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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第一章 魔導戦線
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  過去から未来へと②

 テオドロスとリリスは使用人たちに送り出され、市外の工房へと足を運ぶ。付き従うのは護衛のガトーのみと身軽な移動だった。


「屋敷で働いていた人たち、元は奴隷だったって本当?」

「ああ。奴隷の身分から解放し、改めて雇用している」


 ガトーも元は奴隷の兵士だったという。

 ヘラス人は自らを自由の民と称する一方、周辺の異民族を捕らえては奴隷とした。それはヘラスに限ったことではなく、世界各地で奴隷は存在するが。そうした文化からはテオドロスの行動は奇異の目で見られている。


「みんな言ってるよ、将軍は変わり者だって」

「変わり者……」

「心外?」


 テオドロスの工房は現在工事中である。自称投資家のリリスと契約し、設備や人員など全体に拡張を進めている。今日はその進捗状況と、工房の仕事を視察するため訪れていた。


「元々ここは父の所有していた物だ」

「あなたの父のこと、聞いてるわ。偉いお人だったって」

「先に言っておこうか。一族のことは気兼ねなく口にしてくれて構わない。パラスでは誰でも知っていることだ」


 遠慮や配慮は無用とテオドロスは言っている。


「でも、誰にだって触れないほうがいい領域ってあると思うな」


 リリスも無論、彼の一族については耳にしている。




 それは十五年も前のこと。テオドロスの父はパラスの有力政治家で、軍を率い戦ったこともあった。だがパラス内で政争が深まると、政敵によって不正や背信をでっちあげられ、市民の手で追放されてしまった。

 一家はヘラス地方の辺境へ逃れたが、そこで異民族の侵攻に巻き込まれる。彼らは遺体で発見され、息子のテオドロスは行方不明となった。


 ほどなくパラスでは政情が変わり、テオドロスらを呼び戻す動きが起きていた。だが時すでに遅く市民は自らの行いを悔いたという。


 月日が流れたある日。ヘラス都市連合とトゥネス自治領の間で続く抗争に変化が起こる。自治領の軍がこのときは勢いを得て、海を越えパラス市の間近に迫った。

 折り悪く連合の軍勢はアリアナ帝国と交戦中。たちまちパラスの城塞は包囲されたが、ここで異変が起きた。


 自治領の軍から一部が離反したのだ。

 彼らは夜中に自治領軍司令部を急襲した後、陣地に火を放った。これを見たパラス軍は城から飛び出し包囲軍を攻撃。混乱した自治領軍は潰走し、首脳部を失ったこともあり撤退した。


 この劇的な勝利にパラス市民は当然沸き立った。喜々として寝返ってくれた軍を招き入れるが、にわかに喜びが驚きに変わる。

 その一軍の司令官は若いヘラス人の傭兵――成長したテオドロスだった。彼は自分がかつてパラスから追放された一族であり、放浪の末に自治領で傭兵となったことなど語った。


「故郷の城壁を見てこの町を攻撃するに忍びなくなり、味方を裏切るという卑劣な行為に出てしまいました。ですが私と家族の心は、常にここパラスの空を向いていたのです」


 悲劇の一族の帰還である。パラス市民はかつての追放を深く詫び、テオドロスを温かく迎え入れた。




「パラスに帰ってきてみると、私の叔父が家に迎えてくれた」


 その叔父はテオドロスを実の息子のように遇してくれた。だけでなく、一族のかつて保有していた資産を固く守り抜いており、そっくりテオドロスに譲ってくれたのだった。


「その一つがこの工房なわけね」


 ただし、受け継いだ資産をテオドロスは豪快に整理した。まず海外資産を売り払うと、パラス市近郊の土地を買い上げ、そこに砦を建設。自治領から引っ提げてきた傭兵部隊はパラス市の戦力に組み込まれ、その駐屯地が必要だったのだ。

 また引き継いだ奴隷は解放し、望む者は改めて雇用、そうでない者は一時金を与えて送り出した。その後、出ていったものの半数が独力ではなかなか上手く行かず、テオドロスの元へ戻ってきたが。

