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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第五章 同盟戦争
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  戦場に夏風吹いて②

 ゴバードは悔しさを堪えきれず人前で卓を殴りつけた。クルハ州の艦隊は壊滅。それだけでなく追撃を受けて港を焼き討ちされた。徹底的な攻撃で、これにより青海の制海権は都市連合に奪われ、港湾機能の回復にも時間を要する。スキティア軍を支援する計画はご破算である。


「こんな屈辱は……」


 初めてだと言いそうになったが止めた。ゴバードの前半生は屈辱の多い日々だった。彼の父は帝国大王に忠義を働き、それが故に大貴族たちの締め付けを受けた。心身をすり減らしながら体を壊して亡くなった父。その姿を見ながら育ったゴバードは大貴族への対抗心と自身の栄達欲を醸成しながら大人になる。


 転機は突然訪れた。若き大王ダリウスが大貴族たちを殺戮してその権勢を終わらせたのだ。ゴバードは素早くその与党に加わると、妹が望むので一軍を預け、自身は北辺を守りつつ大王の信頼を得られるよう働きかけた。その成果あって今ではスキティア王国との取次も任され一定の信任を得ている。


(感情を抑えろ。失態は取り戻せば良い)


 差し当たって大王に敗報を知らせねばならないが、そんな時に帝都からの使者が彼を訪ねた。使者は宦官で大王の側近くに仕える者たちだ。


「督戦にはいささか早いのではないかね?」

「太守閣下には気を悪くされないでいただきたい」


 皮肉交じりなゴバードの言葉に宦官は苦笑していた。


「実は督戦というのは口実で、閣下に折り入ってお話があるのです」

「重大な話かな」

「はい。実は閣下の妹君マフターブ将軍が……」

「奴が何か厄介事でも?」

「帝都を出て行方知れずなのです」

「……何と言った?」


 宦官の言葉に思わず聞き返してしまった。女将軍として勇名を馳せるようになったマフターブ。彼女とゴバードは必ずしも折り合いは良くないが、行方不明と聞いてさすがに真顔になった。


「行方知れずとは何か事件に巻き込まれたか?」

「それはどうでしょうか、どうも自主的に姿を眩ませてしまったようで」


 ゴバードは大地が揺れたように感じたが踏みとどまった。


「軍務を放棄し大王のお側を離れたというのか、あの愚か者」

「それで、ご兄妹である閣下のところへ来てはいないかと思いまして」

「あのじゃじゃ馬のことなど知らぬ」

「どうか気を落ち着けてください、実はもっと内密なお話があるのです」


 そこから先は内密というので人払いをして一対一になる。宦官は言葉を選ぶようにして口を開いた。


「大王陛下はマフターブ様に求婚なされました」

「……は?」

「お(きさき)様に妹御を望まれたのです」

「……」

「ゴバード様?」

「……」


 ゴバードは理知的で計算高く、周囲からは油断ならない男と見られている。だがこの時ばかりは呆然としてフラつき、慌てた宦官に肩を支えられる始末であった。


(あの妹が大王陛下の后に……)


 それは単に結婚して結ばれるというだけではない。子が生まれれば世継ぎであり、后の一族は外戚となって王室を支える、権力への最速の道の一つ。だがマフターブが姿をくらませたよいうことは――。


(まさかあいつ、拒絶したのか?)


 高揚と落胆が入れ替わりに押し寄せてゴバードはしばらく立ち上がれなかった。



***



 青海の帝国艦隊が駆逐されたことで、クインタスたちを乗せた輸送船は安全にアルボア市に入ることができた。その港でサンダーが彼らを迎えるが、表情には不満が浮かんでいる。


「どうかしましたか提督?」

「……<魔導船>がいくつか沈められた」

「クルハ州の海軍もタダでは負けてくれなかったようですね」

「高望みとは分かっちゃいるが完勝したかった。これから南へとんぼ返り、そこからが本番だからな」


 白海では帝国と自治領の艦船が数百隻展開し、すでに各地で戦いを始めているだろう。後顧の憂いは断った。サンダーは休む間もなく南へ下っていく。


 一方のクインタスも他人事ではない。都市連合の主力部隊は多くがリデア半島に向かっており、クインタスは限られた戦力でスキティア軍を防がなければならない。


(二年前と状況は似ている……)


 あの時はクインタスが先行してアルボアを守り、テオドロスが援軍をかき集めて来てくれた。だが今回テオドロスは動けない。そして敵は前にも増して強大である。


 それでも悪いことばかりではなかった。アルボア市の人々はクインタスの到着を歓呼の声で迎えてくれた。


「クインタス将軍がまた来てくださったぞ!」

「将軍、此度は貴方の指図にことごとく従いましょう」


 前回はテオドロスの小間使いのような扱いであったが、奮戦し町を守ったことで評価は一変していた。


「私は将軍というわけでは……まあいいか」


 クインタスは久々のアルボアで防御の備え、町の様子を見て回った。リリスたちが手配してくれた復興支援があったとはいえ、さすがに二年では傷跡が残っている。それでも新たな兵を鍛え武器を揃え、共に戦えるよう準備は整えてあった。


「今回はこちらから先手を打つ」


 城内ですぐに軍議が始まり、港ではクインタスが持ち込んだ兵器が積み上げられていく。


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