激突④
「奴らを逃がすな!」
マフターブの鋭い声が味方を叱咤した。彼女と麾下の騎馬たちは一本の刃のようになり敵に襲いかかる。待ちわびた原野での戦いだ。思う様駆け、敵の首を掲げてやる。
降り続いた雨のため地面が酷くぬかるむ。だがこれはクシャたちの頑張りだ。否、クシャは土しかいじれないが、頑張ったはずだ。ならば次はこちらの番である。馬の背を締める足に気合が入る。
歩兵ばかりのラケディ軍にはすぐ追いついた。陣形も整っていないその軍容に対し、角を削り取るように騎馬隊をぶつける。駆け抜けた後には薙ぎ倒されたラケディ兵が転がった。
まだ攻撃は続く。刃から鞭のように変化した騎馬隊が、うねりつつ敵側面を打った。立ち止まって槍を向けてくる敵もいたが、加速した一撃で弾き飛ばしてやった。如何に精強な兵といえど、歩兵と騎兵では馬力で差がつく。
マフターブ隊の別側面からはバフラーム将軍の軽装騎兵が追いすがり、馬上から弓で攻撃した。その様は草食動物の群れを獣が追い立てるようでもあった。
都市連合の遅れていた部隊も血相を変えて逃げ出す。荷駄や陣幕など置いたまま。
(もう一撃!)
再び弧を描くようにしてラケディ軍に激突したが、その槍が岩でも叩いたように弾き返される。
マフターブの目が敵の姿を捉えた。一人だけ違う男がいる。装束や風体というより存在の異なる男が。
(指揮官か)
であれば噂に聞くラケディの王かと思い至る。脳裏に熱が湧くのを感じた。
マフターブは周りの雑多な軍は無視し、ラケディ軍に狙いを絞って攻撃した。この連中は今ここで破っておきたい。そう思わせるだけの強敵だ。その意を感じ取ったのか、軽装騎兵を率いるバフラームもラケディ軍へ矢を射こむ。
じりじりと出血を強いられるラケディ軍は、アリストンを中心に円陣を組み、ハリネズミのごとく槍の山を築いた。帝国の騎馬が近づけば槍を怒らせ、盾の壁を作っては矢を防ぐ。
アリストン王は挟撃されつつも機を待っていた。敵は統率された良き騎兵だが、これを退ければ脱出は不可能ではない。
(引き付けてから、逆に打ち破る)
だが帝国軍は安易に近づいては来なかった。騎兵だけの突出した追撃を止め、後続を待っているのか一定の距離を保たれる。付かず離れずが一番面倒である。
(一点突破、狙うしかないか)
徐々にレミタス方面へ移動しながら機を伺うラケディ軍。その周囲を肉食獣のようにうろつく帝国騎馬隊。
その均衡を破ったのは新たな部隊の出現だった。馬蹄の音が徐々に近づき、マフターブの視界に騎馬の一群が侵入してくる。
「連合の新手か!」
マフターブは心の中で舌打ちしつつ馬首をめぐらした。ラケディ軍はバフラームに任せ、自身の重装騎兵は都市連合の騎馬隊に向ける。
大した数ではない。そもそもがヘラス人は馬術に優れた人種ではないため、軽く揉んでやるつもりでいた。
だがマフターブはすぐに認識を改めることになる。
(様になっている……)
きれいなくさび形の陣形で迫る敵。傍目に見て弓主体の軽装と分かるが、ヘラス人と騎馬民族の装束が混じったような出で立ち。
(何かが違う!)
