別れ道③
停戦を破ってまでパラス軍を狙ったチベ軍。その危険な賭けは大いに空振り、一連の軍事行動は何の成果もなく終わることとなった。
同盟都市の将軍たちは司令官ペロニダスに乗せられたことを酷く悔やんだ。だが悔やむだけではいられず次に目を向ける。
軍の一部が断りもなく離脱した。後難を恐れてチベと距離を取ることにしたのだ。それを契機に次々と同盟者が軍を離れていき、チベの領域へたどり着いた頃にはエレヴィア市の軍が従うのみとなっていた。
「去る者は好きにせよ」
ペロニダス本人はいたって冷静だった。今ジタバタしたところで事態は変わらない。できることは胸を張ること、そして先を見据えることだと割り切っている。
「司令官、使者が参りましたが……」
チベ市の執政官たちが寄越した使者である。すでに事情を把握しているようで剣幕が険しい。
「緊急の民会においてペロニダス殿は将軍職を解かれました」
「手回しの早いことだな」
「それと民会への出頭命令が出ています。申し訳ありませんが兵士を付けさせていただきます」
「なるほど、私を弾劾しパラスへの生贄とするつもりか」
「それはまだ何とも。民会で聴取が行われますので、申し上げたいことがあればその時に」
軍の指揮権は他の将軍が引き継ぎペロニダスは護送対象となった。拘束こそされないがその扱いは虜囚に近い。それでもペロニダスは顔を上げ堂々とし続けた。
その日の夜、一部の兵士たちが使者と護衛の兵を襲いペロニダスを解放した。彼らはペロニダス直属の部下で、チベ市こそヘラス人の覇者たらんと志す同志たちである。使者が来た時点で先を見越し命令を下してあったのだ。
「エレヴィアの将軍とは話がついている」
陣地を密かに脱出して走った先は、これもペロニダスたちに協調するエレヴィア市。
エレヴィアの将軍はペロニダスたちを町へ入れたが、あくまで独断であり誰の承諾も得てはいない。
「仲間を集め執政を説得してみせます。それまでは姿を隠してください」
「否、諸君の厚意には感謝するが迷惑はかけられぬ」
「しかしペロニダス将軍」
「ただ一つ、船を貸して欲しい」
ほどなく将軍が中型船と船員、食料なども都合してくれペロニダスたちは船上の人となる。
「どちらへ向かうのですか?」
「東へ、リデア半島に渡る。必ずや帰還してこの日の恩に報いよう」
***
パラス市ではペロニダスの動向など知る由もなく緊張が続いていた。司令官のタナシスは民会で事の次第を報告したが、チベ市がどう動くか分からず準戦時体制が敷かれ、無論テオドロスもパラスで待機している。
(リリスたちはオリビアに無事着いているだろうか)
オリビア祭の参加者や観戦者はすでに町を発っているが、今の緊張状態で将軍たる者が離れるわけにもいかない。大祭の始まりは八月だが、テオドロスは半ば諦めつつ軍務をこなしていった。
状況が変わったのはチベの使者が訪れた時である。チベ側は停戦破りが町の意思でなくペロニダスの独断であることや、すでに関係者の処罰に動いていること、事態を悪化させる考えのないことなど懸命に弁解した。
(この分だとカクトス市はパラスの同盟都市に組み入れられるか)
テオドロスの考えたラケディ市を絡める調停案は出番がなさそうである。結果的にパラスの覇権主義が前進することには危うさもあるが、テオドロスにはどうにもできなかった。
「これで収まりそうですね閣下」
「うむ……」
「オリビアへ行く用意も進めてあります」
「そうもいくまい」
緊張が続く間にカリクレスが色々と手配していたが、テオドロスはまだ腰を上げられずにいる。今の情勢下で将軍たるものが町を離れることに抵抗があるのだ。だがその点についてもカリクレスは手際が良かった。
「クレオン氏とも話しまして、オリビア行きの内諾はもらっています」
「クレオン執政官に?」
「オリビアには各都市の要人も多く参ります。チベが無法を働いたことをテオドロス将軍の口から聞けば、世論をパラス側に惹きつけられる。そう説得して許しをいただきました」
「こいつめ」
政治の道具に利用されるのは癪だが、そうでもなければ引き止められたかも分からない状況である。今は感謝して旅の支度を急ぐことにした。
港では艤装したての魔導船が用意を終えていた。櫂と風帆に魔術機関を併せた動力は高く安定した速度をもたらす。
「贅沢な装備の旅だな」
「オリビア祭に間に合わせるためだけに手配しました」
「さすが名参謀の手際の良さ」
留守の間はクインタスとマルコスに部隊を任せることとし、カリクレスと護衛のガトーら随員を連れ乗船する。すると政治家や著名人が数名やってきて同行することになった。
「彼らもオリビアでの政治工作のため乗せていくことになったのです」
「断れなかったのか?」
「これも条件のうちです。旅の間はお相手してやってください」
「撤回する、お前は困った参謀だ」




