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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第一章 魔導戦線
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  光と影②

 今日の民会が終わり市民が解散する。採決の日まではまだ日があるものの、和平への賛否、どちらへ衆論が傾くか予断を許さない。

 市民たちは道々意見を交わしながら帰路につく。通りすがりにテオドロスへ意見を求める者もいたが、彼はクレオンとの約束に則って当たり障りない答えに終始した。


「あれはマヌエル執政官ですね」


 カリクレスが視線を向けた先ではマヌエルが人混みに囲われ、捌くのに苦労していた。今回の議題では本人が望んだか分からないが、和平派の中心として忙しくしている。


「挨拶していかれますか?」

「クレオンとの約束の手前、おおっぴらにはできまい」


 テオドロスは遠目に会釈だけしてその場を去ろうとする。

 そんな彼を見つけて声をかける者がいた。


「いたいた、テオドロス!」

「リリスじゃないか」


 投資家のリリスが陽気に手を振っていた。わざわざテオドロスを探して議事堂まで来たようだ。

 周囲から好奇と嫌悪の視線が集まるが、リリスは全く気にしない。


「屋敷に行ったら、今日は民会に出てるって聞いたから」

「そちらで待っていてもよかったのに」

「フフ、早く会いたくて」


 いたずらっぽい笑顔でそう言った。


「テオドロスが気にしてた彼、居場所が分かったよ。連絡つくか試してみてもいいけど」

「さすがの人脈だな。是非頼みたい」


 テオドロスとリリスはこうした情報交換をよく行うようになった。社交的な情報はリリスを通じ、カリクレスには諜者を指揮させることで多くの情報が集まりつつある。


「どうかな、今度また会食でも」

「いいね、カリクレスさんにガトーさんも一緒にどう?」

「いえ私は……」

「そう言わないでさ」


 ガトーはテオドロスの配下として遠慮したが、リリスの押しにたじろぐ。助太刀してもらおうとカリクレスのほうを見たが、そのカリクレスは全く会話を聞かず、他所に視線を据えていた。


「カリクレス殿……?」

「ガトー、あの男」


 彼の視線の先には、帰路につく人々に逆行する一人の男。表情にやや険しさがあり、片手を懐に忍ばせた姿勢に怪しさを感じた。


「あれは……」


 テオドロスも気づいたようで、側にいたリリスを庇うように脇へ促す。


「閣下、注意を」


 ガトーとカリクレスが動き、テオドロスの正面に壁を作る。そのはずだったが、二人の間を縫ってテオドロス飛び出していた。




「帝国の手先め!」


 その男は短剣を抜き出すと一気に駆け出した。人々を突き飛ばしながら向かう先、マヌエル執政官めがけて短剣を突き出す。

 その腕が鋭く叩き落された。テオドロスが暴漢に一撃見舞ったのだ。相手は驚いたのも一瞬、そのまま互いに腕を掴みもつれ合った。


「テオドロスさん、何故だ!?」


 暴漢はテオドロスの行動が意外なようだったが、テオドロスはお構いなしに制圧にかかる。

 激しく抵抗した暴漢はテオドロスを何とか振りほどく。周りの群衆は突然のことに硬直して動けず、遠巻きに囲むばかりだ。

 ただガトーとカリクレスだけが走る。カリクレスはマヌエルを庇うように立ち、ガトーは相手を挟むように回り込む。それを見た暴漢は踵を返して逃げ出そうとした。


「きゃっ!」


 暴漢の進路上にいたリリスが思い切り突き飛ばされ、転倒した。そのために暴漢も体勢を崩し、見逃さずにテオドロスが背後から取り押さえる。


「ぐあっっ!」


 暴漢は苦痛の悲鳴を上げたがテオドロスは容赦なく腕を締め上げる。締めながら顔を上げ、突き飛ばされたリリスのほうを確かめた。


「リリス!」


 リリスがうずくまって動かない。ガトーが駆け寄り声をかけているが反応が無いようだった。


 暴漢の腕が一層強く締められ呻き声がより悲痛になる。




(こんな時に……っ)


 己の身が情けなくなるリリス。

 彼女は強い痛みや暴力、争いの類に対して心身が過剰に拒絶反応するという、ある種の傷を抱えていた。

 誰かが声をかけてくるが頭に入ってこない。周囲の人々が認識できなくなるほど頭が真っ白になっていた。


「放せ、折れるっ折れる!」


 その悲痛な叫びで我に返った。見ればテオドロスが暴漢の腕を酷く捻り上げていた。カリクレスが制止しようとしているが様子がおかしい。


(ガトーさん……?)


 側にガトーが立っている。主の元へ駆けつけたいのが傍目にも分かるが、彼はリリスの側を離れることを躊躇しているのだと気づいた。


「……私は大丈夫」


 ガトーの背中を押すように手を触れると、それで了解したようだ。ガトーが走り寄るとカリクレスと二人がかりでテオドロスを抑え、暴漢は駆けつけた衛兵に拘束された。それで事態は収拾することとなった。

 マヌエルは動揺したようだが怪我は無い。そしてテオドロスは息を弾ませ軽く忘我状態にあった。


 落ち着きを取り戻したリリスはテオドロスの側に立ち、肩に手を置く。


「怒っていたの?」

「……」

「でも、あなたらしくないよ」

「らしく?」


 テオドロスの目が一瞬熱を帯びた。


「……私のことを誰が理解しているというんだ」


 その言葉はどよめきの中に溶けて消えたが、リリスの心にはハッキリと形を残した。


「テオドロスさん、よろしいでしょうか」


 衛兵がテオドロスを呼び止め、まず事態の解決に寄与したことを感謝した。


「状況確認のためにいくつかお聞きしたいことが。ご協力していただけますか?」

「ええ、構いません」


 冷静になったテオドロスは淀みなく応じていた。そんな彼の側をマヌエルが通りかかる。


「……助かったよ」

「どうということはありません」


 その後、テオドロスはカリクレスを連れ衛兵に誘われるが、その前にガトーをリリスに付き添わせた。


「彼女を送ってきてくれ」

「ですが閣下……」


 戸惑うガトーにカリクレスも言い聞かせる。


「閣下には私が付く、任せておけ」

「カリクレス殿では護衛に不安が」

「……いいから行け」


 リリスは遠ざかるテオドロスの背中を見つめながら、彼の言葉の意味を考えた。あのとき見せた激しい一面は彼の本質の一端だったのではないか。そんな想いを懐きながら帰宅し、その日は眠りにつく。




 結局この一件は、和平反対派のうち過激化した輩が、和平派の中心となったマヌエルを狙ったもののようだった。

 こうした対立、論争を繰り返した末、連合理事会は帝国の和平案を僅差で否決した。一方で独自の和平案を提出する都市が複数、あるいは神託を仰ぐよう提案する都市もあり、意見がまとまるには時間がかかりそうだった。


 両者は来る冬にかけ、改めて使者を往来させることとなる。だが春の足音も平和の足音も遠く険しい時代が続こうとしていた。

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