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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第一章 魔導戦線
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  激突②

 スファードの攻城戦は難航し続けている。春の嵐は断続的に繰り返し都市連合の兵を苛んだ。地面はぬかるみ兵も攻城兵器も思うように進まない。

 都市連合の諸将は軍議を重ねるが打開策を打ち出せなかった。こうしている間にも帝国軍がスファードを救けるため<王の道>を進んでくるだろう。焦りが募るばかりだ。


 その日、戦場は久々の晴れ間に恵まれたが、将兵の士気はすっかり曇っている。軍議に集った将帥たちは足取りも重く本営に入った。

 そんな彼らだが、この日はある種の緊張感で軍議は張り詰めることとなる。


(誰があんな席順にしたのだ……)


 彼らが気になったのは、パラス市の参謀テオドロスとラケディ市の指揮官アリストン王が隣り合ってしまったことだ。

 二人はレミタスの戦いの折に意見が対立し、一触即発の事態にまで至った。それを知っている者たちは遺恨が再燃しないかと懸念しているのだが。


「貴公は何か考えがあるのではないか?」

「いいえ陛下、現段階では何とも言えません」


 二人は特段問題無く言葉を交わしていた。

 テオドロスは昨年、将軍職を返上した後に、アリストンに対して個人的に謝罪の手紙を出していた。そしてアリストンは、わざわざ下手に出てきた相手を無下にすることなく謝罪を受け、世人が知らぬうちに問題は終了していた。

 そうとは知らずにテオドロスらを注意深く見る者たち。彼らを眺めて少し可笑しくなるテオドロスであった。


「誰か壁を突破できないのか」


 都市連合軍の総司令官を務めるフィンダロス将軍は苛立ちを隠さず机を叩いた。チベ市を代表する将軍である彼だが、この城攻めにおいては手詰まりとなっている。

 テオドロスから見たところ、けして無能な将軍ではない。過去にも帝国との戦いで勝利を収めているが、今回の戦役とは規模が違った。


 渡海した都市連合の兵はすでに四万を超え、これに半島の反乱軍や艦隊戦力を加えれば六万近く。ヘラス軍人でこれほどの大部隊を広域にて運用した者は稀であろう。




「こうなってはスファードの攻略は困難だ。一度レミタス市まで兵を退き、体勢を立て直すべきではないか?」


 タナシス将軍が慎重な彼らしい意見を出した。テオドロスもこれには賛成である。しかし他の将軍たちは納得できずにいた。


「スファードさえ落とせば帝国は西部の足がかりを失う。ここさえ落とせば……」

「だが現状、城が落ちる気配は無いぞ」

「もうしばらく待てば天候は安定しないだろうか?」

「そうしているうちに帝国の援軍が来る」


 重ねて説き伏せるが、眼の前の大魚が魅力的なだけに諦めきれない様子である。


「諸君は一つ勘違いをしてはいないか。我々連合軍が海を渡ったのは、ヘラスの同胞が帝国から独立するのを救けるためだ。敵を討つより味方の安泰を図ることが優先であろう」


 タナシスの言葉は耳にも頭にも届いているが、彼らの心に受け入れられなかった。結局、天候が回復するまでしばらく様子を見るという保留案で軍議はまとまる。


「ではせめて、帝国軍が現れるであろう<王の道>を封じておくべきです」


 発言したのはテオドロスだった。

 スファードは<王の道>の終着点であるが、この幹線道路は一部山岳地帯も通るため、狭隘な地形に陣地を築けば帝国軍を阻止できるだろう。


「それがよい。この役目、我らパラス軍が担ってもいい」


 タナシスもこの策を推したが、すぐ隣からアリストンが立ち上がった。


「悪いがその任、ラケディに譲ってもらいたい」


 武闘派の気質か、より危険な戦場を好むラケディ軍の指揮官らしい選択だった。単に城攻めに飽いただけかもしれないが。




 ラケディ軍が布陣する間も城への攻撃は続いた。帝国の魔術師が息切れしてきたのか、雨は減り気温も上がってくる。そのため継戦を訴えた者たちは勇んで城壁に迫ったが、急報が戦況を大きく揺るがすことになる。


「帝国軍接近!」


 ラケディ軍の物見が<王の道>を進む帝国軍を発見した。それだけではない。


「レミタス市より伝令、帝国軍が出現したとの情報が!」


 この報せに都市連合の軍議は騒然とした。帝国の援軍は<王の道>だけでなく、半島の南岸を進んでレミタス市に迫っていたのだ。


「レミタスが落ちれば我らは孤立するぞ!」


 軍議は一挙に撤退へ傾いた。誰一人異議はなかったが、問題はラケディ軍の扱いである。街道の封鎖に向かった彼らは自然と殿軍の役目まで押し付けられることとなった。



***



 半島の反乱を鎮めるため発した帝国軍。その兵数は五万三千人という大軍だが、これを<王の道>だけで進軍させては時間がかかりすぎる。よって二万の別同軍を半島の南から進ませていた。

 <王の道>方面はアシュカーン自身が率いる本隊である。その先鋒が立ちはだかる敵部隊を認めた。


「街道に蓋をされたか」


 アシュカーンには想定済みのことだった。土砂など物理的に封鎖された場合に備えて土魔術の使い手も連れてきている。


「一度仕掛けてみよ。突破できるなら、そのままスファードまで進撃してかまわぬ」


 先鋒に指示しつつ全軍の移動は停止する。数刻後、届いたのは血相を変えた敗北の報せだった。


「先駆けした歩兵部隊が敗走。敵はラケディ軍のようです」

「さすがに精鋭を置いてきたか」


 この情報を行軍待ちのマフターブも耳にしていた。


「ラケディとはそれほど強い連中なのか?」


 彼女は都市連合との戦闘経験が少ないため、手近な将校に尋ねてみた。


「連中は気が狂ったような戦闘集団ですよ」


 その答えがこれである。

 一般的なヘラス人はよく喋り、理論や議論を好む。それに対してラケディ市民は寡黙で戦闘気質を持ち、異質な伝統を誇っていた。一言で言えば軍事国家である。

 ラケディの男子は幼い頃に親元から離され、兵士となるための訓練を始める。また集団生活を強いられることから結束力も高い。戦場にあっては退かず媚びずの精神で進み続け、槍が折れれば剣で、剣が折れれば拳で、拳が砕ければ噛みついてでも戦い続けるという。かつての“大戦”で最も活躍した軍の一つであるが、逆を言えば帝国にとって最も忌まわしい敵である。


「なんでも、身体の弱い子供は捨てるとか、成人の儀で人を殺すという話もあります」

「なんだそれ怖いな……」


 猛将マフターブも眉をひそめる逸話の数々だが、そんな連中と矛を交えたいと感じる自分が可笑しかった。


 アシュカーンは詳しく敵状を調べさせた。ラケディ軍は<王の道>に柵まで構えて防戦の構えだ。ヘラスの重装歩兵が隘路に隊列を組めば、正面から突破するのは困難だった。

 そこにマフターブが騎馬で現れると、自身の重装騎兵部隊に出撃許可を求めた。だがアシュカーンはそれを聞き入れず他の部隊に攻撃を命じる。


「貴公の騎馬隊は原野でこそ役に立つ。ここを突破するまで待つのだ」


 宰相にこう言われては仕方なく、マフターブは戦況を見守ることにした。


(クシャたちは無事にしているだろうか……)


 視線の先、スファードの空は雲に覆われている。マフターブは助太刀に行けないもどかしさを堪え、麾下の部隊に合流するべく駆けた。

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