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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第五章 同盟戦争
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  それぞれの分岐路⑦

 都市連合から送り込まれた和平工作の使者は、幾人かの仲介を経てアリアナ帝国に接触を果たしていた。一部は宮廷までその手を伸ばしていたが、大王ダリウスは今のところ接触を拒んでいた。


(同盟の足並みを乱す気は無い)


 戦争が始まって数ヶ月、三国同盟に亀裂らしき間隙は見えない。彼らと隙を生じるとすれば戦いが終わった後だろう。それが勝つにしろ負けるにしろ、である。


 戦況は必ずしも良くはないが、まだダリウスに焦りはない。問題は時間だと見ていた。時間の経過がどちらに有利に働くか。都市連合の体力が尽きるのが先か、同盟の連帯が絶たれるのが先か。――そしてクシャが間に合うかどうかである。


「東の海に変化は無いか?」


 ダリウスは宰相のフシュマンドに尋ねた。この中流貴族出身の宰相は政治だけでなく外交、軍事、そして謀議に至るまでダリウスの片腕のようになってきた。それだけ頭が回るのだが、腹の底が見えない点だけはいつまでも変わらなかった。


「現在のところ東に異変はございません。西の戦線に注力できます」

「ふむ。東といえばカンダス州の少年太守が挨拶に訪れるな」

「死んだキアンの息子でグダルズでしたな。今年で十三になるはずです」


 不誠実な会話だと思う。そのキアンを密かに死なせたのはここにいる大王と宰相であり、何食わぬ顔でグダルズに地位を安堵したのであるから。


「周囲の大人たちに支えられながら、そろそろ政治も見始めるとのことです」

「野心さえ無ければ良い。余もできるだけ面倒を見ることにしよう」


 それが偽善だとしても、やらないよりはマシであろう。ダリウスの苦悩をよそにフシュマンドは感情の読めない表情で頷いた。


 数日後、カンダス州の若太守グダルズは、謁見の間に現れダリウスの前でひざまずいた。頭を垂れて表情は伺えないが体格は良いほうだ。作法も身についており、ひとまず後継者として問題無い様子である。


「グダルズよ、そなたの父は幼い子を残して先立つこと無念であったろうが、今のそなたを見れば喜ぶだろう」

「ハッ。これも支えてくれる親族と大王陛下の恩寵のおかげであります。カンダス州の穀物や物資を運ばせていますので、此度の戦争にお役立てください」


 受け答えは淀みなく過不足もない。当面東は任せて良さそうだった。



 ちょうとその日、ナヴィドが帰還してきたので私室に呼んだ。戦況報告を聞いた後、話はヌビア州のことに移る。


「クシャ総督のことですが……」


 ナヴィドの報告はいささか驚く内容だった。クシャが早速ヌビアの王族とやらを見つけ関係を築き、運河工事にも協力を得ているというのだ。しかも相手方の姫君と政略結婚の話まであると来ている。


(アイツ、そんなに如才ない奴だったのか)


 ただし、結婚は承諾せずダリウスへの配慮を忘れていない。婚姻で基盤を築くことはダリウスの施政方針にそぐわない。


「それと陛下、これは別件になりますが……」

「何かあったか?」

「マフターブ様がクシャ様の元に身を寄せておられました」

「……そうか」


 可能性として有り得るとは思っていた。あの二人はよくつるむ関係だったようだから不思議でもない。


「マフターブ様はやはり気が動転していた様子でして、少し時間を置かれたほうがよろしいかと」

「そのことは分かった。他に報告は?」

「以上でございます」

「そうか、ご苦労だったな」


 ナヴィドや近侍の者を下がらせると一人考え込む。自分のしていることはいったい何なのかと。

 ダリウスはマフターブに求婚した。近衛の将軍として側に置き信頼できる将だった。だけでなく義妹のスタシラを助け出し、ガラン討伐にも功があった。会食する機会を幾度か設け、最初はぎこちなかった歓談も徐々に楽しいものになっていく。そうした中で彼女に好印象を持ったのだ。


 だが自分に幸福を求める資格があるのか、一人になると考えがちらついてしまう。国家のためと言いながら多くの貴族や反対派を粛清してきた。戦争で無辜の民を死なせてきた。避けられた争いもあったはずである。


(帝国と民のために尽くしてきたつもりだ。それでもなお……)


 自責の念が晴れることはなかった。この点、過去の大王たちはいかに広大な帝国と向き合ってきたのか。創始者ハサマニス大王は多くの国を滅ぼし何を思ったのか。


(多くの血を流したし、これからもその量は増えるだろう。俺はその罪悪に見合った何かを築けるのか?)


 あるいはこの罪悪感と重責を肩代わりしてくれる相手を求めているのかもしれない。だとすればマフターブにそれを求めるのは迷惑かもしれないが……。


(……テオドロス将軍、貴様はその力で戦火の先に何を得る?)


 ガランは不死身の肉体を得て帝国を侵略した。サイクラコスは人心を惹きつける杖で新たな国を興そうとしている。ではテオドロスは魔導の兵器で何を目指しているのか。


(答えなど出ない。今は帝国を守る、それだけで良い)


 ダリウスの目は地図に向く。報告では戦況は一進一退だが、白海の制海権争いがどちらに傾くかで情勢が動くと見ていた。


(間に合えよ……)

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