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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第一章 魔導戦線
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  キラック州討伐④

「全軍突撃!」


 討伐軍に号令が下る。突然の壁の消失に虚を突かれる形となった反乱軍は、一挙に押し返された。剣戟と血しぶきが飛び交う中、クシャも剣を取って兵たちに加わる。

 後で知ることだが、普通の魔術師はやらない。クシャは北辺にて「自分の身は自分で守れ」と言われ実践してきた。だが中央の魔術師はもっと上品に戦う。そうとは知らず、このときは一心不乱に戦ってしまった。


 そんなクシャや討伐軍の眼前を嵐のような突撃が吹き抜けた。北部クルハ州の騎馬隊だ。


(強い!)


 そんな言葉しか浮かばなかった。クシャのいた警備隊の騎兵や、帝国軍の騎馬軍団とも違う。精鋭だ。良馬を揃え鍛え抜き、一体の獣のように動く破壊現象そのもの。

 先頭を切る指揮官の姿がクシャにも見えたが、際立って強い。槍を右に左に振るいながら敵をなぎ倒す。そして速度が落ちない。敵など有って無きが如く駆け抜けていく。


 反乱軍を貫通した騎馬隊は、まだ殺し足りぬとでも言うように向きを変え、再び敵中に踊りこんだ。敵方の騎馬が突きかかるが、あの指揮官の敵ではない。逆に突き上げられた騎手が宙を舞う様が後からでも見えた。

 ついには敵から槍を奪い、両手に一本ずつ二槍を操り始めた。敵兵の斬り飛ばされた腕や首が飛ぶ。殺戮の度合いを増す指揮官の戦ぶりに、伝説に語られるような英雄や戦士たちの姿を重ねてしまう。


 憐れなのはファルザードの軍だった。正面の圧力だけでも厳しいのに、この騎馬隊の攻撃は突き刺した槍をかき回される如く悲劇的な痛みを味わわされただろう。ほどなく反乱軍は散り散りになって逃げ始めたが、臆病と言う気にはならなかった。


「追え! ファルザードの首を獲れ!」


 大将軍アシュカーンの追撃は容赦なく行われた。拠点には還さずここで禍根を絶つ。そうして乱を終わらせる。老将の意気込みである。




 数時間に渡る追撃戦が展開されたが、ファルザードは取り逃がした。それでも二万はいた敵兵を半減させるだけの戦果を上げた。完勝である。

 集結した兵たちはへたり込んで動けない。諸将も疲れ切っていたが、大将軍の下に参集して軍議に出ねばならなかった。


「クルハ騎馬隊の将をこれへ」


 勝利の立役者となったクルハ州の部隊。その指揮官が大将軍に引見された。


(思ったより小さいな……?)


 クシャは意外に思った。戦場で暴れている時はもっと大きく見えたものだが。表情も猛将らしさがなく、むしろ秀麗な顔立ちで、兜から垂れる髪は銀灰色に輝いていた。

 その姿を間近で見たアシュカーンは目を細める。


「そのほう、女か」

「はっ」


 諸将は目を丸くして大将軍とその若武者を交互に見た。


「クルハ州の太守ゴバードの妹で、マフターブと申します。此度は兄の名代として参陣いたしました」


 兜を取ると長い髪が流れ、美しい女武将の素顔があらわになった。


「見事な働きだった。……そなたらの父ボルズーのことは覚えておる。忠義の士であった」

「……ありがたきお言葉、痛み入ります。父は大貴族の反乱の折、先代の大王へ馳せ参じようとして間に合いませんでした」

「あやつが来るまでワシが持ちこたえていたならな。すまなかった」


 アシュカーンとマフターブの神妙なやり取りに陣幕内は静まっていた。


「父は乱の後、貴族たちから圧力を受け続けた末、病を得て亡くなりました。此度の戦は父の弔い合戦と思って戦う所存です」

「うむ、頼りにしているぞ。諸将の列に加わるがよい」

「はっ」


 マフターブを加えて軍議が続けられた。参謀の一人として座るクシャは、議論に耳を傾けつつ女将軍のほうをちらりと見た。彼女は目を伏せ話に聞き入っている。

 間近であの戦いぶりを見た衝撃が冷めない。思わず戦神と呼びたくなった勇ましさと、今視線の先にいる凛々しい姿が上手く重ならない。


 ふとマフターブが視線を上げクシャと目が合った。視線に気づいたようだが特に反応もなく、また軽くうつむく。それだけだった。


「ファルザードは拠点とするゼフリムへ逃げ込むでしょう。堅固な町です、落とすには腰を据えねばなりません」

「うむ。ここまで無理をさせてきたが、今宵は兵をよく休ませよ」


 それで軍議は解散した。

 クシャも自身の宿舎へ戻ろうと幕舎を出る。そのとき他の将軍と肩をぶつけてしまい、謝ろうとして思考が停止した。

 相手はマフターブだった。上背はクシャと変わりないほどだが女としては大きい。何より身にまとう気迫のせいか見た目より巨大に見える。


(死んだ)


 マフターブは軽く目を据えクシャを射すくめる。すぐに謝らねばと口を動かそうとしたとき、彼女は踵を返して立ち去ってしまった。


(恨まれる……)


 敵兵を突き殺す彼女の姿を思い出し身が竦んだ。他の諸将に恨まれるよりよほど恐ろしい。と、視線を落とした先に何かの飾り物が落ちていた。


(誰かの落とし物か?)


 金で作られた首飾りのようだった。馬に乗る狩人のような意匠でなんとなく見覚えがある。クシャは不意にマフターブの向かった先を探した。




「緊張した……」

「マフターブ様、何かドジ踏まなかったでしょうね?」


 己の宿営地に戻った女将軍は顔面蒼白になっていた。配下の将兵が駆け寄るが、今にも膝から崩れ落ちそうな様だ。


「何だよその言い方……。もっと労れ」

「その様子だと、大将軍の前で舌でも噛みやしたか?」

「噛むものか。どれだけ練習したと思っているんだ。けど……」


 幕舎を出るときにぶつかった魔術師のことを思い出す。自分の顔を見た瞬間に目をむいていた。


「魔術師殿に恨まれたに違いない、あの人たぶん大将軍の参謀だぞ」

「えぇ、それは今後やり辛いんじゃあ……」


 頭を抱えるマフターブ。どうしたものかと幕僚たちも困惑したが、ふと人影を見つけ姿勢を正した。


「これは、魔術師殿とお見受けします」

「えぇっ!?」


 振り返るとそこには、見てはいけないものを見たと思案顔のクシャが立っていた。

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