 今では砦を中心に農地を備え、市まで立つようになると小さな町じみてきた。


「工事は順調そうね」


 リリスが出資した工事である。手配した業者も問題なく仕事をしており、まずは安心した。

 工房は今も一部稼働して、職人たちが兵器を作っているのが見える。テオドロスは他所より長い槍や改良した盾、鎧、その他武具をよく作らせていた。


「あの人たち……」


 リリスが気になったのは、職人の中に手や足を失った者がいることだった。中には目に眼帯、あるいは顔を包帯で覆った者もいる。


「戦で傷を負った元兵士たちを雇い入れている」


 打ち続く戦乱は民衆に癒えない傷を負わせていた。身体だけではない。農地が荒れる。帰国しても仕事が無い。精神に異変をきたす。そんな人々をすくい上げるような法の整備は十分でない。


「戦うだけでは国を支えられないから」

「いいと思うわ、こういうことも」


 リリスが職人たちに手を振るとやはり珍しそうな目で見られた。


「お仕事は順調?」

「え、えぇまあ。へへ、ご覧なせぇ」


 製作中の兵器に混じって、木製の人形じみた腕や脚が作られている。これを失った手足の代わりに身につけられるよう開発しているという。

 一通り内部を見て回った。よい工房だと思ったが、例の“魔導の兵器”は見当たらない。こればかりは部外秘で限られた者しか見ることが許されないようだ。


「リリスになら見せてもいい」

「ホントに?」


 薄暗い秘密の工房に案内された。そこでは職人とはどうも違う法衣姿の職人たちが作業に勤しんでいる。


「客人とは珍しい」

「リリス、この老いぼれはヨギ。“魔導の兵器”を作る責任者だ」

「老いぼれとは言うわい」


 ククッと笑ったその老人は、暗がりでも分かるほど肌は浅黒く、細められた目がうっすら金色に見えた。


「ここが世界の最前線といったことこかしら」

「ほう、変わった言い方をする女だ」

「彼女が出資者だ、行儀よくしろよ」

「ほう、ほう」


 ヨギはまた笑った。

 机に筒のような物体が置かれている。改良中の魔導砲だというが、リリスが手にとってみるとなかなか重い。


「これが武器になるの?」

「そうさ。魔術師たちに術を施してもらっている」

「ヘラスにはいない魔術師がこんなに……」


 彼らはレミタスの戦いで捕虜になった魔術師だ。作業に協力させるための説得は難しいものだったが、状況が変わった。

 帝国で大貴族の粛清が起きたことで名家がいくつも取り潰され、抱えられていた魔術師が帰る場所を失ったのだった。中には貴族出身の魔術師が一族を粛清された例もあり、打倒大王を叫んでテオドロスに協力を申し出た。


「これから魔導の兵器の開発は大きく進む。すでに新型の実験もさせているところだ」

「帝国と戦うために?」

「どうだろうね」


 いつも泰然としているテオドロスの目が一瞬光ったように、リリスには見えた。


「彼らが望むなら、私はいつでも相手になろう」




 予定を終えたリリスはテオドロスらと別れ、自邸で晩餐についていた。亡くなった夫と住んでいた豪邸は人手に渡っている。夫の遺族たちに気前よく譲ってやったのだ。

 今は自身と使用人が住むのに程よい邸宅を見つけ、そこを自宅と事務所に当てている。


 リリスは料理を口に運びながら今日の視察を思い出す。なかなか有意義な時間を過ごせたと思う。パラス市の兵器開発、軍備の備え。特にテオドロスと多く意見を交わすことができたのは大きい。


(魔導の兵器……世界の流れを変える力?)


 だがリリスは胸に引っかかるものを覚えていた。テオドロスの人となりに触れることはできたが、それが彼の全てではないような気がする。


(テオドロス、あなたは私が探していた人なの?)


 彼は当代の英傑の一人に違いない。だがリリスは、テオドロスに何かが欠けているように感じた。それが何であるか言語化するのは難しく、リリスは溜まった気持ちをワインで飲み下した。

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