ヌビアの砂漠で③
やがて州境を越えてヌビア地方へ入る。船を港に入れるが、クシャは彼の地の現状をまざまざと見せられることとなった。
ガランが各地で行った虐殺の傷跡が深いのだ。町には人影が少なく産業など成り立たない。路地も建物も手入れがされず砂をかぶっている。町の代表が形だけ出迎えに来たが、いずれも陰鬱な心情を隠せずにいた。
「新たな総督閣下にはご機嫌麗しく……」
「あ、ああ。出迎えに感謝する」
人々は怪しむような目でクシャを見た。歓迎されないのもあるが、あまりに若く貫禄もない支配者を見て、期待すべきものもないと落胆の色が滲む。
「町を視察したいが案内を頼めるかな?」
クシャは護衛を伴って街路を歩いた。大河の恵みを受けて豊かなはずの地が今は痩せ細っている。自治領からは謝罪の意味も込め、多くの救援物資を引き出していたが、それだけでは足りないようだ。
「この地を復興することが大王の意志です」
「左様ですか……」
代表者の反応も薄い。一度はこの地を捨てたくせに、と言いたげなのが透けて見える。
「補佐官、厳しいな」
「こういう時は土地の有力者を味方につけたいところですが」
「ガランの虐殺から生き延びていればいいが……」
「すぐに探させましょう」
港で乗り換えの船を手配すると、北風を受けて川を遡上する。ここニール川は大陸有数の大河であり、いくつも別れた支流に豊富な水が流れ大地を潤してきた。それをしばらく遡れば州都アイネブが見えてくる。
「そこもガランの奴に荒らされた後でしょうがね」
「ストラトスが好きそうな店も期待できないかな」
「そこは酒と女があれば、夢は見られますよ」
噂に聞く大河は雄大で、広いところならば三段櫂船が何隻も並走できそうである。雨季には洪水を起こすことも少なくなく、そうして運ばれた土砂が三角州地帯を形成し、多くの作物を生み出してきた。同時に治水技術や天文、暦が発達し、周辺地域に与えた影響も大きい。といった勉強の成果を道すがら思い出す。
「この途中に運河の名残りがあるはずだが……」
ヌビア古王国が築いた古の運河は、この川を東に貫き湖と連結、それを朱海につなげる大水路であったという。それも帝国と自治領が争う間に年月と土砂に埋まってしまった。これを復活させることがクシャの任じられた理由の一つなのだ。
「船長、このあたりは詳しいのかい?」
「ええ、ニール川なら庭のようなもんで。運河の跡ならもうじき通りますよ」
船長が川のあちこちを指差しながら季節ごとの変化や捕れる魚など語り始める。ククルは興味深げに聞いていたが、先に飽きたストラトスが水面に視線を落とす。
「おん?」
人が水面でもがいていた。遠くに船が一艘いるが、そこから落ちたようだった。
「閣下、溺れている奴が!」
「何だって?」
川の状況を見るにクシャたちの船が救助したほうが早い。船長に頼んで寄せてもらうと、縄を下ろして助けにかかる。
「手を伸ばせ!」
「ひぐっ、たすけっ」
若い男だ。どうにか縄に捕まったところを引っ張り上げる。クシャ自身も身を乗り出すと、男を掴んで船に引き上げる。
「乗っていたのはあちらの船かな、合図を出してやってくれ」
船を一旦止めて迎えが来るのを待つ。その間に男の容態を確かめたが問題はなさそうだった。
だが補佐官のバーテスはクシャに渋面を向ける。
「閣下が自らやらなくとも……」
「人助けをして悪いかい?」
「不用意です」
咳き込んでいた男が会話を聞いて驚いたように顔を上げた。
「閣下……」
「光栄に思えよ、こちらの新総督が助けてくれたんだからな」
「この人が新しい総督?」
男はしばらく呆然としていたが、立ち上がるとクシャの手を取り激しく揺さぶった。
「これはこれは、まさか総督閣下に直接お助けいただけるなんて!」
「大したことではないさ」
大した人物でもない、と自嘲しかけてそれは止めたクシャ。
「ぜひともお礼がしたいのですが、我らの住処まで来てもらえませんか?」
「少し急いでいるのだけれど……」
「なあに、そう遠くはありませんよ」
言うと男はクシャの体に手を回し、投げるようにして諸共、川へ飛び込んだ。
「ただし、閣下お一人で来てもらいます」
「クシャ様!?」
ククルが叫んだ。ストラトスが手を伸ばした。しかしクシャは音とともに水中の旅客となってしまった。




