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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第五章 同盟戦争
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  白海に翻る旗③

「報告します、白海にてサンダー提督の艦隊が大勝利!」


 その知らせにパラス市の民会は大喝采となった。


「帝国艦隊を百隻以上破壊する戦果を上げたとのこと。味方の損害は五十八隻、死傷者七千人以上。特にチベ市の艦隊の被害が大きいようです」

「チベは殊勝に良く戦ったようだな」


 裏切りも懸念されていたチベ艦隊が被害をかぶってくれたことに色々な意味で安堵感が見られた。パラスとしては効率的に勝利を掴んだと言って良い。

 そして海戦の勝利、この意味するところに市民の期待は高まる。かの“大戦”やリデア解放戦でも海戦の勝利が転換点となった。この戦争もここから流れを引き寄せられる、そんな予感に人々は活気づいていた。


「総司令、ここらで反撃に出てはどうか?」


 水を向けられた総司令官テオドロスはというと、考え込むような顔で沈黙していた。周囲の熱気と裏腹に、そこだけ泉が水をたたえるような静けさである。


「総司令、何か気に食わないことでも?」

「……いえ、将兵は皆良く戦ってくれています」

「左様、ですからこのまま反転攻勢に……」

「もうじき冬がやって来ます。今は力を蓄え、反撃は春を待ちましょう」


 冬場の戦いは兵にかかる負担が大きすぎるため、これは納得するしかなかったが、民会ではさらなる援軍派遣を推す声が多かった。


「集結している軍団を各地へ派遣するべきでしょう。特にリデア半島は敵が集中し危険になりつつあります」


 情報収集を進めた結果、リデア半島に北からスキティア、南から自治領の軍が合流したことは確かなようだった。前線のタナシス将軍からも敵の圧力を受けている旨が伝えられている。

 テオドロスには心の引っ掛かりがあった。戦況は果たしてどちらに有利か、海戦の勝利は流れをどう変えるか。それは言語化しがたく不安や胸騒ぎに近いもので、それを理由に増派を留めるにも限度があった。


「分かりました、ただちに北部と半島に増派しましょう。ただし今年中の決戦は避けます」



***



 やがてパラスの港から新たな船団が半島へ向かう。彼らを送り出しつつ、テオドロスはパラス市の経済状況も調査させていた。この戦争は早期に終わるとは思えず、市の体力も把握しておかなければならない。


「やはり経済と産業は低調だね」

「来年以降はさらに苦しくなるだろう」


 リリスやエウポリオンと共に分析を続ける。テオドロスはここしばらく表情が曇ったままでリリスは心配になっていた。


「テオドロスはまだ戦争が長引くと考えているの?」

「サンダー提督の勝利で流れは変わるだろう。けど戦争の落としどころが見えないままだ。散発的、慢性的な戦闘がずるずると続き、いずれこちらの国力が枯渇することも考えられる」

「“大戦”も数年がかりだったからね、あり得ることだよ」


 最後の一言はエウポリオンが付け加えた。


「リデア半島と言えば伝説上のヘラス・リデア戦争は十年がかりだったかな」

「縁起の悪いこと言わないで」

「大丈夫、その戦争はヘラス側が勝利しているから」


 ……テオドロスの思考は一人深い所へ沈む。戦争の長期化、それが自分の懸念だろうかと。あるいは潜在的な脅威を本能が感じ取っているのではないか。改めて地図に目をやり危険の因子が無いか探す。


「ヌビア州……」


 この戦争が始まってから何度目かの呟き。この地に赴任したクシャという魔術師のことが頭から消えなかった。


「ねえエウポリオン、ヌビアの故事とか知ってる?」


 それはリリスが場を明るくできないかと何気なく振った話だった。


「うーん、帝国がヌビアを攻めて負けた時、食料の無い兵士が食いあったとか」

「もっと面白そうなの」

「ヌビア人の神々に猫の神がいて、帝国が猫を盾にくくりつけて戦った話は」

「猫かわいそう……」

「じゃあ民族を率いてヌビアを脱出した聖人の話」

「聖人、何した人なの?」


 それは帝国領メディナ州に伝わる伝承だった。

 かつてヌビア古王国に連行され奴隷となっていたメディナの民。その中から人々を導く聖人が現れると、ヌビアの王に同胞を解放するよう求めた。王がこれを断ると聖人は、神の名のもと様々な災いをヌビアの地にもたらした。

 川が血で染まった。イナゴが空を覆った。疫病が蔓延し多くの死者が出た。


 凄惨な災厄に王は折れて、メディナの民が帰還することを許したが、王は後から軍を発して聖人たちを追わせた。海辺に追われたメディナの民だったが、聖人は海を割る奇跡を起こし、人々を対岸へ渡らせた。そうしてメディナの民は故郷へ、そして約束の地へ向けて歩んでいったという伝説である。


「海を割った」


 テオドロス。何か思い立ったように立ち上がる。


「エウポリオン、ヌビアに関する資料はあるか?」

「資料って何の?」

「何でも良い、いや過去の記録が良いな」


 その足でエウポリオンの書庫に向かうと関係ありそうな書籍を片っ端から広げていく。

 一晩書庫に籠った後、出てきたテオドロスの表情は険しさを増している。


「サンダー提督の艦隊は今どこに?」

「西部戦線の救援に向かったはずだけど……」

「提督を一旦呼び戻せ。それと船を出して帝国艦隊の残存戦力を調べさせろ」

「どうしたんだテオドロス?」

「急いでくれ」


 ただちに船が各地へ派遣された。臓腑を掴まれるような不快感がテオドロスを包んでいる。ほどなく東へ遣った船が帰る。戻りが早い。


「帝国の艦隊が接近、大艦隊です、総数不明!」


 ――やられたっ。テオドロスが抱え続けていた漠然とした不安は、今や巨大な影となってヘラスを、パラスを覆おうとしていた。

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