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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第五章 同盟戦争
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  怪物⑥

 ナヴィドは帝国単独での和平案を提示した。今回の戦争で帝国が奪った領土を返還すること、及び賠償金を支払うこと。加えて捕虜の扱いなど細部に渡って語られたが、テオドロスの反応は色良くなかった。


「先刻、貴殿は大王の使者ではないと言われた。ならばこの内容は空手形と言わざるを得ない」

「いかにも。ですが大王は元々争いを好まぬお方。同様に考えておられると思います」

「争いを好まないか、地の果てから艦隊を連れてきてよく言う」

「なりゆき、と申さばお怒りになるかもしれません。私が説得して和平に向かわせてみせますのでご容赦を」


 テオドロスは息を吐きだした。ここでこの宦官を責めても意味は無い。その代わり踏み込んだ要求を投げつける。


「これだけでは足りない」

「何を望まれますか?」

「スファードの割譲だ」


 ナヴィドの目付きが変わる。彼も覚悟はしていた。スファードの町は帝国にとってリデア半島の最重要地。ここを失えば半島西部は放棄するに近く、だからこそ都市連合が狙いを定める土地なのだった。


「帝国固有の領土を譲ることはご容赦願います。帝国にとって欠かせぬ地であり大王の説得が難しくなります」


 防衛の最前線というだけではない。大王が目指す豊かな国には半島の交易圏を欠くわけにはいかない。何より領土を失えば帝国の威信が一層揺らいでしまう。


「他の条件であればともかく領土だけはご容赦を」

「それでは困る。私はリデア半島に国を作るつもりだ」

「……国を?」


 その言葉はナヴィドにとって驚きだったが、何やら腑に落ちるような気もした。傍目に見てテオドロスは何を目指しているのか理解しがたい。今まで固有の軍事力を保持する一方でパラスの権力には近づこうとしなかった。その目的が余所での自立だというのなら、まだ納得できる気がした。


「そのためにはスファードが障害となる。今回のような敵対的姿勢を取られぬよう、帝国には退いてもらいたい」


 ナヴィドは沈黙した。テオドロスの姿勢は思ったより硬い。これを平和へ導くにはどうするか、言葉を尽くさなければならない。


「テオドロス将軍……青海沿いの村を覚えておりますか?」

「青海の?」


 少しきょとんとしたテオドロスの表情。そこにナヴィドは幼き頃の名残を見た。


「貴方はパラス市から家族ともども追放されるも、移り住んだ辺境の村で一人の少年と親しくなる」

「……」

「されど平穏な時間は長く続かなかった。異民族の襲撃により村は焼かれ、生き残った人々は奴隷として売られてしまう」

「何故……」

「そこで少年たちは脱走を試みるも、あえなく追い詰められてしまった」


 テオドロスが目を見開く。もはや疑いはない。


「まさか、クリティアスなのか?」


 ――クリティアス。ナヴィドの本来の名であるが、この世に知る者は今や一人しかいないのではないかと思う。


「覚えていてくれたようですね」

「……」

「あの日、貴方と離ればなれになった私は帝国の宮廷に売られ、今日に至ります。その間、貴方も苦しい道のりを辿ったことでしょう。それが今はヘラス人を代表するほどの英傑になられた」

「君も大した出世ぶりだ。帝国大王の側近だからな」


 角の立つ言い方だがナヴィドは前のめりになる。


「テオドロス、古き友人としてどうかお願いします。我が主ダリウスは平和と共存こそ第一にするお方です。一度話し合っていただきたい。必ず二人は分かりあえると信じています」


 頭を下げるナヴィド。柄になく熱っぽく語ってしまった。この熱意をどうか受け取ってほしい、そう念じ続ける。


「クク……」

「?」

「ハハ」


 ナヴィドが顔を上げるとテオドロスの表情が変わっていた。何か暗い陰を帯びたような。


「そうか、私を川に突き落とした後、お前は宮廷で安楽に過ごしていたのか」


 睨んでいた。そこに古き友情の名残はもうない。


「突き落とす……あれは」

「見ろ」


 テオドロスが肌を見せると多くの傷跡が露わになる。戦傷だけではない、鞭で打たれた傷跡が。


「私は随分と放浪したよ。捕まっては逃げることを繰り返し、自由を求めて戦った。君もどこかで苦しんでいるだろうと思いながら、戦い続けてきた」

「……っ」

「だが真実はどうだ、大王の側近として私を捕り殺す計画に加担していたわけか」

「それはっ……!」


 違うとは言えなかった。事実は変えられない。ここで嘘をつけば誠を失う。


「そして不利になったらようやく和解しろと言うのだな」

「テオドロス……聞いてください」

「聞くわけにはいかぬ。この戦いでどれだけの命が失われたことか」


 心中ナヴィドは訴えたかった。傷ついたのはテオドロスだけではないと。ナヴィドもたった一つの男の証を奪われながら、それでも生きてきたのだと。戦いで死んだのはヘラス人だけではない。多くの帝国人も死んだのだと。

 だがそれは届かない。我が身を庇うことにしかならないと分かっていた。


「クリティアス、お前の主に伝えろ。もはや帝国と手を携える道は無い」




 ナヴィドは寂しくヘラス地方を後にした。フラフラと船に乗り風と波に揺られ、幼き日々を思い出す。


(私が悪かったのか……)


 あの時テオドロスを川に押し出したのは、彼なら生き抜く力があると思ったからだった。ナヴィドには乗り越える勇気がなかったのだ。

 もし二人で飛び越えることができていたら。苦しくても二人で歩むことができていたら。


(私が彼を生み出してしまった……)


 ナヴィドは悟っていた。怒りを発したテオドロス、あの瞬間に大変なものが生まれたのだと。

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