エピローグ④
人数を減らした<三十人衆>がトゥネス市に集った。姿を消したのは<地主派>が大半で、ガランに殺された者、協力した末に首だけになった者たちだ。
新たな三十人衆の選出は後回しとして、目下の急務は帝国との関係改善である。その論戦を<海洋派>が主導したのは、彼らが元より和平派だったことからも自然の流れだった。
「マグーロは書簡の中で『自治領と帝国の関係は新たな段階へ進むべき』と述べている」
海洋派の重鎮マグーロは未だ帝国領に留まったまま、会議は身内に委任して意見だけ書き送ってきた。いつもなら地主派が反対するところだが、今の彼らは居心地悪そうに議論を眺める立場に落ちている。
先の戦争はガラン個人の暴走と言いたいところだが、それに乗じた者がいたのも事実。今後数年は帝国に頭が上がらない、そんな自治領の未来が見えるようだった。
「そしてマグーロは、帝国との窓口として存在感を増すだろうな」
「フン、まるで盟主気取りだ」
誰かのこぼした言葉は実情と近い。東への勢力拡大はガランと共に潰え、今後は都市連合との争いに比重が置かれるだろう。その中心に立つのもやはりマグーロとなる。後ろ盾に帝国まで加われば盤石だ。
(帝国との関係強化は止むを得ない。だがマグーロばかりが強くなるのは好ましくない)
ハンノは論戦に加わらず、思考に沈みながら情勢を注視している。<中庸派>はガランに加勢こそしなかったが、この戦いで得るものも無かった。そしてこの日の議論でも目立つ動きは無く、自治領は海洋派の作る潮に乗って流れるようだった。
最高議会が終わり三十人衆はそれぞれの帰路につく。富裕な者なら根拠地の本邸とは別にトゥネス市で屋敷を構える者も多い。そうした豪邸群が高台に軒を連ねる一方で、市の下層に行くほどに空気は猥雑になり、貧しい者の比率が増す。大陸のどの都市よりも貧富の格差が激しいこともトゥネス市の特徴だが、こうしている間にも貧民街で才覚と野心を醸造する者たちが明日に夢を託すのだろう。そういう意味では自治領の縮図のような町だった。
ハンノの乗る馬車は派手すぎず質素でもない、所有者の性格を表すかのような目立たなさだった。別邸の前で車が止まると、執事が出てきて主を迎える。
「お帰りなさいませ旦那様」
「うむ……」
「おや、会議は不調でしたか?」
未だ思案顔のハンノを周囲は気にしたが、恐れの色は無い。ガランなどと違ってハンノは奴隷にまで人当たりが良いことで有名だった。比較的に。
「使いの者が戻っておりますが、待たせておきましょうか?」
「いや構わんよ。すぐに会おう」
部下たちが周辺国の情報を集めて戻っていた。帝国の情勢は落ち着いているが、やはりヘラス都市連合、そしてリデア半島の異変が大きい。パラス市、チベ市、ラケディ市はそれぞれに同盟市を囲い、外敵と戦いつつも常に競ってきた。そこに近年パラスの伸長が著しくなり、チベ市が焦りを見せたようだ。
そうして起きた軍事衝突。チベ市を破ったパラス市はヘラス人の覇権に大きく前進した。だが勢いがリデア半島にまで波及するとは彼らも考えていなかったのでは。
この辺りの利害計算は微妙だった。都市連合は分裂しているほうが都合が良い。一方で帝国との関係が抉れたならば、再び彼らで血を流し合ってくれる可能性もある。だがあの男が余計なことをすれば都市連合が勝ち続けるということも。
(テオドロス……そろそろ切り時か)
テオドロスはこの度の衝突でも名を上げ、その声望は高まるばかり。そのくせハンノとの提携は綻びを強めている。例の<魔導の兵器>は海戦でも威力を発揮し始め、自治領の海軍は劣勢に立たされていた。
――頭を振り思考を切り替える。問題は山積みなのだ。ハンノは屋敷のこと、事業のことなど執事に指示を出すと、晩餐を済ませ奥に引き下がる。
「お忙しいようで」
寝室では積み重なった案件の一つが待っていた。金色の瞳を持つ女、ヘレ。突如現れたこの女は、自身がガランに秘術を与えたことなど語った。
「君がガランをけしかけた後始末で忙しいよ」
「けしかけただなんて。私は彼の野心の手助けをしただけですわ」
「主体がどうであれ、たいした男と組んだものだな」
皮肉で言ったつもりだがヘレは微笑むだけだった。いまいち本心が見えてこない女だ。
「ガランは野心の高い男でしたが、物事に直接的なところが過ぎました」
「それで次は私をけしかけようと? マグーロなどのほうが望みが大きいと思うがね」
「さて、どうでしょう。目に見える野心だけが全てではありません」
ならばハンノが野心を秘めているとでも言うのか。分かったような口を利くが、癇に障るものでもない。そういう売り文句なのだろう。
側では虫の入った籠がカサカサと音を立てる。これを使いながらガランは敗れたというが、自分ならばどう活用するか。つい考えてしまうのは商品を品定めする癖だった。この女にしても、罪人として帝国に下げ渡すことも考えたが、すぐにやめた。帝国に利用されればタダで物を売るようなものだ。
(私が覇権を握るか……)
それも自治領のではなく大陸の覇権を。そこまで考えたことは無かったが、その点ではガランの方が気宇壮大だったか。例え暴走であっても、あの男は決断し行動したのだ。
「……ガランはこの虫で実験をしていたはずだ。その成果はどこかに残っているのか?」
ハンノの問いにヘレは笑みを浮かべて応じた。妖しいようで優しいようで、心に踏み入ってくるような不思議な笑みだった。
~第三章 終わり~