敵が転進した。目前で急に方向転換するとマフターブらに矢を射こみ、そのまますれ違う。
避けつつ進んだマフターブたちの背後に、その敵は張り付いていた。
「こいつら!」
マフターブの瞳が殺気を帯びる。決めた。ラケディ軍の前に奴らを倒す。
(テオドロス閣下も無茶をさせてくれる)
不平というわけではないが、指揮官のマルコスは心中でボヤいた。彼の上官テオドロスは、ラケディ軍を助けるために自身の部隊を反転し、この戦場へ投入したのだ。
(まあ、酒も女も無い戦場なら、戦っている方が面白い)
マルコスが馬首を巡らすと、配下の騎兵たちも一糸乱れぬ動きで従う。異民族の兵を組み入れたこの騎馬隊を、マルコスは連合でも最強の精鋭と信じている。
初めの一射の後、帝国騎馬隊の背後を取った。続けて矢をつがえ狙いを定める。
だが目の前の敵、マフターブの騎馬隊は急速に旋回、弧を描く動きでマルコス隊の更に背後を取ろうとする。先頭を行く指揮官と遠くに目が合った。
(不味い)
マルコスの部下が何騎か遅れていた。ほんのわずかな遅れであったが、そのためにマフターブらに追いつかれ、馬から叩き落される。
敵の素早い動きを見てマルコスは手綱を握り直した。あれは精鋭の騎馬隊だ。気を抜けば背後を取られる。発せられる殺気は剣のように鋭く、背中に嫌な汗をかいた。
騎馬戦は異質な様相を呈した。二つの騎馬隊が蛇のようにうねり互いの背後を取ろうと地を這う。その間、バフラームの騎馬隊だけではラケディ軍の移動を抑え難く、状況は都市連合に有利な形へ移行して見えた。
マフターブは焦燥感を募らせる。騎兵同士の機動戦において重装備の自軍が不利なのは明らかだ。やがて先に息切れする。
「任せた!」
配下の者に隊の指揮を委ね、マフターブは単騎で駆ける。狙いは連合騎馬隊の指揮官と思しき男。
(来やがった!)
その意図に気づいたマルコスは隊列から脱して鋭鋒を逃れたが、マフターブは構わず追いすがる。その鼻面めがけ、マルコスは振り向きながらの騎射で矢を見舞った。
鋭い矢はしかし槍で払い落とされる。それでも続けて一矢。今度は軽く上体を動かすだけでかわされた。一射目で軌道が読まれたらしい。敵の反射能力にマルコスは舌を巻く。
そこで彼は馬の歩をかすかに緩めた。距離が縮んだところでマフターブは槍を握り直し、マルコスを貫かんと投擲の構え。
「そこだ!」
上体が起きたところへマルコスの騎射。だがこれはマフターブの想定内だった。掲げていた槍をくるりと回して矢を防ぐ。
そのはずだった。だがマルコスは直前で狙いを変え、彼女の乗る馬の首筋に矢を当てて見せた。
「獲った!」
マフターブの馬が悲鳴を上げて転倒する。手応えあり。心の中で拳を握ったマルコスは、次の瞬間に信じられないものを見る。
マフターブが落馬する前に馬の背から飛び上がり、そのまま槍をぶん投げてきたのだ。唸りとともに飛来した一撃はマルコスを外れたが、馬の頭部を貫き一撃で絶命させた。
(嘘だろ)
互いに馬を失い地を転がる。起き上がりながら弓を構えたマルコスだが、矢が矢筒から全て散っていた。
マフターブもすぐに剣を構える。兜が飛んで銀灰色の髪をなびかせながら、女武将は敵を見据えた。
一方、雷に打たれたように停止したのはマルコス。敵将の姿に目を奪われていた。
「お嬢さん名前は?」
訛りのあるアリアナ語で問うた。
「私はクルハのマフターブ。大王直属の戦士だ。この首取れるものなら取ってみよ」
相手に剣の切っ先を向け、殺意も露わに名乗る。だがマルコスはまるで聞いていないように受け止め、言い放つ。
「俺と結婚してくれ」
その言葉にマフターブは訝しんだ。相手が慣れないアリアナ語で痛恨の言い間違いをしたのかと哀れんだが、言葉としてはこう応じる。
「“決闘”がしたいのか? 面白い、受けて立とう」
「違う、そうじゃない」
「いいから剣を抜け。いや、さっさと首をもらうことにしよう」
問答無用で首を狩りに行くマフターブ。その間に割って入るように数騎の騎馬が現れた。それぞれの部下が主を守るため駆けつけたのだ。
部下に守られつつ後退、それで激突は回避された。互いに体勢を立て直した頃には都市連合の軍勢が遠くに去っていたが。
狙いを定めたつもりの敵に立て続けで撤退を許し、マフターブは悔しさを滲ませた。
大陸歴一〇四三年、四月。スファードの町を巡る攻防は都市連合軍の撤退により終息した。だがリデア半島の争乱は終わる気配を見せぬまま季節は巡っていく。




