4.別れ道①
パラス軍が解散し各同盟都市の軍がそれぞれの帰路につく。それを確認したペロニダスは全軍に命令を飛ばした。
「せっかく南下してきたことだ。少しパラスの近辺でも視察して行こう」
命令を受けたチベ傘下の軍は嫌な予感を覚えたが、司令官ペロニダスの異様な雰囲気に引きずられ従ってしまった。
視察と言いながら、実際は帰国するパラス軍の後を追う。粛々と、だが早足のようにして。将兵は目的を怪しみながら、だが言い出すこともできないまま数日過ぎる。
(ここらが限界かな)
いい加減パラス側も気づくはずだ。ペロニダスは軍議を招集して目的を明かした。
「パラス軍を攻撃する」
それを聞いて誰も驚かなかった。薄々感づいていたが間違いであってほしかった、というのが本音だが。
「……司令官、我々は停戦しました」
「オリビア祭の停戦期間は七月からだ。まだ数日ある」
「そういう問題では。合意して撤退した相手を背後から討てば非難は免れないでしょう」
「確かに、大衆は驚き慌てふためくだろうな」
何とか思いとどまらせようとする諸将に対し、ペロニダスは言い聞かせるよう演説を始めた。
「だが見よ、今やパラスの主力軍は友軍と離れて目の前に孤立している。その数は我らの半数程度、これは神々がチベ軍を嘉みしたもうたのだ」
「はぁ……」
「我らは一時非難を浴びるだろう。だがテオドロスを始めパラスの主だった者たちを討てば、彼らは今後数年は立ち上がれぬようになる。我らの拓いた道をチベが進み、近い未来に覇権を掴むであろう!」
(大変だ……)
諸将は内心で頭を抱えた。ペロニダスは形振り構わなくなったうえに酔っている。自分がテオドロスに勝利し覇権をもたらすという夢に酔っている。
誰か言え、と視線を交わしながら沈黙が流れる。ペロニダスも手応えの鈍さに狼狽えかけたが、そこで一人立ち上がる将軍がいた。
「皆の者、盟主チベに対する恩を忘れたか!?」
その男はエリヴィア市の将軍であった。元はと言えばこの騒動は、エリヴィア市とカクトス市の争いに対するチベ市の裁定に端を発している。裁定に不満のあったカクトス市がパラス市に接近したのと反対に、エリヴィア市はチベ市への信頼を強め、此度の出撃にも真っ先に参戦していた。
「我らを忘恩の徒と言われるか?」
「でなければ臆病者だ」
「聞き捨てならん!」
それまで顔色を伺うばかりだった諸将がいきり立ち、葬儀じみていた軍議がにわかに騒然とする。
その様を見ていたペロニダスが頃合いと収拾に乗り出す。
「諸君らの戦意が未だ失われていないことは分かった」
「それは、まあ……」
「されど不安は拭えまい。だが現実を見てみよ」
貴方が現実を見てくれという言葉を飲み込み、将軍たちは次の言葉を待つ。
「我々はすでにパラスの領域へ踏み込んでいる。それだけでも奴らは我らを許さないだろう。獣を追って巣に入ったならば、獣を殺さずに生きて出ることは叶わぬ」
すでに獣の巣の中、あるいは泥の中にあると悟るしかなかった。ペロニダスは導き手としては優れていた。だが彼らを後戻りできない獣道へと導いてくれたのだ。
***
同じ頃パラス軍もチベ軍の接近を察知していた。距離はすでに一日の間合い。参集した軍をほとんど解散せず一万近い兵数を保っている。
「本当にチベ軍なのか?」
タナシス司令は思わず斥候に確認してしまった。
「間違いなくチベの旗でした」
「本当に嘘偽りなくチベ軍か?」
「チベの旗を何度も見ましたが、もう一度確認して参りましょうか?」
「いや、よい」
思わぬ事態にタナシスは考え込む。チベの停戦破りを予想していなかったわけではない。約束は破るためにある、などとは言わないが破られることは想定するものだ。
だが選べる中でも最悪の一手としか思えず、どこか本気にしていなかったのだ。
「ペロニダスは正気でしょうか? オリビア祭の停戦を破ればヘラス中から石を投げつけられることは過去の事例からも明らかです」
周囲の言う通り数百年の歴史で前例が無かったわけではない。停戦に反した都市はオリビア祭を含むあらゆる行事から排斥され、政治、軍事、外交、商業、文化など全面で信用を失う。それが歴史だった。
「信用を失おうとも我々を殺戮すれば釣りが来ると思ったのだろう」
高く評価されている、とタナシスは思わない。その評価も大部分はテオドロスと彼の部隊へのものであろう。
「奴の正気より知りたいのは、二倍もの敵とどう戦うべきかだ」
「数は多くとも烏合の衆でしょう、決死で戦えば活路は」
「甘く見るな。傘下の同盟市はともかくチベ軍は間違いなく精鋭だ」
「しかし我らにはテオドロス将軍がいます」
皆の視線がテオドロスに集まる。この軍議でも彼は一言も発していない。
これまであった不機嫌さは消えている。危険が迫ったことで彼の集中力が呼び覚まされ、戦う者の目つきになっていた。
「あの、テオドロス将軍。チベ軍を迎え討つ手立ては……」
「現状では戦って勝つ見込みは薄い、と言わざるを得ません」
この点に関してテオドロスは現実的だった。彼は時に、進んで危険に飛び込むような危うさを見せるが、それは死中に活を見いだせた時に限る。
「しかし将軍の<魔導砲>があれば」
「それは敵も織り込み済みでしょう。対策の一つや二つあっても不思議ではない」
「では負けを待つしかないのですか、こんな卑劣な輩に?」
「戦えば負ける。ならば戦わなければ良い」
分かりにくい言葉に諸将が戸惑うも、テオドロスは構わず地図を取り寄せた。
「まさか停戦でも申し込まれるのか?」
「バカモン、停戦破りに停戦を申し込んでどうする!」
「では逃げるのか?」
周囲の熱を他所にテオドロスは考える。ペロニダスは愚かなことをしたが無能ではない。この先は入り組んだ地形もあってどこかで追いつかれる。パラスへ戻るにも他市へ救援を求めるにも中途半端な位置で捕捉された。
(だがこの地形は使える)




