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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第五章 同盟戦争
202/235

  それぞれの分岐路②

「実はマフターブ様は帝都から失踪していたのです」

「失踪……?」


 ナヴィドの言葉にクシャは身を固めた。にわかに事件の臭いがしてくる。


「……と言いますと大げさですが、行き先も告げずにふらりと消えてしまわれたのです。クルハ州の兄君には使者を遣りましたが、こちらに来ていたのですね」

「マフターブに何かあったのですか?」


 帝国は今戦争中である。帝都の部隊は待機中とはいえ大王の傍を離れるとは、断罪される恐れもある。


「原因には思い当たることがあります。我らが大王陛下です」

「大王が?」

「陛下はマフターブ様に求婚なさったのです」

「きゅっ」


 クシャは言葉の意味を理解するのに手間取った。事件には違いない。大王も人間、いずれは結婚もするだろう。親友であるし、めでたいはずだが、あのマフターブに求婚するとは想像もしなかった。


「いや、マフターブで悪いわけではないが。……それにしても驚いた」

「ですがマフターブ様は返事をなさらないまま、今のこの状態となりまして」


 それはそうだろう、とクシャは思う。だいぶ慣れたが元々上がり症のマフターブだ、ろくな返事もできず、逃げるように帝都を飛び出したのでは、と想像できる。


「兄君は、ゴバード殿は了承しているのですか?」

「それはまだ。今使者が向かっている頃でしょう」


 どうやらダリウスは、家長たるゴバードに断りなくマフターブ本人に話したようだった。これは大王の悪い癖だが一方で複雑な事情もある。

 マフターブとゴバードは折り合いが悪い。彼女自身は独立独歩の気風があり、兄とはいえゴバードに結婚云々を決められるのは嫌がるだろう。


「それで陛下は何と。連れ戻すよう命令でも出ていますか?」

「いいえ、特に命令はありません。陛下は、クシャ様のところへ向かったかもしれない、とはおっしゃっていましたが」

「ほう、私を訪ねると思っていたのですか?」

「お二人は普段から仲がよろしかったでしょう」

「それはまあ」

「クシャ様の下であれば、ひとまず安心です」


(時間を置くということかな)


 まだ驚きが抜けないが、求婚したダリウスの考え、それを受けたマフターブの気持ち、いずれも時間を必要とする気がした。



***



 夜になると砂漠の熱は冷め、肌寒いほどの静寂がヌビアの地を包む。


 マフターブは庭園で風に吹かれていた。この屋敷の主は相変わらず庭に薬草を植えるのが好みなようで、花の香りに混じって難しい匂いが鼻をくすぐる。


(落ち着く場所だ)


 彼女にとって故郷クルハ州は兄の存在が重くのしかかる。帝都では将軍として周囲に負けまいと気を張ってきた。そんな中で、見知った顔の集まる場所はクシャの屋敷だった。

 だからここに来てしまったのだろう。大王ダリウスから王妃となることを求められた時、わけが分からなくなって帝都を飛び出した。そして逃げるように向かった先がクシャの赴任先だった。


(妙なものだな。戦場でも恐怖を感じたことは無いのに、安心できる場所を求めていたのか)


 ……足音が近づいてくる。少し離れたところで気を使ったように止まり、また歩みだす。その仕草で相手は誰か、マフターブには何となく分かった。


「ここにいたのか」

「……クシャか、お邪魔している」

「話はナヴィドから聞いた」


 ――やはり知られたか。ナヴィドが来た時からそうなるだろうと覚悟はしていた。


「大王陛下は怒っていないようだ」

「……そうか。他に何か言っていただろうか?」

「特に何も。しばらくのんびりしていけば良い」


 その言い方はクシャの優しさだったが今のマフターブには痛い。この戦時に愚かなことをしている自覚はあるのだ。


「陛下は……何故私にあんなことを言ったのか」

「求婚したことか。まあ、意外ではあったけれど、おかしなことでもない」

「そうだろうか?」


 マフターブも太守の妹、貴族に属するが母親の素性が知れぬ身である。何より戦場で槍を振るい血と泥に塗れる人生を送ってきた女だ。


「私など陛下の后に相応しくない」

「それはまあ、お姫様という感じではないよな」

「ハッキリ言われると癇に障る」

「いやでも、マフターブは十分に」

「何だ?」

「……きれいさ」


 クシャらしからぬ言葉だ。本人もそう思っているから微妙な沈黙が流れた。


「だけど陛下は。……ダリウスは自分を支えてくれる人がどんな相手か、あいつなりに考えていたのだと思うよ」

「クシャには分かるのか」

「ああ。傍にいて心強いと思ったのだろうさ」


(心強いか)


 ダリウスが大王として日々どれほどの重圧にさらされてきたか、想像に難くない。それを少しでも肩代わりできたならとマフターブも思うが。


「マフターブの気持ちはどうなのだ?」

「……まだ短い間だが陛下に尽くしてきた。尊敬もしている。だがそれは忠誠であって……」

「愛情だとは考えていなかったか」

「考えたこともなかった。私と陛下では違いすぎる」

「忠誠が愛情に成長しても罪にはならないだろう」


 クシャの言うことは分かる。だがマフターブには未知への不安と、もう一つ心に引っかかるものがあった。


「スタシラ様に申し訳ない……」

「……気づいていたか」


 大王ダリウスとスタシラ姫は義理の兄妹である。二人の母たるアンビス太后は、遠縁のダリウスを宮廷に迎えたうえでスタシラと結婚させ、血縁の薄さを補強しようと考えていたはずである。ダリウスにその気が無くともスタシラは……。


「……」

「ともかくマフターブ、じっくりで良いから逃げずに考えるんだ。そのために来たようなものだろう」


 クシャは一つ言い残してこの場を後にした。その背中に視線を送りながら、マフターブは何故自分がここに来たのか、誰を、何を当てにしていたのか納得してしまうのだった。

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