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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第一章 魔導戦線
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  過去から未来へと⑥

 夜が更けた頃、クシャは帝都の通りを静かに歩み、ある場所を訪ねた。帝都魔術院。アリアナ帝国が誇る魔術師育成国家機関である。クシャも若い頃に学んだ青春の地であるが、帝都に戻ってからは慌ただしく、遠くに眺めるだけだった。

 今ここで講師をしている旧友がいる。クシャやダリウスとともに学んだ仲間の一人だ。


「何だ貴様、帝都に戻ってきたのにようやく訪ねて来たか」


 魔術院の若手講師ファルジンの、それが開口一番であった。


「お互い忙しかったからな」

「ああ忙しい毎日だ。大王め、俺を講師なんかにしやがって。弟子を指導しながら自分の研究をしていたら飯を食う時間も無い」


 彼は魔術院の講師に収まっているが、本来は個人的な魔術の探求に熱心で、研究を始めると他のことが見えなくなる質だった。普段から周りが見えているわけでもないが。

 部屋には衣類や生活用品、そして多くの魔道具、文献などが散乱している。馴染みのある光景だ。片付けろとは思うが、旧友が昔のままで少し安堵する気持ちがクシャにあった。


「あいつは大王に成り仰せて、お前はその参謀になっただと。大臣でも目指すつもりか?」

「俺にそこまでの頭は無いよ」

「そうだな、貴様には向いていない」


 この男は言いたいことを言う性格で周りから敬遠される。おかげで魔術院でも浮いた存在だったが、同じく浮いていたクシャやダリウスとつるむようになったのだった。


「実はファルジンに聞きたいことがあって来た」

「ふむ、そうでなければこんな汚部屋には来るまいな」

「時間があれば昔話でもしたいがな」


 魔術師として相談する相手は他にもいるが、今回は相手を選ぶ必要があった。


「魔術師は五大属性全てを修得することができると思うか?」

「そんな質問、答えは分かっているんじゃあないか?」

「曲がりなりにも四属性を身に着けたお前に聞いてみたい」

「フン」


 このファルジンは独自研究により、火、水、風、土の四属性を体得した極めて稀有な魔術師である。

 ただし、会得した魔術は弱い力しか発揮できず、器用貧乏を地で行く結果となったのだが。


「全属性など無理だ。ほとんどの魔術師が、せいぜい三属性の体得で止めるのには理由がある。属性にはそれぞれ打ち消し合う性質、つまり相性の悪さがある」


 彼は空中に指で五芒星を描きながら講釈する。

 相性の悪い属性はその身の内でぶつかり合う。そのため生まれ持った最適な属性と、それに準ずる二、三属性が丁度いい具合となる。中には一つに属性を絞ることで修練の質を高めようとする者もいた。


「それが常識であり俺たち魔術師の限界だ。敢えてその壁を越えようとした者がどうなるか、俺を見れば明らかだろう」


 ファルジンは魔術の技量も高かったが、それで満足せずに四つの属性修得という難題に挑んだ。結果、修得自体はできたものの体内で属性が潰し合い、それまで使えていた魔術も劣化してしまった。

 それ以降ファルジンは現場や前線で活躍したことは無い。代わりにその知識と研究心、多くの属性に通じることから講師としては高い評価を得ることになる。


「やはり通常ではあり得ない……」

「クシャ、何を見たか、何を聞いたかは問わぬ。だが貴様のことだ、思い当たることがあるのではないか?」

「……」


 クシャはやや沈黙してから、その言葉を自身でも疑うように慎重に発した。


「――<呪われし民>」

「そうだ。かつてこの大陸を支配していたという<超帝国>の遺民」


 <超帝国>とはエウリシア大陸の全土を支配していたとされる超巨大国家である。その実在を示す資料はほとんど見つかっていないため、あくまで伝説の域を出ない。だが<超帝国>の遺民とされる<呪われし民>は各地を流浪し、忌避され迫害を受けたとする伝承が各地に見られた。


「伝説では、<超帝国>は魔術を始め多くの失われた知識を有していたというが……」

「原初の魔術であれば五つの属性全て使いこなせた可能性は高い。我々アリアナ人の血に流れるのは、せいぜい<超帝国>の残り(かす)だ」

「けど<呪われし民>が何者の末裔にしても、今の時代にまだ生き残っているだろうか?」


 クシャの問に答えられる者はいない。


「貴様に一つ忠告しておく。<超帝国>はある日、突然消滅したと伝説は語る。関わり方には気をつけろ」


 ファルジンの言葉にクシャは黙って頷いた。

 初めてククルと会った時の怯えた眼を思い出す。謎の消滅を遂げたという<超帝国>。その原因は<呪われし民>という忌まわしき呼び名に無関係とは思えない。



***



 夜中、月の宮殿の一角で魔術師や神官などが集まり儀式を執り行っていた。すぐ側ではダリウス大王が佇み、祭壇で燃える巨大な炎に見入っていた。

 魔術師の一人が炎に香の粉末を投げると、炎の色が変わり奇妙な臭いが立ち込める。その煌めきに見入りながら魔術師たちは呪文を唱え、ときに杖を振りかざし神意を得ようとする。


「炎の中に不吉な光景が……」

「何が見えた」

「迫りくる刃が見えました」

「またか……」


 これは占いの一種で魔術師が得意とするものだ。ダリウスは他の魔術師たちにも未来の吉兆を占わせているが、結果は似たようなものだった。

 水の魔術師は軍船の影を水に見た。風の魔術師は軍靴の音を風の中に聞いたという。土の魔術師は土木工事に出払っていて命じれなかったが、クシャにやらせたら何を見出しただろうか。

 天の属性は希少なため、今手元にいない。ダリウスの学友に一人いたがある日どこかへ消えてしまった。天の属性を得ると頭がどうかしてしまうと噂されていたが、もう知る由も無い。


(何かが迫っている……)

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