リデア動乱③
ヘラス地方を西から東へ。人と荷駄、あるいは船が移動していく。多くの物資が海を越え、対岸のリデア半島に運ばれていた。
大陸歴一〇四二年、十二月。リデア半島で起きた反乱に対し連合各都市は支援を表明。連合理事会においても正式にこれを後押しすることが決定された。
まず食料や武器、その他必要な物資の供与。警備目的で少数ながら戦闘部隊の派遣も行い、各地に自治政府が成立するのを助ける構えに出た。
これに対して帝国からは不干渉を求める使者が来るも、連合側に拒否され帰国していった。今帝国は、半島における最重要拠点スファードの町に鎮圧のため軍を集めている。
年は暮れ、人々は新たな一年を迎えようとしているが、その耳目は半島を巡る緊張の高まりに集中していた。
「出征計画が早くまとまってしまいそうだ」
テオドロス邸にて、クレオン執政官が困り顔でこぼした言葉がそれだった。
「そのつもりで暗躍していたのではないのですか?」
「いや、私も一枚噛んではいたがね。一連の計画はチベ市などが主導し、今度の出征も彼らが中心になっている」
クレオンが懸念しているのはその内容についてだった。
「早いんだよ。二月には軍を渡海させるつもりでいるようだ。君を将軍職に再任するため、三月の選挙の後が好ましいのだが」
「私はいつでも、自分の軍を率いて参戦するつもりですよ」
「君にはパラス軍全体の指揮を執ってもらいたかったのだよ」
(事前に話もしておかずに都合のいい)
側で耳を傾けている参謀のカリクレスが心中で漏らした。
「どうだろう、今回は特例として君に指揮権を付与できるよう提案してみたいのだが」
「制度を曲げるのはよくありませんね。現職の将軍たちも気を悪くするでしょう」
「だが、彼らではいささか頼りない。少なくとも私は心配だね」
次の出征では連合軍総司令官をチベ市の将軍が務め、パラス市はその指揮下に入ることになりそうだった。限られた職権で存在感を示す必要があり、その一方で司令部の失態に巻き込まれる危険もある。
「今度の戦争はかなり重要なものとなる予感があるのだよ。それこそあの“大戦”のような大戦争に」
「だからこそ万全を期したい、というわけですか」
“大戦”とは、百年ほど前に起きた帝国との凄惨な戦争である。都市連合と帝国の永きにわたる抗争の始まりにして、今日までで最大規模の戦いでもある。帝国の大軍勢が海を越え、陸を進みヘラス地方の町を次々と破壊した。
リデア半島の都市群が帝国に占領されたのもそのときである。戦争は都市連合側が瀬戸際で勝利し侵略者を打ち払ったが、半島は今に至るまで帝国の支配下のままだ。
今年に入ってその牙城が崩れかけている。強硬派を戦いに駆り立てるのはそうした歴史と情勢である。
「執政官、非才の身を評価してくださりありがたく思います。パラス軍の参謀ということでしたらお受けしましょう」
「……ふむ、それなら軍の動きに関与できるか」
「ただし、私のような若輩の意見に耳を傾けてくれるのであれば、ですが」
「分かった、将軍の人選をしておこう」
「ついでにもう一つお願いしたいことが」
「何かね?」
テオドロスはカリクレスに頼んで周辺の海図を用意させた。
「海を渡って長期の戦争となれば海軍の役割が重要。そして我らパラスはその主力となるでしょう」
「うむ。パラスは連合きっての海軍国でもあるからな」
「そのパラス海軍の指揮をサンダー将軍に任せてほしいのです」
「あの男に?」
クレオンの反応は微妙である。
「腕はいいようだが……彼は評判がな。かつて海賊をしていたなんて噂もあるぞ?」
「私が知る彼は、元商人で腕のいい船乗りですよ」
テオドロスはそう言うが、カリクレスが思うに海賊もする商人か、商人もする海賊だったのだろうが。この際どちらでもいい。
「何故、彼を推すのかね?」
「制海権の争奪が鍵の一つとなるでしょう。そしてサンダー将軍なら、私の策に耳を貸し、十全に実行してくれると信じるからです」
「海戦で勝つつもりかね?」
クレオンがそう問うのには訳がある。
都市連合が争う相手は帝国だけでなく、南のトゥネス自治領との間にも、白海の覇権をかけた戦いが永らく続いている。この出征の背後を突いて攻撃してくる恐れがあり、備えを用意しておかなければならない。
「帝国相手に向けられる艦艇はそれほど多くない。二百隻がいいところだろう。対して帝国白海艦隊は四百を超えるという。全て出てくるとは限らないが、海上で危険を犯すことは……」
「艦が足りないなら、百を二百に、二百を三百にすればよろしい」
テオドロスの言葉に、クレオンは意味が分からず口を開けてしまった。




