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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第一章 魔導戦線
37/235

7:激突①

挿絵(By みてみん)


 大陸歴は明けて一〇四三年、三月。クシャはリデア半島のスファードへたどり着く。そこで彼が目にしたのは、城壁を囲むヘラス都市連合の軍勢だった。


「すでに、ここまで追い込まれているのか……」


 昨年から広まった半島西岸の反乱は都市連合の後押しで勢いを増し、テウクロア、スミルナ、アパサなどの都市が反乱軍に制圧された。この機に都市連合は速やかに兵を渡海させ、反乱軍と共同戦線を張ってしまった。


 この事態に帝国は、半島における最重要拠点であるスファードに兵を集め、反乱鎮圧に乗り出した。

 スファードの町は<王の道>の終着点でもあり、半島西岸を支配する要の地である。先年のレミタスの戦いにおいてもここから帝国軍が出撃し、レミタスの救援に向かった。だがテオドロス率いる野戦軍に打ち破られ、しばらくは逼塞を余儀なくされていた。


 そのスファードから再び、レミタス市へ軍が出撃した。今回は町の救援ではなく、これを攻め落とすためである。

 すでに都市連合の支配下となっていたレミタスは、自然と反乱各都市をつなぎ、対帝国戦線の中心となった。帝国軍としては、レミタスを落とせば反乱そのものを瓦解させられると見なし、積極的な攻勢に出たわけである。


 しかし、都市連合の大部隊が半島に上陸すると形勢は逆転。帝国軍はスファードまで後退、籠城を強いられることとなった。




 スファードを含むリデア州の太守メフラクは、スファードの城壁から都市連合軍の陣容を眺めていた。日に日に包囲が厚くなる。帝国にとってレミタスが標的だったように、都市連合はここスファードに兵力を集中してきている。

 上陸してきた都市連合の軍勢は三万とも言われ、ここにいる帝国軍だけでは太刀打ちできない。このまま城が落ちればヘラス人の反乱、すなわち帝国からの独立は実現に向かって前進するだろう。


(そして俺はヘラス人か大王、いずれかに首を斬られるだろう)


 彼個人が生き残る道を考えれば、都市連合へ降伏するという選択肢もあるだろう。だが帝国にとって幸いに、メフラクは名誉をそれなりに重んじる男だった。敵に城を明け渡し命乞いをするなど矜持が許さない。少なくとも今は。


「閣下、こちらにお出ででしたか」


 配下の将校が城壁まで登ってきた。メフラクを探していたようだ。


「敵の陣容を見てみろ。虫一匹も通れそうにないではないか、必死なことよ」

「はあ、胃が縮みそうな眺めであります。それより閣下」


 その将校は意外な報せをもたらした。


「援軍だと?」

「と言いますか、軍と言うほどの人数ではないのですが」

「そんなものが何処にいる?」

「すでに城内へ」


 メフラクは意味が分からないまま問題の起きた現場へ向かう。すると兵士たちが人だかりを作り、その中心に穴が開いている謎の光景を見た。


「地面から……大王の魔術参謀と名乗る男が」


 聞けば突然地面に穴が開き、地下から土まみれの男が現れたという。


「あなたが太守のメフラク閣下?」

「……貴殿は」

「魔術参謀のクシャ、助太刀に参りました」


 クシャは城を囲む兵に見つからぬよう、遠くから魔術で坑道を掘り、城内に入り込んできた。配下には何名かの魔術師と数百人の兵士が帯同している。


「いずれアシュカーン閣下が援軍を率いて参ります。それまで守り抜きましょう」

「大将軍、あいや宰相閣下が直々に来られるか」


 その報せに城の将兵は士気を持ち直した。特にクシャが連れてきた魔術師たちの参戦には期待が寄せられる。

 クシャはまず兵士に案内され城内の守備状況を把握にかかった。今のところ、城壁に危うい箇所は無い。だが城外の連合兵は数を増し、攻撃は一層苛烈になると見られる。


「連合の兵士たちはおかしな盾を持っています」


 スファードにも魔術師は数名いるが、彼らの放った炎が敵の盾でかき消されるのだという。


「レミタスの戦いでも同じことが起きたと報告にあったな……」


 守りについては分かったが、クシャが気になったのは城内に避難民が多いことだった。そこかしこに粗末な天幕が張られ、やつれた人々がたむろしている。


「彼らはどこから?」

「ヘラス人に奪われた都市から逃げてきたのです。アリアナ人が迫害されるようで」


 反乱軍の手に落ちた都市の混沌ぶりが想像できてしまう。僅かな荷物に着の身着のまま逃れてきた避難民たちが、ここでまた敵軍に包囲されている状況にクシャは心が痛んだ。


 ひとしきり巡回した後、クシャも加えて軍議が開かれる。


「アシュカーン閣下が来援するまで城を守りきるわけだが。魔術参謀殿、何か策は?」


 諸将の視線を集めてクシャが作戦を説明する。


「魔術師を城壁から下げて、全員で大規模な術式を施します」


 属性を複合した大魔術式。そのために祭壇の設置と兵の装備を提示する。


「確認しますが、城外の農村はどうなっていますか?」

「農民は城内にできるだけ避難させています。畑は敵に荒らされて、今年は台無しでしょうな」

「……せめてもの慰めと言っていいかどうか」


 最後に、避難民にも寒さを凌げる屋根と壁の提供を依頼し、クシャの作戦が始まった。



***



 天候が悪化した。春の嵐というべきか、強烈な雨と風がスファード一帯を襲う。


「もう四日も雨続きか……」


 幕舎の中でパラス市の将軍タナシスがこぼした。

 スファードを包囲していた都市連合の軍だが、この悪天候により攻撃の手を止めていた。それでも包囲を解くわけにはいかず、今も前線では兵士が雨に打たれながら、城壁を監視し続けている。

 そして夜になれば気温が一層下がり、凍えて体調を崩す兵が出始めていた。


「この雨では貴殿の“魔導砲”も効果を発揮しないな」


 タナシスは側に控えるテオドロスに視線を向けた。


「おっしゃるとおりです。しかし状況はより深刻かもしれません」

「この雨か。まるで止む気配がないな」

「聞くところによると、帝国の魔術師は天候も操ることができるとか」

「やはり敵の策か」


 魔術師が意図的にこの雨を呼び寄せたとしたら。将兵が受ける影響は城壁の内と外で雲泥の差がある。


「パラスから貸与した“封魔の盾”を見て、やり方を変えたようだな」

「炎は防げても寒気までは抑えられません」


 狡猾なやり方だとタナシスは思う。直接兵を害するわけではないが、徐々に戦力を削がれる。


「……帝国の本隊が来るまでに攻め落とせるかどうか」


 思案しながら将軍は若き参謀の表情を見る。テオドロスはいつもどおりの涼しい顔で戦場の地図を眺めていた。


 タナシス将軍は初老の軍人で、三十年以上パラス市のために戦ってきた宿将である。だが長大な軍歴に反し、“灰色の将軍”と呼ばれ市民の受けはよくない。軍を率いては守勢に回ることが多く、華々しい戦果はごくわずか。それこそ参謀として従うテオドロスより少ないのではと囁かれている。


 ――テオドロス君と上手く協議して戦果を上げてくれ。


 出征前にクレオン執政官から言い含められた。タナシスは自分が抜擢された理由が分かっている。他の将軍たちでは能力不足か、テオドロスに対抗意識を燃やしかねない。だから無難な自分が選ばれた。


(市民のため、ヘラスの自由と民主政のため戦うことに変わりはない)

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