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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第四章 嵐流航路
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  栄冠⑥

 やがて戦車競走は十二周の半分を終えようとしていた。テオドロスは序盤遅れはしたものの、以降は離されず中盤に食らいついている。

 競走全体は激しさを増していた。ノクサが他者を蹴散らしながら先頭に立つと、追いすがる者も叩き潰し落車が相次いでいる。すでに出場選手の三割が退場し、これを撤収する係員の奴隷も大忙しだった。


(あの男、ちょっとやりすぎよ)


 リリスにもそんな戦況が見えてきた。テオドロスが怪我をしたらと思うと胸が締め付けられるが、声を上げて競技を止める力も無い。


 競技は後半、いよいよ仕掛けようと各戦車が動き始める。

 ノクサの馬も戦車も激しい先頭争いで消耗しているはずである。それを見越して一台が接近し抜きにかかった。

 一方ノクサは手綱を左右に操り敵を阻んだ。接触のしすぎは危険が伴う。ここから先は先頭を維持する作戦に切り替えたが、無駄な動きが増えればそれだけ消耗も増す。後続車はノクサを焦らしながらじっと隙を伺った。


(勝負は終盤の体力次第ね)


 リリスの見立通りそこから三周は焦らし合いとなった。オリビア祭に集う代表なだけに人馬ともに鍛え抜かれた者たち。こう見えてその駆け引きは剣術家の鍔迫り合いに近いものだろう。


 その勝負にテオドロスも追随していた。技量では劣るが彼の戦車は車軸に改良が施してあり、走行時の揺れを大幅に減じていた。よって馬への負担も少なく、御者にも扱いやすい。その成果が彼を曲がりなりにも互角に競わせていた。


(どうかこのまま無事完走できますように……)


 さして信仰深いリリスではないが、この日だけは心から神へ祈った。禁を破って入り込んだ彼女の祈りが聞き入れられるかは怪しいが。そして彼女の視線の先で、テオドロスの戦車が不意に減速するのが見えた。


(どうしたの?)



***



 ――ぶつかる。予感に手綱を引いたテオドロス。その前方で先頭争いが激変する。

 この時、なかなかノクサが下がってこないため、焦った後続車が鞭を入れていた。これにノクサも気づくも対応が遅れた。彼も激走の中で疲労し反応が鈍っていたようだ。並びかけられ焦ったノクサは鞭を振るい、それが相手の馬の顔を打ってしまった。


 たまらず馬は転倒し、そこに後続車が突っ込んだことで玉突き事故となる。

 テオドロスにはその流れが見えていた。咄嗟に減速し大きく迂回することで難を逃れたが、走路上には哀れな馬と御者が無惨に転がった。


 この惨事で戦車の数はいよいよ半数ほどにまで減ってしまった。常であれば事故があっても競技は続けられるが、今回は走路が塞がれるほどの事故になった。安全のために走行中の戦車は外周へ誘導され、その間に救助と撤去作業が行われる。


(奴め……)


 事故がつきものの競技とはいえ、さすがに血が流れすぎた。遠く見えるノクサの引きつった笑みに、テオドロスの瞳が熱を帯びる。


 競技が再開するとテオドロスの鞭が唸った。中盤で温存していた馬たちは体力十分、先頭集団に襲いかかる。

 遮るものは少なかった。事故で減ったこともあるが、もはやノクサに挑む勇者が残っていない。彼らを追い抜きいよいよノクサの背中を捉えた。


(あと四周――)


 ノクサは馬も戦車も競り合いで削られている。それでも先頭を走り続けるのは人馬ともに選び抜かれた猛者だからであろう。この競技に賭けてきたことは想像できる。だがそれはテオドロスたちも同様であり、そしてあの男のやりようは腹に据えかねる。


 テオドロスがノクサに迫ったことで客席が再び沸き立った。その中でカリクレスは頭を抱えていそうだが、心のなかで謝罪しながら勝負に出る。


「引っ込んでろヘラス人!」

「そのつもりだったが、気が変わった」


 ノクサも手綱を操る手に熱がこもる。競技も終盤、ここが勝負の分かれ目となるだろう。だからこそノクサの形相は必死だった。

 直線で距離を詰めた後、折返す。ここでテオドロスは無理をせず後ろにつけた。次の直線でテオドロスが外に振ると、ノクサが読んで前を遮る。

 内側を突けば戦車を寄せられ、中央分離帯に挟まれるだろう。外側では弾かれて走路を逸脱してしまう。これを上手く抜き去る技術はテオドロスに欠けていた。


(……)


 テオドロスは間近で相手を見た。ノクサの汗、馬の息遣い、何でも観察する。戦車の軋む音。車輪の傷み。そして次の折返し――。


「はぁっ!」


 声高く、テオドロスは外側からノクサを抜きにかかった。これを見たノクサはほくそ笑みながら機を測った。曲がる時に外側にいる相手は戦車をぶつければ遠心力で弾き出せる。

 ノクサが手綱を引いたその刹那、テオドロスは馬を急停止させた。


「なにっ?」


 ノクサの体当たりは空振り、逆に自分が走路を外れそうになる。これを巧みな急制動で戦車を生かしたノクサは確かに優れた御者だった。


 だがそれが限界だった。過剰な負荷に車輪が悲鳴を上げ、壊れる。ノクサは放り出され地面を転がった。どうにか体を起こした時、目に映ったのは己の戦車が残骸となって引かれていく様だった。


「くそぉ!」


 怒声が遠ざかる。もはや先頭はテオドロス一人となった。振り返るが追いすがる者はこれ以上いない。観客も誰が勝者か確信した叫びで沸き立っている。

 優勝候補が潰しあった末の勝利だ。漁夫の利と言っていいだろうが、それでも勝ちは勝ちか。


(また目立ってしまうな……)


 過度な注目を浴びることは彼の望むところではないが、リリスとネストルには良かった。問題は約束通りにしなかったことでカリクレスが怒っているだろうことだが。英雄は矛先をかわす方法を真面目に考えていた。


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