種族が住む。各地の文化や習慣は尊重されるが、基本的には帝国への隷属を求められた。

 だがそれは同時に帝国の保護を得られるということでもある。実際、帝国は各地に軍を駐留させて外敵を防がせている。特に異民族の侵掠が激しい辺境では、民の方から帝国の傘下に転がり込んでくる者もあった。


 それでもヘラス人は自由と自治を求めているのか。クシャとしては考えさせられる。都市連合と帝国の戦いは、それ自体が互いの国家体制を否定する争いなのだろうか。だとすればヘラス人の反乱はダリウスの足下を揺るがしかねない、そんな重い意味を持つ戦いとなる。


(そして苦しむのはいつも民衆、か……)


「またクシャは難しい顔をしているな」

「……しょっちゅうそんな顔をしていたかい?」

「たまには私に相談してもよいのだぞ。また何か手伝ってやろうか」

「相談……手伝いと言うなら」


 クシャが立ち上がって向かった先では、傷の深そうな兵士がうめき声を上げていた。


「この兵士、足が腐ってしまった。マフターブの剣で斬り落としてほしい」

「え……」

「ノコギリでは酷く苦しむ」

「え……」

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