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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第五章 同盟戦争
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  怪物④

 ククルは帝都に来ている。想像より早い帰還となったが、その空気のかすかな変化を感じ取っていた。歩く人の数、その気配、物の流れや値段。“同盟戦争”と呼ばれる戦いは、帝国に、その都たるスーシャにも少なからぬ負担を強いていた。

 そんな都の空気も敗報が伝われば衝撃に揺らぐこととなるが、今はまだ知る者はいない。


 帝都での滞在先はやはりクシャの屋敷となった。主人は遠くヌビアへ赴任したため今は執事のビザンが取り仕切っている。


「よく戻ったね」

「また背が伸びたかい?」


 ビザンとマーニの夫妻はククルにとって祖父母のような温かい存在だった。ククル本人には祖父母の記憶はおろか概念すら希薄だったが、他に例えようがない。


(もうここにクシャ様はいない)


 おそらく当面は会えなくなるだろう。ククルはクシャが提案した<超帝国>の調査に志願していた。それは彼女にとって己と向き合うことでもあり決断だった。


 一晩屋敷で過ごすと客が訪ねてくる。それは懐かしの恩師ファルジンだった。


「久しぶりだなククル、修練は怠っていないか?」

「頑張っていますよファルジン様」

「それは結構。ところで大王が会いたがっているぞ」


 ファルジンに伴われ宮廷を訪ねる。大王ダリウスは執務の合間に時間を作って面会してくれた。


「来たかククル、待ちかねたぞ」

「私などにもったいなきお言葉です」

「余はそなたをクシャの名代と思っているからな」


 クシャは本来ならば大王の側にいて手助けしたかっただろう。<超帝国>についても自分で謎に迫りたかったかもしれない。


 だが実際には遠く任地に赴き、代わりにファルジンが二代目魔術参謀として務めていた。


「話はもう聞いているな。帝都のほうでも過去の文献や伝承など調べなおしてみた」


 ヌビアで得た情報を踏まえて洗い出してみたところ、いくつか気になる情報も見つかっていた。


「帝国の建国時に東方との交流があったことが分かってきた」

「東……ヌビアでも東から<授け手>が来たと聞きました」

「うむ。まず<超帝国>は遥か北西の地に都を置いたと伝わる」


 その地は今は何もない“忘れられた地”と呼ばれている。伝承によれば<超帝国>は突如消滅したというが、その後、<超帝国>の遺民は各地で攻撃を受けた。長い支配に対する報復か、階級闘争か、詳細は分からない。ともかく、そうした迫害の中で彼らは方々へ分散し、歴史の陰に消えていった。そのはずだったが。


「その分かれた一部が東へ向かったのでしょうか?」

「そう考えられる。そして長き時を超え、我々の世界に戻ってきたとしたら……」


 だとすれば何のためか。それは直接聞きでもしない限り分からないだろう。


「今後も研究を続けるとして、東に調査隊を送ることにした」

「陛下、私も共に行かせてくださいませ」

「クシャもそのためにククルを寄こしてくれたのだろう。ならば余に異存はない」


 そこまで話したところでダリウスの表情が変わる。視線の先で宰相のフシュマンドが入室してきたところだった。


「陛下……」


 感情の乏しいフシュマンドが焦燥を滲ませている。その空気をククルも察して退出することにした。




「敗北……」


 同盟軍の敗北がダリウスにも伝えられた。同時にマディアス王子の謀反、マグーロの死も。


「スタシラはどうなったか?」

「まだわかりませぬ。アシュカーン将軍が問いただしているでしょうが」

「……ナヴィドはどこだ?」

「あの者は間者を束ねるためリデアへ行ったままです」

「そうか、そうだったな」


 しばらく状況確認に務めたが集まる報告は不利なものばかり。ダリウスの心は酷く乱れてしまい、議論は廷臣たちに任せて自身は奥へ引き取った。


(何故こうなるのだ)


