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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第五章 同盟戦争
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  蜘蛛の巣②

 海峡の浮橋。百年前の“大戦”でアリアナ帝国は十万以上という大軍を渡らせてヘラス地方を侵略した。その故事に習ったか、今は反パラスの同盟軍が押し寄せようとしていた。


(大胆な戦法を選んできたな)


 この点、テオドロスは意表を突かれていた。彼は同盟軍が長期戦略を選択してくる港湾が高いと見ていた。彼我の体力差などを考えればそれが妥当である。だが実際に選ばれたのはヘラス本土への直接攻撃という危険を伴う道だった。

 彼は気づいていない。同盟国がテオドロスその人を強く恐れるがために短期戦を選んだのだということを。


「かの“大戦”の折は、まず狭隘(きょうあい)な地に陣取り帝国軍を迎え撃ちました。ラケディ軍が玉砕したことで有名な戦いですね」


 軍議ではエウポリオンが故事を引用しつつ解説していた。空気は重く息が詰まる。


「百年前は我ら都市連合が勝利した」

「だが今は状況が違う」


 都市連合の主力は多くが国外に出払ってしまっていた。かろうじてラケディ軍がいるのみである。

 軍議は積極策と慎重策に分かれて紛糾した。集結前の同盟軍に一戦挑むか、それともパラス付近に防衛線を敷いて敵を迎え撃つか。


 鍵となるのはラケディ市とチベ市である。援軍を承諾したラケディ軍、彼らの到着がなければ出撃はできない。そして去就の定まらないチベ市をどう扱うかであるが、その答えは早くに出ることとなった。


「チベ市より使者が来ています」


 それは使者というよりも逃亡者だった。


「チベにペロニダスが!?」

「いつの間にか忍び込んでいたのです。そして味方を集めて民会を制圧すると、主流派だった政治家たちを粛清し始めて……」


(やはり生きていたか……)


 テオドロスが珍しく沈痛な面持ちになる。

 ペロニダスこそはパラスとチベの争いを大陸規模に拡大した張本人である。前から消息が気になっていたが最悪の時に現れた。


「ではチベ市は」

「同盟軍になびくようです……」

「あの裏切者、ヘラス人の恥め!」


 これで軍議の方向性は決まらざるを得なかった。チベ市という楔を打ち込まれた以上、動きの取りようがない。先にチベ市を討つべきと主張する者もあったがそれはヤケというものだ。


「やはりラケディ軍と合流して防戦するしか道はないか……」




 大陸歴一〇四七年が明けてしまった。この前後、ヘラス地方北部の都市群は同盟軍の圧力で降伏していく。特にチベ市の寝返りが彼らの抵抗する意志をくじいたようだった。


「とはいえ奴らも冬の間は大きく動かないのではないか?」


 そう期待する声もあったが易々と裏切られる。同盟軍のうちスキティア軍は、草原の冬の方が厳しいと言わんばかりに南下してきた。

 逆にラケディ軍の動きが遅い。彼らの方こそ冬が明けないと来援しそうになかった。サンダー提督の連合艦隊も連絡が絶え絶えの状態で来援する見込みがない。

 こうした情勢の中、パラスの住人は上も下も気をもみながら寒さに耐えた。




 なんら有効打を打てないまま二月。偵察隊の報告がテオドロスの元へ届く。


「チベ市の周辺に遊牧民の幕舎が立っているとのこと」

「チベと合流したか。これで三国同盟が四国同盟になったな」


 テオドロスは偵察を繰り返し敵の陣容を少しでも掴もうとしていた。その甲斐あって同盟軍は兵数四万以上という推測を立てるに至る。


「さすがに多いですな……」


 アイアス将軍はそのままの感想をこぼす。パラス以外の近隣都市から少数ながら援軍が来ているが、参列する将軍たちは黙りこくっていた。


「総司令官、敵が集結しきる前に奇襲を仕掛けてみては? 少しでも戦力差が埋まるかもしれません」


 一人アイアスが進言するもテオドロスは退けた。騎馬民族の精鋭が相手では伸ばした腕を逆に食いちぎられる公算が高い。完全な藪蛇(やぶへび)だ。


「果たして勝機はあるのでしょうか?」


 上目遣いで尋ねる者がいる。常勝の英雄テオドロスの旗の下にあっても、この劣勢では士気の上がりようが無かった。


「あるとも」


 テオドロスは平静に答えたが自信があるわけではない。司令官とは時に噓をついてでも味方を鼓舞しなければならないものだ。

 ただ一般論として勝率が皆無なわけではない。そうテオドロスは見ていた。極端な話、敵の陣地に天変地異でも起これば良い。それまで生きていれば勝ちなのである。


(そのわずかな勝機を手繰り寄せることができるかどうかだ)


 この考え方は奇しくも海を挟んでタナシス将軍と同じものであった。


 周囲の戦況に変化が無いまま三月。いよいよチベ市周辺に同盟軍の大軍が参集した。雪も溶けパラス市へ進軍が始まる。


「ラケディ軍が来ない?」


 その報せはいよいよパラスの人々を絶望させた。


「来ないとはどういうことか?」

「陣地を築いたまま進軍する気配が無いのです……もう何日も」

「馬鹿な、すぐ近くまで来ておいて。ラケディ人ともあろうものが怖気づいたか!」


 アイアスが激しく卓を叩くが事態を動かす力は無い。執政たちが催促の使者を出したが、彼らが戻る前に同盟軍が接近し、パラス市攻囲の構えを取り始めたのだった。

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