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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第四章 嵐流航路
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  揺れる大陸⑤

 テオドロスはその日、工房の地下室でヨギに会っていた。


「近頃は騒がしいようじゃの」

「いつものことと言いたいが、これからいっそう忙しくなるだろう」


 部屋の一角で小さく火が焚かれている。ヨギはその上に袋をかざし、手を離すとふわりと浮いた。袋はしばらく漂い流れるが、なかなか下に降りてこようとはせず、再びヨギの手元に戻ってきた。


「使えそうか、ヨギ?」

「問題ない。数も揃えよう」

「助かる。すぐに戦争が始まりそうだ、手札は大いにこしたことはない」

「戦争か、誰にとっての利益になるかのう」

「他人事のように言う。お前の仲間たちが裏で手を引いているかもしれないのだぞ」


 <呪われし民>と呼ばれた<超帝国>の遺民たち。ヨギを含め各地で蠢動しているという前提がテオドロスにはあった。


「どうだろうな。その可能性は否定せぬ」

「力を与える相手を見つけ、争いを加速させる。平和主義な人々からすればなんとも罪深い所業だろうな」

「お主にとってはどうなのか?」

「少なくとも貴様には感謝している。私は力が欲しかった。だが同時に、それを使いこなす理性も必要だと感じている」

「それが出来ぬ輩たちが歴史上何度も滅びてきた」


 超帝国もそうなのか。問おうとしてテオドロスは止めた。この老人がまたはぐらかしそうに思えた。過去に何があったか、今何を起こそうとしているか、それは勝ち抜かなければ知る必要もないと思うことにする。


「テオドロス、勝てるかのう」

「負けないつもりだ」

「期待するとしよう」




 三月の選挙はただならぬ雰囲気で終わった。いわゆる反パラス同盟の脅威を感じつつ、今後の都市の先行きを選択する選挙だ。

 多くの場合、パラス市との連帯を支持する候補が勢いを得た。同盟三国に対しては開戦も辞さない論調が飛び交い、対して慎重論が居場所を失う傾向にある。


 その流れはパラス市においても明らかだった。長らく不拡大路線を唱えてきたマヌエルが執政官に落選したのだ。これにより執政陣はいよいよクレオンたち強硬派に占められた。


(それが人々の選択か……)


 現在、町の至る所で帝国はじめ反パラス同盟への非難が聞かれ、人々はこれを討つべしと好戦的になっていた。そういう人々からテオドロスに声援も届くのだが、当人はあまり取り合わないようにしている。気乗りしないこともあるが、彼は目下の難題に取り組まなければならないのだ。


「テオドロス、人が足りない!」


 事務員のエウポリオンが悲鳴を上げそうになっていた。戦争の準備、それも都市連合の総司令官に任じられる予定から、業務全般が大規模化していた。

 だがそれをさばく人員が不足している。原因は明確で、テオドロスの主席参謀だったカリクレスが辞職してしまったのだ。


「どうして彼は去ってしまったんだ?」

「それは……やんごとなき事情によってだな」


 テオドロスも頭が痛かった。二人にはオリビア祭の戦車競走について、勝ちにいかず安全に走るという約束があった。それが守られなかったからとカリクレスは辞表を出したのだった。パラスの英雄が取り付く島もなく去られてしまい、それが今になって重く響いている。


「パラスからも出ていったそうじゃないか。そこまで徹底しなくても……」

「……まあ、そういう男を参謀に選んだのだから、諦めることにする」


 今テオドロスは自身の傭兵隊だけでなくパラス、そして連合各都市と連絡を取り、軍の編成、物資の調達等、各種調整に追われている。それだけでなく国外、これから攻めてくるであろう三国の情報収集も欠かせない。


 この点に関してもカリクレスの不在が痛い。彼の指揮していた諜報員たちは引き続き情報を集めてくるが、それを精査する能力が低下している。


「ペロニダスの行方について分かったことは無いか?」

「いいえ。生きているかどうかも分かりません」


 テオドロスはそこが引っかかっていた。意図してか否か分からないが、あの男が半島の緊張を引き起こしたことは確かである。そして生きている限りパラスとテオドロスに対して挑戦してくる気がした。


(あの時に殺してしまえれば……)


 見える敵より見えない敵の方が厄介である。ここにきてようやくペロニダスを邪魔な存在として認識した。そしてオリビア祭に気を回しすぎた自身を反省する。


 その後も寄せられた情報を整理していく。白海の自治領と帝国の艦隊に動きはあるか。半島の帝国軍は。北方のスキティアはいつ現れるか。姿は見えなくとも物流などから推測できる情報もある。

 ふと一つの紙片に目が留まる。帝国が新たに得たヌビア州の代理総督にクシャが任じられたという。大王の魔術参謀を務めていた魔術師だ。


(あの男……)


 テオドロスには面識がある。一度はリデア動乱で、二度目はスキティアとの戦いで介入してきた。大王ダリウスの親友にして懐刀と認識していたが、それが遠くヌビア州の代理総督に就くという。


 自治領との戦いでも功績を立てたと聞いているが、その恩賞ということか。だが大王の側を離れるだけでなく都市連合との戦いにも遠い。

 あるいは隣接する自治領への備えと見ることもできるか。彼らが大陸一信用ならないとの定評が誇張でないことは、昨年身をもって知ったはずである。


(少なくとも邪魔はされないか?)


 過去二度の接触ではいずれも余計な手出しをされてきたため、常に頭の片隅にその名前があった。今回はその心配は……無いとは言い切れない。テオドロスは地図に目をやると、忘れまいとするようにヌビア州の位置へ駒を一つ置いた。

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