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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第一章 魔導戦線
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  キラック州討伐⑥

挿絵(By みてみん)


 ゼフリムの城塞をアリアナ帝国の討伐軍が厳重に取り囲む。ところどころに攻城櫓が立つようになり、その攻撃は徐々に圧力を増していた。だが高く厚い城壁と水堀に阻まれ、なかなか落ちそうにない。城攻めは時に数ヶ月に及ぶこともあり、攻め手と守り手の精神と体力の勝負である。


「やれやれ、こうなっては手遅れか」


 遠くの茂みに身を隠し、包囲戦を眺める者たちの姿があった。


「せめて回収だけでもしたかったが」

「どうする? 兵隊がうろついていては、さすがに侵入などできぬ」


 その者たちは黒い装束を着て闇に溶けつつ、目だけが金色に妖しく光る。


「時を待つしかあるまい」


 それだけ言い残すと、城に背を向け林の中へ姿を消す。元々誰もいなかったかのように静かになった。



***



 高々とした城壁を遠くに望みながら馬を駆けさせる。それが騎馬隊の日課になっていた。野戦が遠のいたからといって休ませてばかりでは、人も馬も鈍る。女将軍のマフターブはやり場の無い闘争心を調練にぶつけた。


 城攻めにおいて騎馬隊の役目は少ない。歩兵や工兵が城壁に立ち向かう間、遊撃の位置について戦況を眺める時間が増えた。初めのうちこそ敵側が出撃してくることもあったが、軽く揉んでやると貝の殻のように固く閉じてしまった。

 他所では掃討戦も展開中だが、それでもマフターブはゼフリムの攻略に志願したのだった。父を追い詰めた一族の籠もる城。城門さえ破れたなら、攻め込んで槍の先にファルザードの首を挙げてやるのだが。


 そこらに待機している兵士たちが物珍しげに見てくるが、気にしない。こんなものは幼き頃から慣れたものだ。父は彼女を良家の娘らしく育てようと苦慮したが、マフターブは言うことを聞かず馬や剣の鍛錬を好んだ。ほどなく父は諦め、武術指南役を呼び寄せてくれたものだった。

 父が亡くなってからは兄が家と太守の名を継いだが、関係は微妙だった。兄弟たちの中で彼女だけが母親を異にする。何も虐待されたわけではないが、そのじゃじゃ馬ぶりで昔から距離を置かれていた気がした。

 昨今兄は彼女を嫁にやりたがっているようだ。だが今さら良家の奥様などに収まる気にはなれない。母は奔放な人だったが、自分もやはりその血を継いでいると思う。伝説にある戦闘部族とやらの血を。




「あれは……」


 駐屯地の一角で兵士たちが土をいじっていた。先日から始まった作戦に関わるものだ。あの魔術師クシャが指揮をしているというが、詳細までは聞かされていない。マフターブは馬を寄せて適当な兵士に話しかけた。


「進捗はどうか?」

「これは、マフターブ将軍」


 兵士たちは麻袋に土を詰め込み土嚢を作っていた。千人の兵士が一つずつ作れば千個。一日かければ数千から万まで増える。


「だがこれをどう使って城を落とすのか?」

「はぁそれは、魔術師殿に伺ってみませんと。どうなさるのです?」


 兵士が声をかけると一人の工兵がこちらを向いた。否、それは作業着を着た魔術師のクシャだった。


「魔術師殿までこんな作業を?」

「ええ、まあね」


 こうして見れば国家資格を得た魔術師には見えない、ただの兵卒のようだ。


「土を集めるなら私が一番なので」


 クシャが地面に手を触れると、徐々に土が脈打ち一箇所に集まって山になった。兵士たちはそこから土を掘り出しては土嚢に詰める。まこと魔術とは便利なものだった。


「他の将軍たちから聞いたのだが、魔術師殿は大王のご友人だそうだな」


 言われてクシャは手を止めた。誇るものかと思ったが彼は微妙な表情をする。


「昔ともに学ばせてもらった仲でして」

「だが信頼されているようだ」

「非才の身には過分で」

「非才などと謙遜を。先日の戦でも大層な術を披露していたようじゃないか」


 ファルザードの軍との衝突で使った壁のことだ。


「あれはなかなかよかったと思うが」

「私にはこれしか無いから」


 手で持ち上げた土を指の間からこぼす。その仕草にはどこか寂しさがあった。


「……話は聞いた。土の属性しか使えないそうだな」

「ああ。魔術師ならいくつかの属性を扱えるが、私の場合まったくダメなのさ。だから穴埋めに人より努力はしたつもりだし、使えそうなことは何でも調べた」


 いつか、大王となったあの男の役に立つかもしれない。そう念じながら知識を貪欲に求めたものだった。


「そうして導き出したのが、これか」


 マフターブが積まれた土嚢を軽く叩いた。すでに相当な数になっている。


「そう。あとは色々とね」




 かくして作戦は決行された。まず歩兵が土嚢を担ぐと、手に盾を掲げて城壁に走る。矢や落ちてくる石を防ぎつつ水堀へ達すると、土嚢を投げ込んだ。それを何度も繰り返すうちに、水堀は土嚢で埋まり歩けるほどになった。

