光と影⑤
帝都内部には主を失った豪邸たちが寂しげに放置されている。粛清された大貴族たちの屋敷だ。
いくつかは功のあった臣下に下賜されたが全てを充てがうほどでなく、管理下に置かれたまま空虚な栄華の跡を残している。
逃げ出した賊がそのうち一つに忍び込んだ。管理しているとはいえ見張りを常駐させるほどではなく、門を閉じる程度。入り込むのはそう難しくない。中には盗るような物も無いが。
「一人か?」
暗闇から急に声がして賊が振り返る。だが敵ではない。その人物は賊の依頼人だ。
「仲間は殺された」
賊は率直に事態を知らせる。
「お前、ガキ一人攫うだけだと言ったろう。どう始末つけてくれる?」
「ああ、そう言った。まさかしくじったのか」
「奴ら待ち伏せしていやがったぞ。こんな話は聞いてねえ」
「ほぅ。備えがあったのか」
依頼人は他人事のように応じる。その平静さが却って賊を苛立たせた。
「だが貴様もその道においては慣れたものだろう。敵がいたからといって、おめおめと逃げてきたのか」
「静かに事を済ますから人数を連れて行かなかった。三人じゃ戦いにならねえ」
「ふむ。それで貴様は下僕のようにそれを報せに来ただけなのかね?」
賊の苛立ちが一層募る。
「続けるならテメェが人数を用意しな。それができねえなら、危険手当って奴を払ってもらおうか」
腰の曲刀に手を置きながら威圧するように言う賊。
「ああ、そういう用向きか」
「さっさと決めな」
「容易に放棄しない精神は悪くないが、その手が気に入らぬ」
賊が曲刀に添えた手を指差し、次いで宙にくるりと円を描く。
「立場を弁えよ」
突如、賊の足に手応えが無くなった。
「なっ!?」
土が渦を巻き賊の足を飲み込み始めた。砂漠の流砂のごとく。
「これはっ、テメェか! 待て、やめろ!」
すでに腰まで土に飲まれ、救いを求めるように手を伸ばすも、依頼人の男はもはや賊のことなど見ていなかった。
(目を引いてしまったが所在は分かった。しばらくは捨て置いてもよいか)
手先まですっかり土の下に埋められた賊の体。男はその地面を均すように足で踏みしめた後、その場を去る。
「春にはキレイな花が咲くだろう」
***
一夜明け、帝都の衛兵たちがクシャの屋敷を調べている。賊の遺体から分かったことは、顔つきや持ち物から山岳部族の一派かもしれない、ということだけだった。
「身のこなしがいいので、盗賊になる者もいるそうです」
衛兵は、最近こういう輩が多いと言いたげだった。まだ少なくとも一人が逃げているはずである。それが捕まればより詳しいことも分かるが。
「皆、無事でよかった」
執事夫妻にククルたちは怪我もなく無事だった。だが事が事だけに恐れの色が見える。
こういうときにマフターブが訪ねてくれるのはありがたかった。剣も達者であることが分かったが、特にククルは彼女に親しみを感じてくれているようだから。
「クシャも物盗りに狙われるほど有名になったか?」
「さて……」
マフターブはそんな聞き方をしたが、クシャは言葉を濁した。執事のビザンは、賊がククルを攫おうとしたと言う。彼女の出自の謎と合わせると不穏な推測が浮かんで仕方ない。
(それにしても昨日の諜者たち……)
ナヴィドの諜者は賊を泳がせていたという。ならば帝都を出入りする者は凡そ、その氏素性を把握されているとも取れる。もしそんな監視体制があるなら大したものだが、少し背筋が寒くなる。
衛兵の取り調べが済んだ頃、クシャを訪ねる客があった。
「……ナヴィド殿、よく参られた」
馬車から降りた仮面の宦官は、その異様な姿を隠すこともなくそこにあった。




