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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第一章 魔導戦線
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  リデア動乱②

 帝国と都市連合に衝撃が走った同じ頃、ヘラス地方のチベ市をひっそりと訪れる者がいた。チベ市は都市連合の構成国の中でも、パラス市、ラケディ市と並び主導権を競う強国である。

 ヘラスにまで届いたリデア半島の異変はそこかしこで話題に登っていた。曰く、半島奪還のとき、ヘラス人の同胞を救うべし、と。帝国との和平の空気は急速に(しぼ)んでしまったようだ。


 その訪問者は市民の目を避けるように路地を歩く。付き人を一人だけ連れた身軽な一行は、人気の無い街角の倉庫に身を忍ばせた。


「待たせてしまったかな」

「そうでもない」


 倉庫で待ち構えていた男は、頭を覆っていた布を取り去る。若いアリアナ人の男だ。それだけでもヘラスの街では目立つが、顔立ちや仕草に感じる品の良さが一層目を引く。


「こうして顔を合わせるのは初めてか」

「と言っても、一度戦場で手合わせしたに過ぎん。いや、あれは手合わせとも言えぬか」

「そんなことは無いさ、ファルザード殿」


 帝国の元大貴族、キラック州の元太守ファルザード。彼は領地を追われてから、かねてより通じていたチベ市に亡命していた。


「かのテオドロス将軍がこの亡命貴族に会いたがるなど。敗者を笑うためであればここらで打ち切りにするぞ」


 テオドロスは苦笑した。

 レミタスの戦いでは互いに軍を率いて対峙した二人がこんな形で再会したことに、どちらがより運命の悪戯を感じただろうか。


「勝敗は兵家の常、次に戦えば私が負けるかもしれない」

「そうだな、貴公もどこかで負けておいたほうがいいぞ。この味は苦い、薬のようにな」

「チベ市での暮らし向きはいかがかな?」

「……」


 ファルザードは急に憮然とした。テオドロスは事前に調べてファルザードの置かれた状況を知っている。


「待遇は悪くない。帝国にいた頃とは比べるべくもないが、貴人の面子を保てる程度の生活は送れる」

「亡命者を遇することは戦略的にも理に適う」

「だが俺が不満なのは、奴ら俺の話をまともに聞こうとしないのだ。キラック州を取り戻すための方策を誰も議論しようとしない」


 チベ市、または都市連合としては、ファルザードと手を結ぶことに大きな狙いがあった。彼の治めていたキラック州を都市連合側に引き込み、リデア半島の各都市を開放する。そんな未来図を描く政治家が少なからずいたのだ。

 彼らの目には帝国の貴公子、とその領地がとても魅力的に映ったことだろう。だが実際に眼前に現れたのは、地位も領地も失いボロボロになった亡命者の若者でしかなかった。


 夢から覚めた政治家たちだったが、彼ら得意の外面のよさで明るく、優しくファルザードを迎え入れた。住居に生活、散り散りになった配下たちとの連絡など手配してくれた。

 社交の場にも招待して交流を持ったが、領地を取り戻したいと意気込む貴公子は笑顔でなだめられた。まだ時期尚早である、体と心を休めなさいと。


「だが、半島で起きた反乱を聞いて納得した。あれは連合が扇動したものだろう。奴らが本当に欲しかったのは半島西岸の都市群で、俺はオマケというわけだ。クソッ」


 悔しさで床を蹴るファルザード。

 実のところ、反乱の下工作は年単位で行われていた。それがレミタスでの勝利により加速し、ファルザードの蜂起が重なったことでいよいよ結実しそうになった。

 都市連合としてはファルザードを支援することで帝国の動きを抑制し、その間にヘラス系都市を造反させることが狙いとなった。その結果としてファルザードが勝とうが負けようが、実は重要ではなかった。


 このたび起きた反乱はそうした計画の名残りとも言える。


「……もし帝国と都市連合の間で和平などされれば、俺が領地を取り戻す道は閉ざされる」

「確かに。半島の都市をいくつか解放すれば、満足して帝国との和平に傾く者が増えるだろう」

「そうなったら俺はお払い箱だろう。今後数年、あるいは十年と戦の火種は途絶える」


 テオドロスは少し面白かった。惨憺たる敗北を重ねながらも立ち上がり、かつ現状をよく把握しているこの若様に、利用価値意外の興味を覚えそうだった。


「……それで。将軍殿はこんな落ちぶれた男に何の用か。そろそろ教えてもらいたい」

「大したことではない。我らのパラス市に移り住んで、その力を貸してもらいたい」

「ふむ」


 正直、ファルザードにとって意外なことは何もなかった。

 パラスの商人らしき女がこの会談を設定した、そのときから予想はしていた。それ以外に会いたがる用向きなど思い当たらない。

 だが想定外だったのは、パラス側がテオドロスを使者に立ててきたことだった。自分に敗北を味わわせた男。ヘラス地方のどこに行ってもその名を聞く若き英雄。


「……パラスの政治屋たちは、俺の価値を高く見積もってくれたわけか」

「いや、チベ市とたいして変わらないだろう」

「なに……?」

「貴公を招聘したがっているのは、パラス市ではなくこのテオドロスだ」


 ファルザードはしばしテオドロスの顔を凝視した。


「この俺に何を期待している?」

「無論、貴公の能力とキラック州に対する影響力を活用してもらいたい」

「政治屋どもが反乱の扇動に躍起なときに、貴公は先の先を考えるというわけか。ヘラス人の先物買いというやつだな」

「どうかな。私は今すぐにでも役立ってもらいたいと思っているが」


 ファルザードはいよいよ分からなくなってきた。今は将軍の地位にすらないというこの男が、どんな戦略図を思い描いているのか。


「ただ私個人の後援では、豊かな亡命生活とはいかぬかもしれないが」

「それは構わぬ。俺が求めるのはかつての領地を取り戻すことのみ。何年かかろうとな」

「フフ、確約はできぬ。だが私の才覚で叶う限り、いつか貴公にキラック州を進呈してみせよう」


 テオドロスは穏当な言い方をしたが、その目には力があった。まるで不可能とは思っていないような、夏の風のごとき爽やかさがあった。


(俺はいったい何者と契約しているのだ……?)


 ファルザードには分からない。ただ目の前の男がリデア半島に嵐を呼ぶ。そんな予感だけが胸の内に生じていた。

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