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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第四章 嵐流航路
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  春のパラス⑤

 選挙は波乱も無く終わった。クレオンたちが説く覇権路線は民衆の支持を得て、彼らの一党が執政官の過半を占めた。将軍職もその影響を受け対外積極姿勢を持つ気鋭の者たちが選ばれている。テオドロスもその一人と見られがちだが、当の本人は相変わらず無派閥として振る舞っている。


 ともかくも新体制が整えば選挙熱も収まり落ち着いた日々が戻る、と思いきや今年は事情が違った。次は都市連合の各地で競技熱が高まり熱い汗と声援が飛び交うのだ。


「そうか、今年はオリビアの競技会だっけな。もう四年経ったのか」


 マルコスが時の速さを噛み締める。北方警備から帰ったばかりとあって尚の事だ。


「北辺の守り、ご苦労だったな」

「向こうは寒くてたまりませんでしたよ閣下。酒と女のありがたみが身に沁みました」

「フ……しばらく出撃は無いだろうから、ゆっくり休んでくれ」


 テオドロスの屋敷に幕僚たちとリリス、遅れてサンダーが到着して顔ぶれが揃う。サンダーは今年も将軍職に選ばれテオドロスと同格である。そのため軍議ではなく会合という形で様々な話し合いの場を設けた。

 その会合が始まる直前にクインタスが話を切り出す。


「先に一つご報告したいことが」

「改まって何かな?」

「私はこの度、嫁を迎えることにしました」

「まあ」


 クインタスの結婚。この報告にリリスなどは笑顔を浮かべたが、逆にカリクレスが目を細める。


「それは良いことだ。相手はどこの令嬢かな?」

「いいえ、令嬢というわけではありません。皆も良く知る工房長の娘です」


 この答えはテオドロスにも意外だったが、すぐ腑に落ちた。クインタスは昨年のスキティア王国との戦いで名を上げ、市の内外で注目が高まっていた。いずれ将軍職に就くことも視野に入れ、取り込もうと声をかける者も増えた。その中には政略結婚の勧めもあっただろうが、クインタスはそれらを断ち切るためもあって結婚を決意したのだろう、と。


 ――リリスと身を固めて。テオドロスはマヌエルとの会話を思い出し、リリスを横目で見る。


(マヌエル氏は我々二人をそう見ているのだな)


 だがリリスの考えはどうか。彼女にとっての結婚はある意味で不幸なものだった。それが今は解き放たれて自由に生きている。彼女に何らかの枷を付けてほしくないという気持ちがテオドロスにはあった。

 それより自分が問題である。テオドロスは自身が人と比べてズレがあることを自覚していた。人を愛した経験に乏しく、まして誰かを幸福にすることなどできるのか。


 背景が分かればカリクレスも納得したがマルコスは舌を巻いて驚いていた。


「お前いつの間に……。よくあの頑固オヤジにバレずに手を付けたな」

「バレるも何も無い。工房長のご家族には普段から世話になっていて顔を合わす機会は多かった」

「いいなぁ、俺は縁談なんて来ないしなあ」


 マルコスの方はといえば、日頃から女癖が悪いことで有名であり、政略結婚を持ちかける者は稀なようだった。


「いつぞやの帝国の女戦士はどうしたのだ?」

「フ……互いに敵同士。運命が交われば再会することもあるさ」

「コホン、そろそろ始めてもいいか」


 カリクレスは新たな兵器の説明から始めた。大型化した魔導砲と改良した戦艦は実戦配備の段階に入り、これをサンダーの率いる艦隊に回す。自治領への警戒を兼ねて戦場で試験運用することとなるだろう。


「とはいえ自治領は帝国と戦闘状態にある。海上で出過ぎた行動には出てこないだろうが」

「何なら俺からちょっかい出しても良いさ」

「サンダー将軍に不安は無いが、いずれにせよオリビア祭のためどの都市も戦争には慎重だろう」


 オリビア祭とはオリビアの町で神々を祀る祭典が催される際に奉納競技として行われる大会である。オリビアの大祭、大競技会などとも呼ばれ、いくつか存在する競技会の中でも最大で特別な祭りに位置づけられる。


 大会が始まればオリビアには都市連合中の町から参加者と観客、来賓が集まる。その関係上、大会期間中は軍事行動を原則中断する取り決めとなっていた。都市間の争いは停戦し、外征は自粛され、時には同胞の救援すら後回しにされたという。

 自治領と帝国が衝突すると出兵を叫ぶ者が一部現れたが、以上の事情から賛同する者は少なかった。それよりも今は代表選手の最終選考に人々の注目が集まっている。


「閣下、例の招待の方はいかがしますか?」

「うむ……」


 オリビア市からテオドロスへ来賓としての招待状が届いていた。声望高いテオドロスを招いて大祭を盛り上げようという意図だが、本人はあまり乗り気がしないでいる。


「やはり断ろう。しばらく人の集まるところは行きたくない」

「では適当な理由をつけて返事を出しておきます」

「ええ、行かないの? 私は出るよ」


 そう言ったのはリリスだった。突然の発言に皆は目を丸くする。


「出るって、何に?」

「だからオリビア祭に」

「けれどあの大会は」


 オリビアの競技会は神々の中でも男神に捧げる祭典であるため女性の参加は認められていない。女神に捧げる競技会も別にあるが、いずれにしろリリスにそんな体力があるとは思えなかった。


「そうじゃなくて馬の所有者としてね」

「ああ、もしかして戦車競走か」


 競技会で採用されている競技は多岐にわたる。短距離から長距離までの徒競走。拳闘などの格闘技。中でも戦車競走は少し趣が異なるものだった。

 競技会の参加資格はヘラス人の自由民のみに限られ、外国人や奴隷は出ることを許されない。しかし馬車を操る御者とはほとんどが専門職の奴隷であり、自由民の仕事ではないとされることから戦車競走でも奴隷が御者を務める。

 この場合参加者は馬と戦車の所有者とされ表彰されるのもその者たちとなる。


「私の知り合いが出る予定だったんだけど、資金繰りが悪くなって馬まで手放しそうになったの。そこで私に共同出資者になってほしいって頼んできて」

「引き受けたというわけか」


 そんな話がテオドロスの何かを揺り動かした。


「なら私もリリスの応援のためにオリビアへ行こう」

「やった!」

「リリスには是非勝ってほしい。協力できることがあれば何でも言ってくれ」


 にわかにリリスと共同出資者を勝たせるための緊急会議が持たれた。傍から見ればパラスの英雄たちが何をしているのかと思われそうだが、テオドロスは存外楽しんでいた。

 いずれ時が来れば飛び立つことになる。だからだろうか、今こうしていられる時間がテオドロスは好きだった。

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