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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第五章 同盟戦争
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5.蜘蛛の巣①

挿絵(By みてみん)


 この時期、はるか北の地で防戦に当たっているクインタスは未だに耐え続けていた。スキティア軍の攻撃は散発的で脅威としては低い。これは陽動としての意味合いが強いとクインタスは見抜いていたが、隙を見せれば敵はこの地を奪いに来るだろう。よって本土から来援した援軍はありがたかった。


 だがそれより少し遅れて南方の戦況が変化し、特にビュザンティア市降伏の報せはクインタスに衝撃を与えるに十分だった。


「将軍、これでは本土との連携が阻害され孤立したも同然です」


 言われなくとも分かっていた。それより気がかりなのは三国同盟の向かう先である。


(孤立した我々より、リデア半島やヘラス本土の方が危険なのではないか)


 同盟国にすればクインタスは放置しても脅威とならない。枝葉より幹を切り倒す方に力を注ぐのではないか。そしてそれを北から眺めていることしかできないのか。


「ともかく情報が足りない。敵状を探りつつパラスとの連絡を回復しなければ」



***



 一方同じ頃、リデア半島の都市連合軍も危機感を強めていた。本土との連絡が絶たれた中、遠征軍を任されているタナシス将軍は、一旦マルコスたち別動隊も呼び戻して対策を協議していた。


「本土からは救援はおろか命令の一つも届かぬ」

「仕方あるまい、伝書鳩でも飛ばせば海上で敵に捕捉される恐れもある」


 例の<気球>ならばどうかとも考えられたが、未だ海を越える運用実績は無い。今回は危険である。


「ではどうする?」

「どうも何も、当面守りを固めるしかないではないか」


 将軍たちの姿勢はどうしても受け身になってしまうが、いつまでそうしていられるか。相変わらず同盟軍の圧力は強い。時間はかかるにしても一つずつ都市を落とされていけば半島の都市連合勢力は枯れ死してしまう。


「こうなっては攪乱程度では敵も動じない。一度大きな賭けに出てみては」


 マルコスがいつもの軽さを捨てて提案する。


「だがテオドロス総司令が如何に考えておられるか。軽挙に出て総司令の軍略を乱しては元も子もない」


 そう意見する者があったが、マルコスから見ればそれはテオドロスに頼っているだけである。


(総司令は俺たちを信頼して送り出したはずだ。ならば頼るだけでなく自分で考え戦わなければ)


 こうしたマルコスの姿勢にタナシスは持ち前の慎重さで首を縦に振らなかった。


「マルコス、勇気は結構だがまだ早い。適切な時期が来るのを待つのだ」

「待っていればその時が来ると言うのですか?」

「必ず来る。問題はそれを見極め掴み取れるかどうかだ」



***



 トゥネス自治領のハンノも凡その情勢を掴んでいる。いくつかの情報とマグーロの計画を知っていればたどり着く答えだった。


(いよいよあの女の絵図通りか)


 マグーロとサイクラコス、そしてダリウス。パラスとテオドロスを破るために心血を注いだことだろう。実際帝国は艦隊一つを犠牲にしている。

 このまま行けばパラスは負けるか。それともテオドロスが盤面を覆すか。


 ハンノ自身は関与を諦めていた。マグーロの足を引っ張る、あるいはテオドロスを助ける行為は自身を危険にさらす。その代わり自治領本土で根を張る作業を地道に続けていた。


 この日も町の広場でヘヴァが物乞いに施しをしていた。ハンノが“聖女”に仕立てた女だ。貧民たちもいざとなれば使い道があるかもしれない。そう思ってハンノはヘヴァの行いを容認するようになってきた。


(いや、利だけではないかもしれない)


 不思議な存在感を持っている女だ。奴隷上がりだが卑屈でなく、かといって増長もせず。役目をこなしながら自身の考えも示しハンノを頷かせた。

 ここにきてハンノは気付く。テオドロスとどこか似ているのだ。心のどこかでそういう人間を好むのかもしれない。老境に入って自分の新たな一面を見出し苦笑するハンノ。


(そういえば、パラスが負ければテオドロスたちは排除されるのだろうな)


 もしそうなれば引き取ってやるのも良い。テオドロスとは知らぬ仲でもないし、前より扱いやすくなるのではないか。 

 戦争はやりたい者たちに任せハンノは先を見据える。パラスが敗北した後の世界、いつまでもマグーロに大きな顔をさせるつもりはない。


(だが仮にテオドロスが勝つことがあれば……)



***



 スキティア王国の都アクモラは静かな日々を繰り返していた。国王のサイクラコスが南下して戦争指揮を執っているが、遠く離れた草原まではその風も届かない。


「お味方は順調なようね」


 スタシラは手紙をたたみ安堵の息を漏らす。サイクラコスが帝国の文字で書かせて送ったものだ。文面は同盟国が優勢なこと、帝国とも良く協力できていること、そしてマディアス王子との生活を尋ねる内容がしたためられている。義父の細やかな気づかいがスタシラにはありがたかった。


 アリアナ帝国より嫁いで半年以上経った。ここは帝都と違い牧歌的である。その一方で気候は厳しく、初めて迎えた冬の寒さに身震いしていた。政治、文化、そして猛々しい気風の違い。嫁いでより戸惑うことも多かったが、それはそれで刺激的な日々でもあった。


「マディアス王子がお戻りになりました」


 スタシラの夫たるマディアス王子。近習の者たちと狩りから戻ってきたところだ。彼は今起きている戦争に参戦を命じられず、代わりに都の留守居役を務めている。そして父たるサイクラコス王が南下して指揮を執っていた。


「無事のご帰還お喜び申し上げます」

「ただの……狩りだ」


 スキティア族の戦士にしか見られない銀髪。精悍さと鋭さを持った若き王子は口数少なく応じた。これでも結婚してより喋るようになった方だ。猛々しい武人と噂で聞いていただけに、スタシラはここでも戸惑ったものだ。

 彼は王国の後継者でありスタシラはその妻、王妃となる。だが黙りこくってばかりのマディアスと如何に関係を築いていけば良いのか、なかなかに悩ましいことだった。


 近習の兵士たちが狩りの獲物を運んでいく。草原で仕留めた鹿や兎など。今日の狩りも上々だったようで夜は宴になるだろう。スタシラはスキティアに来てより肉を食べる割合が増えた。体重が増えてしまいそうで気になるが、これがなかなか美味であるため止められない。


(こんな姿を義兄に知られたら)


 笑うだろうか、呆れるだろうか。もう会うことも無いかもしれない義兄や母。だがスタシラが共に歩むべき相手はこの遊牧民の青年なのだ。


「姫は……」

「あ、はい王子」

「スタシラ姫は兎は好きか?」

「ええ。前に王子の仕留められた兎も美味でございました」


 スタシラの返事にマディアスは少し眉をしかめた。何か間違った返答をしたろうかとスタシラが思う間に、兵士の一人が籠を差し出してくる。

 肉ではない、生きた兎だ。


「姫に与えよう」

「まあ……!」


 マディアス王子はたまにこうした気持ちの表し方をするのだった。


 宮殿では使いの者たちが王子を待ち構えていた。最近何やら人の出入りが多いものの、マディアスはスタシラに細かい話をしようとはしなかった。


(皆の身に何事も無ければ良いけれども)

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