 三国による軍事同盟。南洋艦隊まで投入しての包囲網。都市連合には裏切りもあった。春先の報告では優勢を築いていたのに一挙に盤面を覆されるとは。


(テオドロス……奴は何なのだ)


 神々があの男に恩寵を与えているのか、それともダリウスに罰を与えようとしているのか。


 ――ちらり、と影が動いた。以前にもあった感覚。ダリウスが顔を上げるとそれはいた。


「大王陛下、お久しゅうございます」

「貴様か……」


 金色の瞳を持つ幻影。前にも霧のように現れたことがあったが、今ならはっきりと分かる。大陸で蠢く謎の導師たち、その一人が見せる秘術であろう。


「この度の敗北は残念でございました」

「貴様の仲間がテオドロスに手を貸しているのではないか?」

「仰せの通りですが、我々は各々別に動いております。私自身は陛下の傷心を案じておりますれば」

「それで、余が負けたから飛んで来たというわけか」


 影は小さく笑みを浮かべたようだった。


「前に申し上げたことを覚えておられますか?」


 ――強き力を渇望する時がくれば、改めて御前に。あの言葉はダリウスの心に黒い影となって刻まれていた。


「今がその時と言いたいのか」

「陛下はもう気付いておられる様子。この大陸各地で起こる力の目覚めを。歴史が収束する時が近づいているのです」

「何が望みだ?」

「陛下の勝利を。そして大陸を、全ての民を統べる王の出現を」

「それを手助けするのが貴様らの役割なのだな」

「いかにも。陛下が望まれるなら助力を惜しみません」


 テオドロス、ガラン、サイクラコス。彼らの背後に伸びる手がダリウスにも差し伸べられる。


「今からでも遅くはありませんぞ」

「……」


 だがダリウスは首を横に振った。


「貴様らの力を借りることはできぬ」

「何ですと?」

「立ち去れ。そして二度と現れるな」


 それがダリウスの答えだった。彼ら<超帝国>の遺民たちが世界に何をもたらしたか。勝利、繁栄、そして同量の破壊と競争である。ましてガランのような狂奔を見た後では汚れた力としか思えなかった。


(魔術とて同様)


 この力は無くさなければならない。よって彼らの手を取ることはできない。


「そうですか。後悔されませんように」


 影は消えた。憎しみとも落胆とも取れる言葉を残し。


(クシャ、ナヴィド、これで良いのだよな)


 今は遠くにいる親愛なる者たちに思いをはせる。アリアナ帝国が目指すべきは破壊による覇権ではない。創造による平和でなければ。


「……陛下、よろしいでしょうか?」


 宦官が控えめに声をかけてきた。


「良いところに来た、これより廷臣を……いや、何があった?」

「はぁ、それが……」




 謁見の間にマフターブが跪いていた。ダリウスは玉座に着くと静かに声をかける。


「将軍、久しいな。息災であったか?」

「陛下の裁きを受けるために参上いたしました」

「裁きとな」

「長きにわたる不在は万死に値しますれば」

「ふむ。皆の者下がれ、将軍と二人にせよ」


 護衛や侍従たちがいそいそと退出する。彼らも二人の間に起きたことは耳にしているだろう。


「将軍。余はそなたを罪に問うつもりはない。むしろ将軍の心を乱したこと謝罪したいくらいだ」

「乱すなどとは滅相もありません。陛下のご寛容に感謝いたします」

「そうか。……それで答えはどうであろうか?」

「答え……」


 マフターブが黙ってしまうためダリウスも沈黙して答えを待った。


「陛下。この私に何を求められるか、今一度、陛下のお言葉でお聞かせ願いたく存じます」

「……余は貴女を妻に迎えたい。帝国大王の后に。共に歩む伴侶として支えてほしい」


 マフターブの手を取ると彼女は強い視線で応えた。まるで戦場に出る時のように。元々上がり症だった彼女である、強い覚悟を胸に帝都へ戻ってきたに違いない。


「この身は陛下のために。剣は帝国のために。謹んでお受けいたします」

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