 それを同時に数箇所。城攻めのための足がかりができたように思えた。

 だが翌日、水堀の土嚢はさっぱり消えていた。報告を聞いてアシュカーンが軽く呻く。


「これはどういうことだ?」

「城方にも土魔術師がいるのでしょう。そしてこう……」


 クシャが土嚢の一つに魔力をかけると、袋が破裂し土が飛び出した。

 敵の魔術師も同じようにしたのだろう。夜のうちに城から出てきて積まれた土嚢を排除、土は流されただの泥水となってしまったのだ。


「構わず続けてください」


 次の日も土嚢を投げ込む作戦が続けられた。駆け込んで水堀を埋め、時に小競り合いし、翌日には元に戻される。

 ある日は火炎魔術でこちらの櫓が燃やされた。水堀の水そのものが兵を飲み込むこともあった。ファルザードの配下には魔術師が多いようだ。

 攻め手は投石機など組み上げ、投じた石が胸壁を砕いた。その欠落も土魔術師がくると、土を固めて補強してしまう。

 また次の日には城壁へ迫る兵士たちが、いつの間に作られたのか落とし穴に落ちて大怪我をした。


「なるほど土魔術は守りに強いな」


 歴戦のアシュカーンとて同じ帝国軍を敵に戦ったことはそう多くない。そのやりにくさに舌を巻く。一方で攻め手の魔術は効果を発揮しない。炎や風、水なども城壁に弾かれてしまう。

 そんな応酬が数日続いた。


「魔術師殿、このままでは埒が明かぬぞ」


 マフターブが焦れて督促に来た。今クシャは別の作業場に詰めている。相変わらず工兵のような格好をしているが今度は全身土塗れだ。


「本当にあの城を抜けるのか?」

「ああ、ちょうど仕掛けも済んだところだ」

「仕掛け? 今度は穴なんか掘って何を」


 クシャが合図をすると兵士たちが動き出し、やがて地面が揺れた。


 城壁が崩れた。クシャたちが掘っていたのは城まで通じる坑道だった。壁の真下に広い空間を空け、支えを取り払えば、城壁は己の重みで地面を突き破り崩れる。

 俗に「土竜(もぐら)攻め」などと呼ばれる戦法の一つである。今やゼフリムの城は敵に対し大きく口を開けていた。


「こんな坑道いつの間に掘っていたのだ」

「三日前から」

「たったの?」


 戦法自体は前からあるものだが、これだけの短期間に成功させた例は聞いたことが無い。味方の将兵まで突然の変化に驚いていた。

 だがそれは城側の驚愕と比べれば大したことは無い。頼りとしていた城壁が突如崩れ敵が攻めてくる。

 最初から狙っていたのだろう、崩落した地点はちょうど水堀が土嚢で埋められた頃だった。土嚢を積ませたのは侵入路を確保すると同時に、守り手の土魔術師の気を引きつける効果もあった。


「突入せよ!」


 急ぎ全軍に攻撃命令が下った。敵が混乱から立ち直る前に突破口から侵入する。

 この急速な戦況変化にマフターブは結局取り残された。出撃させてくれるよう大将軍に願い出たが、乱戦を避けるため待機するよう命じられてしまった。

 戦えない悔しさを堪えるマフターブ。その視界に土塗れの魔術師が駆け込むのが見えた。


「大将軍!」

「おうクシャ、手柄だぞ」

「それより閣下、敵は戦意を喪失したでしょう。速やかな降伏勧告を」


 クシャの進言に対し、アシュカーンは目を据えて応じる。


「降伏は呼びかけるが、攻撃の手は緩めぬ」

「ですが閣下、乱戦になれば町の住民にも被害が出ます」

「民は傷つけぬよう言い含めてある。だがファルザードを見つけるまで、兵に加減しろとは言えぬ」

「閣下、もう勝敗は」

「甘いぞクシャ」


 アシュカーンは静かに、だが斬り捨てるように言い放った。老将から滲む気迫にクシャは何も言えなくなる。


 横から眺めていたマフターブは口を挟まない。彼女もクシャの考えは甘いと思う。だがこの魔術師にかけられる言葉は無いかと探し、結局何も浮かばなかった。

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